彼女のために
ジャックがジェイスと対峙してる頃、時を同じくして別の場所でも対峙する者たちがいた。
ヴィズはここから逃げられそうにもない雰囲気にため息を吐きたくなる。その原因でもあるロッドはヴィズを怖い目で睨みつけていた。
「いったい何の用だよ。久しぶりの再会を祝おうってことじゃ……ないみたいだな」
あくまでもヴィズは何も知らないという顔を振舞った。しかしその態度こそがロッドの怒りを増長させる一因でもある。
「ふざけるな!俺が何を言いたいかなど分かってるだろ!!」
死んだと思っていた人間の奇跡の生還。反乱軍の大半の兵士たちはヴィズのことをそう思っているだろう。公には反乱軍リーダーにならないものの、これからは反乱軍としてセインたちと共に帝国を倒す英雄なのだ。それがサーネルが流した噂などヴィズたちには分かりきっていたが、ヴィズはあえてそれを訂正するようなことはしなかった。それが間違ったことであるなど、噂を流したサーネルたち自身が分かっているのだから。
真実を知っている者は反乱軍の中でも極僅か。まさか祖国であるフューリア王国を裏切ってゾディア聖王国の聖騎士になっていようとは誰もが思うはずがなかった。例え聖騎士であるザガートやジャックと共にいたとしても、それはヴィズの人徳が為すことと理解するのだ。
「さぁな。あれから八年も経ってるんだ。お前の考えなんて黙ってちゃもう分かんねぇよ」
それは肩を並べて戦っていた昔の二人のことを指しているのだろう。当時は言葉にしなくても互いの行動が手に取るように分かり、二人が揃えばザインだってそう簡単に勝てはしなかったものだ。
ロッドにとってヴィズとの時間はそこで止まったままなのだ。けれどヴィズはロッドの知らぬ間に時を進め、自分を過去の人間にしようとしている。それがロッドにはどうしようもなく悲しくてならなかった。
「ヴィズ!!頼むからふざけるのはもう止めてくれ……!」
「……ロッド……」
そこで初めてヴィズはまともにロッドの眼を見返した。何もロッドの気持ちが分からないわけではない。ヴィズの心には確かに祖国を愛する心もあるし、ロッドたちを見捨てたわけでもないのだ。
「あの戦いでいったい何があったんだ?何で死んだはずのお前が生きて……そしてゾディアの聖騎士になってるんだ!?お前は本当にフューリア王国を裏切ったというのか!」
だけど、それでも――
「……悪い。俺は……」
「違うと言ってくれ!」
ヴィズの言葉を遮るように、ロッドは懇願するように口にする。
「……嘘だと言ってくれ……ヴィズ……」
ヴィズの口から発せられるであろう言葉なんて分かってる。だけど限りなく少ない望みでもロッドはそれを信じたかった。しかしその淡い希望でさえ、ヴィズは粉々に打ち砕いてしまう。
「俺はアルディオンを守る聖騎士になるとあの日誓ったんだ……。それがフューリアを裏切ることになったとしても、後悔はない」
「……何でだ……何でなんだ!あれほど語り合った夢は全部嘘だったのか!?」
「……ガキの戯言だと思って忘れてくれ」
「ッ!?……忘れられるわけないだろ!!」
大切な親友であり、大切な主君でもあった。ロッドにとってヴィズは誇りでもあったのだ。
「……お前には本当に悪いとは思ってる。だけど、俺も結局は一人のつまらない男だったってことだ」
「何……?」
その言い方が気になり、思わずロッドは聞き返してしまう。
「僅かな間だったが俺にとってあの場所は居心地が良かったんだ。それはフューリアにいては味わえないものだった……」
それだけでロッドは絶望に陥りそうになるというのに、ヴィズは追い討ちをかけるように更に衝撃なことを口にする。
「何より俺はそこで惚れた女が出来た」
「何だと……ッ!?」
それはロッドにとってヴィズの一番の裏切りでもあった。思いがけない言葉にロッドの怒りは頂点へと極める。
「ヴィズ……!マーブルのことを忘れたわけじゃないだろうな!?」
「もちろん忘れてはいないさ」
「なら……!!あいつがどれほどお前を想ってるか知らないわけじゃないだろ!!」
「俺が死んでから八年も経つんだ。あいつだってその間に好きな男の一人や二人……ッ!?」
ヴィズが最後まで言い終わらないうちに、ロッドは怒りのままにその顔へと殴りつけた。
「ふざけるな!!お前がいなくなってからずっと、マーブルがどんな想いで過ごしてきたと思ってる!?」
「……あいつとは確かに婚約者だったかもしれない。あいつの気持ちも分かってたし、俺もあいつのことが好きだと思ってた。だけど……」
