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傷だらけの関係を君と。  作者: 真曽木トウル
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28. 斬り結ぶ女王たち

◇◇◇


 礼が終って構えて対峙した瞬間、覇華のオーラが一気に変わった。


 和希の全身に、心地よい緊張感が走った。

 前回対峙したときほどは、気圧されていない。


 格闘技雑誌などでは、和希がオールラウンダーだと 評価されることが多い一方、牧ノ瀬覇華は、カウンタータイプと分類されている。


 見きりを得意とし、ダメージ少なく着実にポイントを取る。

 そういう闘い方が評価されるITFにおいて、まさに模範とみなされている。


 ……だがそれは、公式戦においての姿だ。

 本来の覇華と、和希は対戦したことがある。


「シ――――――――、ジャッ!!」


 開始のコールで覇華の足が左右にさばかれたと思った次の瞬間、ギリでスウェイした和希の鼻先を、覇華の跳び上段後ろ回し蹴り《ティミョ・パンデトルリョチャギ》がかすめた。


 和希は前足で回し蹴りを合わせたが、これも 覇華がぎりぎりで見きる。


 蹴った足をそのまま、体の前に盾のごとく構える和希。

 和希にこれをやられると、大抵の相手は一瞬動けなくなる。動いた瞬間入れられるとわかるから。

 その硬直した瞬間を突くのが和希の十八番だが、あいにく 相手は絶対女王。


 和希に構えられるや、一瞬たりとも止まらずに、覇華は左右のステップでまたもや撹乱する。


 視界から消えたと思った次の瞬間に背中側からパンチの連打。

 上げていた腕で受けながら、大きく和希は退避した。


(…………!!)


 退避した和希を追って覇華が大きく飛び、反動をつけて蹴ってくる。


 和希は肘で弾いた。


 体勢を崩したと見えたところに和希は脳天からかかとを落とす。


 が、素早くくるっと身をひねってかわしざま、覇華は回転後ろ蹴り(トラティッチャチルギ)。

 和希の脇腹を覇華のかかとが恐ろしいスピードでかすめていった。


(あいかわらず……!!)


 反応速度の限界に挑戦してくるような、恐ろしいスピードだ。

 体重が和希よりかなり軽いにも関わらず、まともに食らってはいけない重さなのも、かするだけで伝わってくる。


 もしも、トーナメントを勝ち上がる必要がなく、この対決だけと決まっていたら。

 1ラウンド何分、「相手を」保たせる必要がなければ。

 強打やKOが反則でなければ 。


 覇華は本当は、【超・前陣即攻】なのだ。


 汗一つかかず涼しい顔して勝つのは好きではない。

 ごく短時間の間に相手の隙を見きり、1分足らずで相手を仕留めてしまうのが最も得意なのだ。


 公式戦での闘い方はルールに合わせているに過ぎない。


 おまけに、体格差がある相手に対してあえて上段を狙ってくる気の強さ。

 攻から守、守から攻へのダイナミックかつ誰にも読めない転換。


 『絶対女王』の名は、伊達じゃない。



◇◇◇



「セコンド?」


 覇華の門人らしき男性が、慶史に声をかけてきた。


「いえ、あの……大学の後輩です」


 答えながら、慶史は相手を観察した。

 うん、イケメンだ。可愛い顔立ちのイケメンだ。

 三条和希に牧ノ瀬覇華といい、天は二物をどれだけあっさり与えているというのか。


「昨日は……ありがとうございました」


「いや、全然?」



 …しかし……何だろう、このオーラ。

 『覇気』とでも呼ぶべきなのか。


「牧ノ瀬さんのステップ、さすが『神の足』ですよね。

 日本のITFテコンドー界随一って言われているって…。

 三条さんとのリーチの差も、ものともしていないですね」


 ああ、と、男はうなずいて。


「雑誌とかじゃ、だいたいそんな感じで書いてるね」 と、言う。


「というと……?」


「まず、三条和希は、あの手足の長さと、身体能力とトリッキーな駆け引きの才能の上に格闘技術をくっつけたようなもの。

 とんでもないリズム感覚と柔軟な発想で、撹乱し、相手のペースをくずし、実力を出させない。

 どんな体勢・位置からでも 当てられるのは見事なんだけど、ただし定型からは外れている分、MAXの威力じゃない」


「そう……なんですか?」


「牧ノ瀬覇華は、言ってみれば王道すぎるがゆえの異端。

 最高の効率で鍛錬を重ねてできた、圧倒的にキレイな形の蹴りが常に出る。

 速さ、リーチ、威力、正確性、 全てがそろった、テコンドーにおいて『正しい』形の蹴りを。

 それを使うために、ステップが上手くなったってだけ」


 けど、と男は首をひねる。


「今日は三条らしくない闘い方だな……」


「え?」


「三条は普段、ギリギリまで体を硬直させる要因を除くため、ガードを下げて脱力する。

 あえてガードを上げているのは、スピード勝負は勝てないと見込んで捨てたからか。

 ……普段の組手よりカウンター寄りのスタイルだし、先に消耗を誘うつもりかな」


「あと、三条さん……牧ノ瀬さんの、上げてる前足に、結構ガチガチすねや膝をぶつけたりしてますよね」


 ローキックするには間合いが遠いからだろう。


「まぁ、競技上の有効部位にあたらなくても、手足にダメージを蓄積させてもいいわけだから。

 KOの危険はあるので決定打は決して食らえない。

 お互いディフェンスはわりと鉄壁だから、その中で、どれだけ相手の戦力を削っていくか……」


 ……しかし。

 一撃必殺の危険があるというのに、なんてペースの打ち合いだろう。


 慶史は和希と覇華を見て溜息をつく。


 和希がかなり距離を取り気味なので、じっと対峙する時間がないわけでもないが……

 やりあうペースが本当に速い。

 ダッシュで3キロぐらい走れそうな勢いだ ……

 これがアスリートのペースなのか。


 まるで足と足の斬り合いみたいだ、と、慶史はちらりと思った。


 もっとも実際の真剣の斬り合いは、対峙したまま半日も動かなかったりするということだが……


「でも」


 ふたりを見まもりながら……男は慶史に、ぽつり、 と言った。


「闘いって、その闘いの場で見えてることだけじゃなくてさ」


「え?」


「たとえばだけど、三条和希は、どうして、この場所を選んだんだろう?」


「…………?」



◇◇◇


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