26. 犠牲
◇◇◇
きっかけは、本当にまったくの偶然だった。
中学生の頃から和希は、自分の身を守るため、ネットで自分の情報がどれだけ流れているかを調べている。
しばしばエゴサーチをしたり、自分が把握しているところ以外にも自分の個人情報が書かれているようなところはないか……?と。
自分の掲示板ができていたのを知ったのも、それでだ。
その中で、しばしば、アングラなサイトに出会うことがあった。
高校三年生の夏。
(―――――――――??)
受験勉強の合間、ネットを見ていて、路上痴漢専門を標榜する掲示板サイトを発見した。
思わず、開いた。
――――痴漢は犯罪です。
――――体験談掲示板という形をとっていますが、あくまでも利用者様の想像や願望を語り合うことで欲求を満たす場です。実際に痴漢を行うことを推奨するものではありません。
冒頭の注意書きには、そのように表示されていた。
しかしそれは単なる体裁だった。
内容的には体験談語り合いというよりも、情報交換ばかり。
どこならば、犯行がしやすい。どのような手口ならば、逃げやすい、など……。
真偽のほどはわからないし、サイトの立場上は利用者の想像や願望であると言わざるを得ないだろう。
しかし、ふとその中で、気になる書き込みを見つけた。
聞き覚えのある地名と、自分の土地勘のある場所の書かれた書き込みだった。
書き込み主は、そこで、最近気になる女の子に目をつけている、と言っていた。
ずうっと目をつけて追いかけ続けた結果、毎週、何曜日に習い事で、ある神社の中を通ることがわかった。
(……痴漢のために、ストーキング?)
その神社、敷地は広いがふだん宮司が不在しており、林が多く人目に付きにくいという。
その人物は、次のその曜日に、神社の中で待ち構えるというのだ。
その神社も、ほぼここだろうという確証が持てた。
……迷ったかというと、迷った。
その書き込みの真偽の問題ではなく、和希が、その主の書き込みを複数追いかけ見入っていたら……唐突に、激しい吐き気が込み上げてきたから。
頭が重い。
吐きそうなのに動けない。
自分の体なのに、思うように動かせない。
体を引きずり、やっとの思いでトイレまでたどり着き、便座を必死でつかみ、やっと、胃の中にあるものをすべて便器の中に吐きだした。
吐いて、吐いて、やっと落ち着き、よろよろと洗面所の水道で口を漱いで、ティッシュで拭き。
トイレを流したら、安心した……と思ったら、気づいたら床にうずくまっていて、時計の針は数時間進んでいた。
気を失っていたらしい。
真偽いずれであろうと、自分がこんな状態で、これ以上、こいつらに関わり触れることができるんだろうか……。
当日まで迷いに迷った。
そして、和希はその日、家を出た。
たぶんここだろうと、見込みをつけた神社。
意外と敷地が広く陣取り、地元の者は、山道を通るかわりに、神社の境内の中を通って反対側へと抜けるのを常としていた。
……鳥居の前でうろうろしていると、小学校中学年ぐらいの女の子が、人気アニメのトートバッグを持って、目の前を歩き通り過ぎていった。
そのまま、神社の中に入り……
迷いながら、和希も鳥居をくぐった。
その時、目の前で、女の子の前に大人の男が立ちはだかり、その小さい体をわしづかみにし、そのまま林の中へと引きずりこもうとした……。
鳴る防犯ブザー。悲鳴、もがく少女。
しかし、他に、周囲に和希以外の人間がいる気配がない。
和希は境内に駆け込んだ。
男を土の上に蹴り倒し、泣く女の子の体を引きはがした。
女の子は必死に逃げていく。和希は男をそのまま、膝で押さえつけ、起き上がるのが恐怖で左右の腕で何度も何度も殴りつけた。
誰か来る気配に、立ち上がり、そのまま走ってその場を立ち去った……。
あとでニュースを見た。
あの女の子は……周囲の大人に言ったのか通報したのか、神社の男は、被害者として、かつ、性犯罪を行おうとした人間として報じられた。
彼は初犯だったらしい。
女の子を林の中で連れ込み、わいせつ行為をしようとしたら、駆けつけた少年に殴られた…という報じられ方だった。
神社の男も女の子も二人とも、和希の身長体格風貌から、男だと思ったのだろう。
女の子を守ろうとした正当防衛の可能性が高いが、警察はその少年を探している、とニュースキャスターは報じ、ニュースは締めくくられた。
後から、気分が悪くなり、その日は勉強できず、寝込んだ。
1回でもう懲りた気持ちになった。
無理だ、こんなこと。
やつらと対峙する、それだけでエネルギーが削られまくる。
それに、発覚したら養家や学校、あらゆる周囲に迷惑がかかる……。
きっかけとなったサイトは、知らない間に閉鎖になっていた。
時間をかけて探してみれば、どこかに類似のサイトが見つかったのだろう。
けれど、和希は探さなかった。
和希は忘れようとして、勉強に打ち込んだ。
第一志望にはE判定が続いていたが、夏ごろから次第に成績が向上し始め、C判定、さらにはB判定を取るところまでいった。
そして季節は冬になり、再びテレビは事件を報じた。
隣接した県で起きた、小学生女児誘拐事件。
それは、被害者が遺体で発見されるという最悪の結末だった。
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