15. 罪人は己の罪を叫ぶ
裏切者、と言われ、蒼白な顔の男子学生は、うつむき、緊張の面持ちを強くした。
高校生のように幼い顔、わかる程度に茶色く染めた髪、麻っぽい素材のシャツ、和希より背が低く50㎏もなさそうな体から、押しに弱そうなオーラが漂う。
―――――三条和希さん。ここを見ていたら、連絡くれませんか。
―――――うちのサークルの新歓コンパが女の子を襲うためのものになっており、止めたいのですが、情けないことに、止められずにいます……。
サークルの練習帰りの食事の席で、和希は彼の書き込みを見つけた。
某巨大掲示板サイトの中には、武道家・格闘家のスレッドも数多く立っているが、和希が高校2年の頃から和希のスレッドが立ち、過疎ることもなく、ずっと続いている。
基本的には、容姿への評価だの、くだらない書き込みばかりだ。
しかし、しばしばストーカーじみた対戦希望者が和希の個人情報を探っているので、警戒のため、定期的に確認をしている。
和希は、そこに書かれていた彼のアドレスに連絡を取り、翌日大学構内で直接会って話をした。
そうして、前回、カラオケボックスに乱入することになったのだが……
首謀者の男は再び、内通した後輩に向けて、怒鳴った。
「なんでこんなやつ呼んでんだよ。
お前も去年も一昨年も、ヤッてたじゃねぇか、共犯だろうが……」
その一言で、男子学生は意を決したらしく、顔を上げる。
「ヤッてた、っていうのは……」
「ああ?
おーまーえーも、ゴームーなーしーで、いーれーてーたーよーなぁ!?」
「……ヤリましたよ……。
つまり、みんな、わかってますよね、これが犯罪だって……?」
「はぁ? だから、いまさら自分だけ正義ぶるのおかしいだろ?」
首謀者の男は和希を無視し始め、攻撃を内通者に集中し始めたようだ。
自分の罪が何一つ変わらないことを無視して―――
「もう、やりたくないんですよ……」
「あ?」
「犯罪だから、もうやりたくないんですよ。
女の子の、そのあとのこと考えるのめちゃくちゃキツいし、捕まるのも嫌だし―――」
「はーんーざーいー?
人を犯罪者呼ばわり? 同じことやったお前もだろ!」
「嫌だから、嫌なんですよ!」
内通者の彼が大声を出した。
首謀者とかばう女子学生の驚いた顔――――
◇◇◇
――――――あくまで、和希が、彼から聞いた範囲の話ではあるが。
内通者の彼は、現在3回生。
いままで彼女ができたこともなく、セックスに至るまで何が必要で何が起きるのかも知らなかった。
1回生の新歓コンパ4次会。
未成年なのに酔ってしまい、気が付けば目の前に女体があって、お前の番だとつつかれた。
驚いたが<酒でちょっと羽目を外す刺激的なセックス>は誰でもやっていることだと説明され、それ以上に興奮し高ぶってしまって、眠り込んだ同学年の女の子に、挿入をし射精した。
性教育で習ったのは、各部位や器官の名称が主で、女の子の<なか>に<あれ>を入れて、受精すれば妊娠、ということだけ。
準強姦、レイプ、という言葉と、自分がやっていることが結びつかなかったという。
しかしその後。
その女の子がサークルには来なくなり、ふと、彼の中に不安な思いが芽生えた。
(自分たちは気持ちよくても、女の子たちは嫌だったのでは?)
その、漠然とした思いを彼は何度か酒席で口にした。
彼氏がいる子も、男が性的対象ではない子もいるだろうし、そうでなくても、もし酒がなければ自分たちとはセックスしなかっただろう女の子たちにとって納得できることなのか?
そもそも自分自身、セックスなんて考えもせず新歓コンパに参加した。あの場にいた女の子たちも、同じだったのでは……?と。
そう言うたびに、女性の先輩が、
「深く考えすぎでしょ、女だってセックスはしたいけど自分から誘えないし」と笑った。
そして彼は、自分の罪に向き合うのも苦しくてその言葉にすがってしまう。
2回生のとき、もう一度加わるように言われた。
迷ったが、上回生に強く言われ、うっすら鎌首をもたげる欲望にも押され……従ってしまった。
その後、彼はネットで、同じ大学でかつて起きた、知人同士の酒席でのレイプ事件のことを知る。
(見知らぬ相手ではなく、顔見知りから、お酒の席で女性がうけたレイプ……)
にわかに胸がざわざわし、過去の、酒が絡んだ大学生のレイプ事件についても記事や本を読み漁った。
関東のとある大学で起きた事件では被害者のその後を取材した記事がネットに上がっていた。事件が起きたのは1990年代、今なお被害者は苦しみ、それが身体症状としてまで出ている。
ぞっとした。
数多の事件の詳細をしって、ようやく、自分がやっていたことがレイプだったと結びついたのだ。
◇◇◇
さらに、彼は大きな声でつづける。
「いま、捕まっていないだけなんですよ」と。
「たまたま、女の子たちがみんな泣き寝入りしたんです。
本当なら捕まらなきゃ、俺たちみんな捕まって裁かれなきゃいけないのかもしれないです。
でもせめていま、もう、ここでやめましょう……?」
駆けつけてきたというより、おそるおそるやってきた、という様子の、30代ぐらいの男性店員が入ってきた。通報する様子もなく、おろおろと、部屋の中を見回している。
「店員さん」
和希に声をかけられ、びくっと肩を震わせる店員……。
「タクシー、呼んでもらえますか?
そこの女子2名、先に帰りますので、来たら運ぶのを手伝ってください」
「あ。あの……」
「調度品等は壊さないように気をつけました。
食器は少しアレですが、この店が事件現場になることを思えばよかったんじゃないでしょうか?」
「あ、そ、その……はい……」
店員は駆けだす。
「とりあえず、タクシーが来たら彼女たちを送っていきましょう」
「…………はい………」
内通者の彼は、荒い息を次第に落ち着かせながら、新入生女子たちのもとに戻った。
少し眠ったのか、起きている方の女子は少し落ち着いたようで、内通者から水を受け取って飲み、眠っている方をそっと揺り起こす。
和希も、新入生女子たちのほうへと移動した。
動けるようになったらしい連中は、少しずつ起き上がり、首謀者の方へと神妙な顔で寄っていく……。
こいつら本当は警察に突き出すべきなんだろう、と内心和希は思う。
先ほど内通者の彼は、「本当なら捕まって裁かれなきゃ」と言った。
それをわかっているけれど、警察への自首による告発という形はとれなかった。
おそらく、その先のことを考えれば、恐ろしくて。
和希も同じ、偽善者だ。
暴力で制圧してしまったせいで、結局こいつらを、野放しにしないといけない。
まだ、和希は捕まるわけにはいかない。それが理由になるだろうか?
……混んでいたのだろうか。
タクシーが来た、と店員が知らせに来るまで随分時間がたっていた。