「…………」
「だけど、俺はゾディアであいつに出会った時、それが幼い想いでしかなかったのだと思い知らされた」
ヴィズの心の中で、今でも色褪せない一人の女性が浮かび上がる。
「……マーブルへの想いは偽りだったと言うのか……?」
「偽りなんかじゃない……。ただ、あいつへの想いはそういうものじゃなかったってことだ」
二人は何かを探りあうように黙ったまま視線を絡ませる。ロッドはヴィズの瞳に何かを感じたのか、全てを諦めるようにただ首を横に振った。
「……もういい」
「ロッド……」
「きっとお前は俺が望む言葉をくれないんだろうな……」
まだ微かに望みを持っていたのだろう。しかしそれも本当に今ここで絶えてしまった。
「何でだろうな……。お前がフューリア王国を裏切った事実より、俺たちを裏切った事実の方がやり切れない……」
「俺は……」
「もういい!」
ヴィズが何かを言う前に、ロッドはそれを防ぐように言葉を荒げる。
「今は何も言わないでくれ……。お前は国や俺たちを見捨て、ゾディアの人間になった。それでいいんだろ……?」
ロッドは今にも涙を流しそうな顔で、真っ直ぐにヴィズの目を見る。その瞳の力強さが無言の肯定を表していた。その事実を改めて確認するとロッドはもう何も言わず、ヴィズに背を向けてその場所から逃げるように立ち去っていく。その背中に声を掛けたくても掛けられないヴィズは、ただ立ち尽くすようにその場から動けなかった。
「遅い!もっと相手の動きをよく見ろ!」
訓練室に飛び交うザガートの怒号。その声には訓練中にしか見せない厳しさが含まれている。しかしその言葉は的確で、そこにいる誰もがその言葉を受け入れていた。
「ふむ……。見るたびに動きが良くなっているのは気のせいか……」
ザガートの隣で訓練を見るザインはふとそれを感じていた。
「グレイ殿が加わったからだろうな。皆、グレイ殿の強さに憧れているみたいだ」
目の前で黙々と訓練する自警団の者たちとグレイ。もはや彼らの訓練にグレイが参加するのは日常にもなっていた。そしてその強さに刺激されたのか、自警団の者たちもいつも以上に訓練に精が出ているようだった。
「なるほどな。しかしこれではどこまで化けるか怖いものだな」
彼らの強さは連携にある。一人一人の強さはそこまでのものではないのだ。けれどそれが強くなるのであれば、この先どこまで恐ろしくなるのかとザインは思った。
「それは少し買い被りすぎだろう」
その言葉にザガートは苦笑しながらも答える。
「謙遜はよせ。……何よりもここまで育てたお前の力が恐ろしいさ」
ザインは複雑な気持ちになりながら改めてザガートを見た。ゾディアでザガートと戦い、そして失った片目。時々そこが疼くこともあるが、それ以上に失ったことも多かった。
「……どうかしたか?」
顔に陰りを落とすザインにザガートは尋ねる。
「……お前に聞いてもいいのか分からんが」
「答えれることならば答えよう」
ザガートにはザインの言いたいことが何となく分かってしまった。案の定、思った通りの言葉を口にする。
「ヴィズ様のことだ。……なぜあの方は聖騎士になったのだ?」
「……分からんな。私はあいつではないしな」
「ずっと私のせいだと思っていた。ヴィズ様が死んだのは、私の力が足りなかったからだと。あの日からずっとそう思い続けていたというのに……!」
後悔の念に苛まれるザイン。例え国が許したとしても、自分だけはそれが許せないでいたのだ。そんなザインを複雑な気持ちでザガートは見る。
「私には何と言ったらいいか分からんが……」
必死に掛ける言葉を探そうとするザガートだったが、その言葉が簡単に見つかるはずもない。そのザガートの様子にザインは苦笑する。
「いや、すまん。お前に言うことではないな」
「気にするな。……だが、そうだな。あいつは単細胞の馬鹿とだけは言っておくか」
それが誰のことを指すかなどザインにもすぐ分かった。かつての主君の悪口に少しだけムッとするが、それも思い直して笑う。
「お前くらいじゃないか。ヴィズ様にそんなことを言うのは」
「確かにお前たちのとこでは考えられないだろうな。だが私たちのとこではみんなが言うぞ」
「そうか……。それは楽しいのかもしれないな……」
少なくともヴィズにとってフューリアにいた時とは環境も何もかもが全て違うのだろう。ザインは生まれかわったというヴィズの言葉が少しだけ理解した気がした。




