婚約者
アイラは一人でダーナ城の廊下を歩いている。首を左右に振りながらある人物を探していた。
「どこにいったのかしら……」
その呟きと共に思い出されるのは先日のブライアン軍での戦いのことだ。瀕死のブライアンを追いかけ、森の前で出会ったアレンとセレーヌ。なぜ二人があの場にいたのかが分からない。あの後奥へ進んだ先にはブライアンの死体だけがあったのだ。自分たちが与えた致命傷の傷とは別に、止めを刺したであろう傷が真新しくも残っていた。それをやったのはアレンなのだろうか。アイラは何もかもが分からず、その理由と真実を問いただそうと二人を探していた。恐らくはヘイスも同じように探していることだろう。
「アイラ!」
自分を呼ぶ声が掛かった。それは探し人の声ではなかったが、アイラの良く知る人物だった。
「ロウエン……」
振り返るとロウエンは嬉しそうに駆け寄ってくる。それを見たアイラは少しだけ複雑な顔をする。
「こんなとこで何やってるんだ?」
「ちょっと人を探しているのよ」
「人?俺も手伝おうか。誰を探してるんだ?」
親切心であろうその言葉はアイラの気持ちをなぜか重くする。それを感じたアイラはロウエンは何も悪くないのだと分かっていても限界を感じてしまう。
「大丈夫よ。大したことじゃないから。それに忙しいでしょう?」
「いや、今はちょうどやることもないんだ。……大したことじゃないなら少し話でもしないか?」
「ロウエン……」
怒りは感じない。ただ憂鬱な気分になるのだ。アイラはここ最近で考えたことを思い切って口にしようとした。
「……アイラ?」
その雰囲気が伝わったのだろうか。ロウエンは嫌な気がしつつもアイラの言葉を待つ。
「もう止めよう、こんな関係」
「何……?」
「ロウエンが私を好いてくれているのは嬉しい。だけど……私はそういう意味でロウエンは好きじゃないの。好きになることもないと思う」
「アイ…ラ……」
その言葉はロウエンに大きな衝撃を与えた。それと共にとつてもない絶望が押し寄せてくるようだった。
「最近のロウエンと一緒にいると私は窮屈でたまらないのよ……」
「何を……!だが、俺たちは……!」
「もう婚約者じゃないわ!私はこの先ロウエンと結婚するつもりなんてないの!」
そのはっきりとした拒絶はロウエンを黙らせるには十分だった。頭の中でいろんな想いが駆け巡る中、続くアイラの言葉を耳に入れる。
「ロウエンのことは嫌いじゃない。だけど……しばらくは距離を置きましょう」
アイラは自分の中にある痛みに耐えながらも、その場を後にしていく。ロウエンが悪いわけでも、自分が悪いわけでもなかった。
後悔はない。これで良かったのだと自分に言い聞かせながら、ゆっくりと歩き出していった。
「いつものとこか……?」
ヘイスはダーナ城を歩き回りながら小さく呟いていた。セレーヌを探し歩いていたのだが、どこにも見つからないのだ。すでに屋上も一度見ていたが、行き違いになったかとも思って再度行こうとする。
セレーヌと会っても何を話したらいいのかは分からなかった。ただ思い出されるのは自分に向けられた明確な敵意だ。それを思い出すと今でも嫌な気分になる。それをまた向けられることになったらと思うと、少しだけセレーヌに会うのも億劫になってしまう。
そうやって考えていると、前方に見知った人物が見えた。自分を探していたのか、目が会うとたちまち笑顔になってこちらに寄ってくる。
「ヘイス様!」
「リラ……」
別の意味でまた、リラと会うのも億劫だった。出来るだけ避けていたのだが、こう偶然に会ってしまうと無視するわけにもいかない。
「ずっと探していましたのよ」
その理由なんて聞かなくても分かるだろう。聞くほどのことでもないのだから。
「悪いが今は忙しいんだ。お前に構っている暇はない」
「まぁ!でしたらわたくしもその用事を手伝いますわ」
ハッキリと拒絶をしているつもりなのだが、相変わらずリラにはそれが届いていないようだ。思わずヘイスもため息を吐いてしまう。
「はぁ……」
「ヘイス様……?もしかしてご気分が優れないのですか?」
「いや……、そういえば……」
どうして分かってくれないのか全く理解できなかったが、ふとヘイスはリラがセレーヌと同室であったことを思い出した。さすがにリラに聞くのは躊躇われたが、探すのにも疲れたようでヘイスは構わずにそれを尋ねる。
「セレーヌを見なかったか?」
その名が出てくるとリラは思い切り眉を顰めた。
「ヘイス様があの女に何の用がありますの?」
「それはお前には関係ないだろ」
「ヘイス様……!この際だから口に出させてもらいますが、ヘイス様はあの女と関わりを持たないほうがいいですわ!ヘイス様ともあろうお方がただの傭兵と――」
「リラ!!」
「……ッ!」
