戦う理由
ダーナ城の奥にある共同墓地。屋外に置かれてあり、そこには天からの光が差し込む。ここには戦争で死んでいった者たちの名前が書かれている慰霊碑があった。形式ばかりの墓地ではあるが、それでも戦友や大切な人たちを弔うために多くの者が訪れる。
その慰霊碑の前に今は一人の少年が訪れていた。新たに刻まれたばかりの死んだ者の名前をなぞり、少年は悔しさと共に泣きそうになる。いったいどれくらいの時間をそうして過ごしたのだろうか。後ろで少年を見守っている人物がいることにも気づかない。それに痺れを切らしたわけではないが、その人物はいい加減にその行動を止めさせようと少年に近づいて声を掛けた。
「もういいだろ……」
声が掛かってようやく少年は後ろに人がいることに気づく。慌てて後ろを振り向くと、それは見知った人物だった。
「アレンさん……」
アレンはジェイクに並ぶように立ち、ジェイクが今までなぞっていた名前を見る。
トニー=クオガン
それはジェイクの先輩の兵士であり、サルサ大平原での戦でジェイクを庇って命を失った者の名である。
「俺……また何も出来ませんでした……!」
ジェイクはアイラの時を思い出しながら悔しい想いでいっぱいだった。あんなことを二度と起こさないために自分は強くなろうと決めたのだ。そのためにずっと訓練してきたはずだった。
「……悔しいか?」
「悔しいに決まってます!アイラ様が俺を庇って死にそうになって……そんなこともう嫌だったのに……!」
ジェイクは涙を流しながら、必死にアレンに訴えようとした。
「ジェイク……」
「何でトニー先輩が死ななくちゃならなかったんですか!?俺の命は二回も失ったはずなのに、何で俺が生きて、何でトニー先輩が……!」
「……」
「教えてください!何で……何で……!!」
泣き喚くジェイクがアレンにはまるで幼い子供のようにしか見えなかった。落ち着かせるためにもアレンはジェイクを抱きしめるように胸を貸す。するとジェイクも子供に帰ったようにアレンの胸で泣き喚いた。その間アレンには黙ってジェイクを見守ることしか出来なかった。
しばらくするとジェイクも少し落ち着きを取り戻し、アレンから少し離れる。
「すみませんでした……」
醜態を晒したことの恥ずかしさと、胸を貸してくれたことに、ジェイクは戸惑いながらも謝る。
「いいさ。お前は大事な人を失ったんだ。それは悲しくて当然のことだ……」
「アレンさん……」
「ジェイク、お前はこれからどうしたい?」
「え……?」
突然のアレンの質問にジェイクはどんな意味が含まれているのか分からなかった。
「お前が先輩を失くした時、どう思った?」
「どうって……ただ悲しかったです……」
「……その悲しみはお前の中でどうなってる。トニーさんを殺した帝国兵が、帝国が、お前は許せないと思うか?」
ジェイクはそこでアレンが何を言いたいのか何となく悟った。だからこそその問いに正直に答える。
「……分かりません。確かに許せないかもしれない……だけど何でかそこまで怒りがあるわけじゃないんです。ただトニー先輩が目の前で命を失っていくことに信じられない気持ちで……許せないっていうなら帝国よりも、自分が許せません……」
アレンはジェイクの答えを黙って聞き、そして少しだけその答えに微笑んだ。
「お前は純粋だな……」
「純粋……?」
「あぁ。そう思える奴は数少ない。大切な者を殺された者はそのほとんどが相手を恨む。憎しみを持つんだ」
「それは分かる気がします……」
「だけどお前は憎しみを持たなかった。それはきっと本当のことなんだろう」
そんなジェイクがアレンは本当に真っ直ぐで純粋だと思ったのだ。それはまだ幼い少年だからかもしれない。それでもその純粋さが、ジェイクには必要なことだった。
「……」
「何も憎しみを持つのが悪いと言ってるわけじゃない。そりゃ持たない方がいいんだろうけど……それでも憎しみの感情は人間が持つ感情の一つ、当たり前なことなんだ」
「……はい」
「お前は敵の兵士を恨まなかった。だけど、お前が殺した敵の兵士の仲間や家族はお前を恨んでいるかもしれない」
「それは……!」
