17. 女王の再来
◇◇◇
――――――じゃあ、また明日ね。
軽く聞き流したその覇華の言葉を、和希が否応なく思い出さざるを得なかったのは、次の日……土曜日の朝だった。
「何で私の家知ってるんですか?」
マンションの玄関先で、和希は呆然とその言葉を吐いた。
サークルの練習に出かける準備をしていたところ、チャイムが鳴って普通にドアを開けただけだ。
なぜ、ここに牧ノ瀬覇華がいるのだ。
「前にカズくん道場あてに年賀状くれたじゃない。それで」
「……ああそれ……、って、社会人がアポなしで来ますか?ふつー」
和希はため息をついてみせる。
比較的ハード目だったりマニッシュな服を好む人だったが、今日もカーキのジャケットにブラックジーンズが、かわいい顔立ちとのコントラストを生んでいる。
背が低い方ではないはずだが、172㎝の和希からすると、10cmも小さな覇華。
だが、それでも無視できないオーラが常にある。
カズくん呼びは正直くすぐったいが、これは確か昔、どこかの道場で、ちゃん付けを全力でぶちぎれて拒否したらこうなったんだっけか。
「昨日の子たちは、無事に帰れた?」
「ああ、はい。まぁ何とか……タクシーで送りました。」
女子ふたりには、(あまりショックを受けないように和らげつつ)悪い先輩に酔いつぶされたのだと話し、先に送っていった。
高額になったタクシー代は、腹を蹴られボロボロの男子学生が払い、彼と和希は、それぞれ徒歩で家まで帰り着いた。
一応、みな無事に済んでよかったところだが、例のサークルは、これでもう凶行をやめてくれるだろうか…?
確証はいまいち、ない。
「今からもう出るところ?」
「……ええ」
「サークル?」
「……はい」
柔らかい雰囲気のくせに、勘がやたら鋭い。それも彼女の恐いところ。
「じゃあちょっと私、ついていってもいい?」
「…………へ?」
予想外の言葉に、和希は反応に困る。
「いいよね?」
笑顔でさらりと柔らかく、しかし、有無を言わさない空気を込めて、彼女は和希に言った。
とたんに、逃げられないように足先をやんわり押さえられたような気分になる。
…………この人は。
「……いいですけど」
彼女から逃げきれないのはわかっている。否応なく、和希はうなずいたのだった。
◇ ◇ ◇
「ちょおま、三条!!
……牧ノ瀬覇華と知りあいだったんかい!?」
覇華を連れて練習場所……農学部グラウンドに行くと、……いきなり新橋と日比谷がにじりよってきた。
ずるずると、グラウンドの端っこに連れていかれる。
「ああ……覇華さん。やっぱり有名なんですね」
先輩、この前のことのお説教はなしかい?、と心中つぶやく。
それはそれでいいけれど、この間の新入生は大丈夫か?
「え…ゆ、有名も何も。
テコンドーの美人ファイターとしていろんなメディアに出てただろうが」
そんな和希の心中を察することなく、日比谷が珍しく、女子の格闘家に関心を抱いてみせた。やはり<そういう>方向か。
「牧ノ瀬さんが全日本選手権で組手四連覇決めた試合の映像が、Youtubeで今、すごい再生回数になってんだけど!!
なんで知らないの!?
むしろ俺ファンなんだけど!!
つーか実物マジかわいい!!顔ちっちぇえ!!」
新橋が畳みかける。キモイ。
もちろん牧ノ瀬覇華がかわいいのは知ってる。
野郎どもに人気なのも知ってる。
しかし、なんなんだ。このミーハーどもは……。
当の牧ノ瀬覇華は、準備運動する面々をにこにこと見学している。
さすがはスター。
そつのない、ロイヤルスマイルだなと和希は思う。
しかし、余計なことをサークルの面々に言われないように、ついていなければ。
ため息をついて、和希が彼女の方に向かおうとすると。
「待てよ、三条」
突然口調の変わった日比谷に腕を掴まれる。
(……!!……)和希は、反射的に振り払った。
かまわず、日比谷は続ける。
「なぁ。お前もさ。
下手に男とばっか喧嘩してねぇで、ルールに則ってちゃんと女子の試合に出ろよ。
牧ノ瀬さんみたいにさぁ」
……そう、来たか。
「そうですね。
私と殴りあって死なない女子がいそうなら」
「そういう態度だよ。
いくらお前が強くて、それも大概の男より強いからって、女との試合を軽視してんじゃねえのか?」
「は?」
和希は眉をひそめる。
「女子の選手だってたくさんいて、それぞれ一生懸命練習してんだろ?
そんな態度じゃ、一生懸命努力してる子たちに失礼じゃねぇか。
お前こそ、女を見下してやしないか?」
……日頃。
人の暗中模索をばっさり切り捨ててるくせに、何言ってやがる。
和希は音を立てて舌打ちした。
「別に。
私、フェミニストとかそういうんじゃないんで」
「あ?」
にらみ合う体制になりそうなところを、新橋の手が、「ちょっと待ったー」と間に入ってきた。
「おーい日比谷ー。そんな喧嘩ごしにさー。
ただ、競技の方も戻ると楽しいかもよーって話すりゃいいだけじゃんー」
新橋がおろおろ口を挟む。
「そうそう、それがさー。
ITFって、ちょっと前に19歳か20歳ぐらいの日本人のジャニーズ顔のイケメンが世界選手権で準優勝して。すげー女子ファンの追っかけができてたみたいだよ」
「世界選手権?」
それは驚いた。そんな若い日本人が、準優勝?
型だろうか、組み手だろうか。そもそも、そんな選手がいただろうか……。
和希は自分が全国大会に出た時の記憶を手繰る。
「だから今、道場のほうも盛り上がってて結構アツイと思うんだよー、戻ってみてもいいんじゃない………三条?」
「失礼します」
「おい、ちょっ、三条!?」
日比谷・新橋を無視して、ずかずかと和希は早足で去った。
結局、思い返しても、男子でそんな選手はどうしても浮かばなかった。
女子ならば、牧ノ瀬覇華がいるからわかるけれど。