ヘイスはリラの話に苛立ちが募り、大声でそれを諌めた。怒気を含んだヘイスの声にリラは思わずびくつくが、すぐに気丈な振る舞いを見せようとする。その顔には悲しみとセレーヌへの怒りが交ざっていた。
「前にも言ったが、俺が誰と関わろうがお前には関係ない」
「で、ですがわたくしはヘイス様の婚約者として……」
「いい加減にしろよ……。そんな子供の約束事を持ち出されても迷惑なんだ」
「そんな……!」
ヘイスは今頃になって子供の時にそんな約束を交わしたことを後悔した。過去に戻れるならそのことを失くしてしまいたいとさえも思う。
リラはその言葉がよほどショックなのか、隠そうともせずにその場で泣き出してしまう。それは時々見せるような嘘泣きではなく、本当の涙なのだろう。リラの気持ちが分かっているからこそ、ヘイスはやりきれないのだ。けれど、それでもヘイスはリラの気持ちに応えることが出きない。
「悪いな、リラ……」
少し前までのヘイスなら、目の前で泣く女性を抱き締めてあげたのだろう。だがヘイスにはもうそれが出来なかった。泣き続けるリラを後目に歩き出す。そこに思い浮かべるのは、なぜか探し人の顔であった。
「あ……」
廊下を歩いていたヘイスとアイラは同時に互いの存在に気づいた。先ほどのことがあってか、二人ともがどこか落ち込んでいるようだ。
「見つかったか……?」
「まだよ……。最後に屋上をまた見てみようかと思って」
だからここで鉢合わせしたのだろう。ヘイスも同じことを思っていたからアイラの言葉に納得した。
「同じか」
二人は一緒に屋上までの道のりを歩き出す。互いに相手に何かがあったのだろうと感じあい、それを切り出そうかと迷っていた。けれどその場の沈黙に耐え切れず、ヘイスが先に口を開く。
「何かあったのか?」
「……ちょっと。兄さんこそ何かあったの?」
「まぁな……」
歯切れの悪い返答を見せる二人。すぐにまた沈黙が訪れ、そして二人同時にため息を吐いていた。そのため息に互いが顔を見やり、気まずい気持ちになる。
「どうしたんだよ」
「さっきロウエンと会って……」
そこまで聞けばヘイスにもある程度分かった。考えていたことが似たようなものだと思い苦笑する。
「喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩っていうか……」
言いにくそうするアイラの言葉をヘイスはジッと待っていた。アイラもまた誰かに聞いてもらいたいという想いもあって、その続きを口にする。
「言っちゃったのよ、ロウエンとはもう婚約者じゃないって。距離を置こうって」
「……そうか」
「これで良かったんだよね……」
「いいんじゃねぇの?」
アイラの背中を押すようにヘイスは答える。ヘイスにもアイラとロウエンの微妙な関係は分かっていた。セインとは違い完全な中立の立場でいたが、こうなることは少し予想していたことだ。大して驚きもなく、その事実を受け入れる。
「……ありがとう、兄さん」
ヘイスの言葉がアイラの心を軽くさせ、少しだけ気分が晴れやかになった。
「……まさか俺と同じだとは思わなかったけどな」
「え?」
「俺もさっきリラと会って同じようなこと言ったんだ。まあこっちは初めからそんな関係じゃなかったんだけどな」
その言葉にアイラは少しだけ笑った。
「……そう。それでリラは何て?」
「泣いたよ。けど俺にはもうどうすることも出来なかった」
「……変わったのね」
「……そうか?」
ヘイスはそう言われても自分では分からなかった。けれどアイラにはそれが凄く伝わってきたのだ。
「そうよ。前までは面倒くさがってかハッキリと拒絶してなかったじゃない。だけど今回は違うんでしょ?」
どうやらアイラには全て見通されていたようだ。気まずくなりながらも、その言葉をハッキリと肯定する。
「あぁ……。いつまでも逃げてるわけにはいかないからな……」
「……やっぱり変わったのね。どんな心境の変化があったのかしら?」
「別にそんなんじゃない」
ヘイスはそれを否定しようとしたが、アイラにはその変化が何であるかは予想がついていた。けれどきっと目の前の兄はそれを認めようとはしないのだろう。だからこそ深く追求しようとはしなかった。
「これで兄さんの女遊びも終わってくれるといいんだけどね」
「……ッ!?」
話を逸らすように、突然別の話を出したアイラにヘイスは思いっきり動揺した。その反応がおかしくてアイラは笑ってしまう。
「知らないとでも思った?」
「兄貴は……」
「もちろん知ってるわよ」
「まじかよ……」
今までばれていないと思っていたヘイスは、それを兄妹が知っていたことに驚きを隠せない。さすがに後ろめたい気分もあり、ヘイスはアイラの顔をまともに見れなかたった。その様子にアイラはただただ笑い続けていた。




