22. 傷だらけの加勢
『全員金的でつぶす』
和希のその言葉に、皆が一瞬硬直。
各々がかばうべき場所を警戒したその瞬間。
最も距離が近かった奴に対し、地面すれすれをスライドして、みぞおちにサイドキック。
その隣の奴にティミョチルギ(ジャンプパンチ)で躍りかかり。
かかと落としで仕留め。
後ろから飛びつこうと来たやつに顔面バックキック。
あとの面々はぐるぐる回りながら。
かかと落とし、上段後ろ回し蹴り、そこから軌道を逆に顔面に引っ掛ける掛け蹴りと、6人続々なぎ倒した。
この間、実に約12秒。
痛みに、地面でうごめく連中をくるり、と、見まわして、
「金的っつった瞬間、全員ガード下がりすぎ」
と、和希は鼻で笑った。
「古典的な手にひっかかってんじゃねーよ」
その言葉に言いかえせる者はいない……
恐怖や警戒などで、人間の体が硬直するとどうなるか?
……すなわち、たとえその目に攻撃が見えていても、想定したものと違うと(あるいは、想定したものであったとしても)、とっさには反応できないという状況が起こる。
あえて「金的」という言葉を口に出すことで、和希は、そのようなプレッシャーを周囲の男性陣にかけ、一瞬で場の空気を制圧したのだ。
まぁ、そもそも金的蹴り(というよりも、男性器自体)が苦手なのもあるのだが……乱闘の中でこれしか使えないという状態で、ベストの蹴り・突きを当てるのも難しい。
倒れている連中を見回し。
年齢も体格もややばらつきがあり、インスタントに集められた連中かという感想を持つ。
誰か、後ろにいる連中について聞き出せそうな奴は……。
(…………?)
なんだかいやな予感がして、振り返る。
和希から目測で十数メートルばかり離れたあたりに。
さらに十数人の男たちがやってきている。
私服警官などではなさそうだ
(…………………)
なんだろう、この人数。
【三条和希被害者の会】でもできたんだろうか?
まぁ、今までそれだけのことはやっているけど……
とりあえず。
至極何気ない形で彼らに向き直り。
和希は再び、戦闘態勢=ヨンモン(横身)に構えた。
後ろは負傷しているとはいえ、かつてない人数に前後に挟まれて。
……しかも、目の前の男たちの中には数人、何やら格闘技関係の心得がありそうな構えをしている奴もいる。
わりと、というか相当ピンチだとわかっていながら。
それでもやつらの挑発が見逃せないところに、和希の青臭さがあった。
近づいてくる先頭のやつと、間合いを測っていた、そのとき……
後ろへの意識が切れた瞬間、後ろ足の足首をぐぐっと掴まれた!
倒れていた奴がすごい力で掴んでくる。
すかさずそいつの手が這い上がって……
「ミサナ、ちゃん……」
「………!?」 地面の男が吐いた言葉に耳を疑った。
(今、何て言った……?)
膝に這い上がってきたそいつの手。
気持ち悪く、思わずもう一方の足で踏みつけると、動揺からかバランスを崩しかけた。
「嬉しいよ、ミサナちゃん、会えて……」
「………!!」
カッとなった和希はそいつの頭を踏みつけた。
「ングぅッ」
「…ね………死ね……死ね!」
二度、三度踏みつけるのに気を取られていると、前からのやつのパンチが飛んできて、危うく肩で受ける。
次にミドルキック。
力を逃しきれず、受けた腕がびりびりする。完全に囲まれている。
――――やばい。
と思ったとき、後ろから、いきなり何かガッ、とすり抜けてきた。
自転車だ。
なんで、と思う間もなく、ぐるりと曲がった自転車は乗った人間ごと、和希の方に、突っ込んできた!
「おわわわわわっっ」
和希に攻めかかろうとしていた男たちが、わらわらと慌ててほぐれる。
その隙にバランスを立て直した和希は足元の男を、掴まれた方と逆の足でひっぺがした。
自転車は、和希に当たるすれすれのところで無理やり向きを変え、無茶な蛇行運転で、ばらけた男たちを追う。
そして大きく弧を描いたうえ、和希の目の前で、大きな音を立てて派手にこけた。
呆気にとられる一同。
「……いててて」
もぞ、と、起きてきたのは、自転車の乗り手だった。
「だ、大丈夫ですか、三条さん……」
「いや、大丈夫って、キミが……」
キミが大丈夫かよ、なんて、別にそんなことが訊きたいわけじゃなかった。
和希は混乱していた。
だって。いったい、なんでキミがここに?
「……今井君!」
そう、今井慶史だった。
こちらの状況などお構いなしに、和希と慶史めがけて、前方の集団が走ってくる。
「早く逃げ……わぶ」
促す暇もなかった。
男たちより一瞬早く慶史が和希に覆いかぶさり、頭から抱きかかえるように倒れた。
「ちょっ…おい、いま……」
和希の頭上で荒い呼吸。
和希の頭をつつみこむ大きなてのひら。
「やめ……きも、ちわるぃ…!!」
身長はほとんど同じなのに。
どうにか少しでも和希を包む込んで隠そうと、体で足で、腕で、和希にかぶさる慶史。
助けようとしてるのはわかっている。けど、過呼吸になりそうなほどに、男の体が恐怖でしかない。
(過呼吸……?)
状態がおかしい自分に気がついた和希は、逆にあえて、慶史の服に顔を押し付け、それで呼吸してみた。
……無理矢理、少し落ち着ける。
かぶさるこの慶史の体が気持ち悪いのはまだ変わらないとして……。
その上から、男たちに踏みつけられたり蹴られている。慶史の体を通して、あいつらの足の衝撃が伝わってくる。
守ろうとしてくれているのか、と唐突に気づいた。
しかし……
「……い、まいくん……頼むから……どいて……」
腹の下の和希がもがいても、男たちにどけよ、と何度も言われても、かたくなに慶史は和希を抱きしめてどこうとしない。
「やめ……けがする……」
ばかか。君じゃだめだ。
私なら闘えるのに!
祈るような気持ちで慶史の腕や体を振りほどこうと、和希はもがいた。
細い体なのに、腕の力が、強い。
「……んわ!?」
もがく中で、異変が起きた。
といってもその瞬間を、慶史の下にいた和希は目で見ることができたわけではない。
誰かの不格好なやられ声とともに、慶史の下の和希に伝わる衝撃がやんだのだ。
(…………?)
なんだコイツは、というような声が、上がる。
慶史の拘束が弱まった隙をついて、和希はするりと慶史の下から滑り出た。
「…………」
そこにいたのは、まず、すでに泥だらけでぴくぴくしている慶史。
和希は急いで抱き起こす。
次に、さっきの男たち。
そして。
和希たちと一緒に周りを囲まれた、丁度和希と同じぐらいの体つきの若い男が、跳んでいた。
恐ろしい高さから、アクロバティックに撃ち落とすように敵の頭を蹴りとばす。
(……なんだこりゃ!?)
助けられたという気持ちよりも、見たこともない蹴りに、震撼が先にきた。
次の瞬間、謎の男は、長い跳躍とともにパンチで他の者を攻めた。
和希を遥かに凌ぐ、恐ろしい突貫力。
しかも、多数の人間の間をかいくぐる、縦横無尽のステップワーク。
一対多数の組手に慣れているようだ。
やはりテコンドーか?
国内に、せいぜい自分と同じ年頃で、こんなやつがいたか?
和希は思わず、全国大会の記憶を手繰った。
いや、このステップは、どこかで……?
敵方の中で、起き上がった和希と慶史に気がついたやつがいた。
和希は素早く慶史を自分の背中にかばう。
「ウグッ……」
向かってくる相手に、前蹴りをカウンターで合わせた。
相手はうめいて倒れる。
敵方は謎の男に気をとられ、自分と慶史の後ろには誰もいない。
自分たちに加勢してくれているらしい(?)謎の男のことは気になったが……
和希一人ならいざ知らず。今は慶史を安全な場所まで逃がさなければいけない。
(誰か知らないけど、ごめんっ)
「今井くん、走れるか!?」
「え、あの、え!?」
戸惑う慶史の手を掴んで、和希は走り出した。
走りながら後ろをうかがうと、謎の男も丁度敵方の包囲網を突破し、反対方向に逃げて行くところだった。よかった。
さらには、遅ればせながら、ようやく到着したらしい警察の気配。
自分たちを追ってこれるやつも、少数でへろへろだ。
安堵しながら、和希はさらに走るスピードを上げた。
後輩の熱い手を、けっして離すまいと、強く握りしめながら。
◇◇◇