アレンの言葉はジェイクに大きな打撃を与えた。全く考えなかったわけじゃない。それでもその言葉は今のジェイクにとって衝撃だった。
「仕方ないことかもしれない。だがな、それが戦争なんだ。人と人が争う行為なんだよ。それだけは忘れるな」
「……分かりました」
ジェイクは考えながらもそれだけの返事をした。当たり前のことだとずっと思ってきた。それは確かに戦争の中では当たり前のことなのだろう。けれど実際には当たり前でもなんでもない、むしろあってはならないことなのだ。それを今初めてジェイクは理解しようとしていた。
「ジェイク、戦いの前に言ったこと覚えてるか?」
「あ……はい……けど、トニー先輩は……」
それはトニーと一度でいいからちゃんと話をしろとのことだった。それが出来なければ稽古もなしだと言われたはずだ。しかしそのトニーは亡くなり、もう二度と話すことも出来ない。
「話をすることはもういい。今のお前にはそれも必要ないだろう。あの人の気持ちが分かっただろう?」
「先輩の気持ち……俺にはまだよく分かりません……。あんなに嫌われてたのに何で助けてくれたのか……何で死ぬなって言ってくれたのか……」
噛み締めるようにジェイクはトニーの最期を思い出した。未だにトニーの気持ちが理解できない。いや、本当は分かっているのだ。だけどそれをあの行動で示したことにジェイクには認めたくない気持ちがあった。
「……死んだ人間は二度と帰ってこない。そう簡単に認めたくない気持ちは分かるけど、お前の先輩の気持ちを分かってやれ……」
「アレンさん……」
今すぐには無理なことかもしれない。けれどジェイクならそう遠くないうちに全て受け入れられるだろう。アレンにはそれが分かっていた。
「ジェイク、今一度聞こう。お前は何のために戦うんだ?何のために強くなりたいんだ?」
「……」
ジェイクは必死にその答えを考えた。なぜか今ならハッキリとした答えが出せるかもしれない。そう思わずにはいられなかったのだ。
ずっと強くなりたいと思った。強くなれば自分を守って誰かが傷つくことなんてないと思った。けれど実際にはもう一度起こり、そして尊敬していた先輩を失ったのだ。そのトニーの死が教えてくれた。戦争という行為について。人と人が争うことについて。
「俺は……」
「……」
「俺は……こんな戦争をなくしたい。だから戦います。矛盾してるのは分かってるけど……それでも……!誰かが傷ついたりするのなんて見たくないんです!大切な誰かを失うなんて嫌だから……だから戦うし、そのために強くなる。大切な人を守るために強くなりたい!」
ジェイクは迷いのない言葉を口にしてアレンを真っ直ぐに見つめた。
「お前が戦う敵にも大切な人はいると分かっていてもか?」
「……それでも戦います。恨まれる覚悟も出来ています」
「ジェイク……」
その真剣な眼と想いをアレンは確かに感じ取った。それは確かに矛盾した考えだろう。それでもアレンはそれが間違っているとは思わなかった。
「なら俺から言うことは何もない」
「……」
「今日はもうゆっくり休め。最近ずっとここにいただろう」
「アレンさん……」
「……明日からまた稽古の再開だ。覚悟しとけよ?」
アレンの笑った顔を見て、ジェイクは途端に嬉しくなる。それはジェイクを認めてくれた証だ。
「はい!」
ジェイクは元気良く返事をする。それを聞いたアレンも心を良くして振り向いて自分の部屋に帰ろうとした。けれどその途中でジェイクが少しだけアレンを呼び止める。
「アレンさん!」
「……?」
呼び止めたものの、ジェイクはなかなか口にしようとしない。その間アレンはずっと待っていてくれている。簡単に聞いていいものか分からなかったジェイクは少し迷うが、意を決してそれを口にした。
「アレンさんはどうなんですか……?憎しみで戦っているようには思えないけど……それでも誰か憎んでる人がいるんですか……?」
その問いを耳にしたアレンは困ったように苦笑した。けれどすぐに少しだけ笑った顔になりながら、ジェイクの問いに答える。
「いるよ」
そしてそのままジェイクを振り返ることなく歩いていく。ジェイクは少しだけそれを聞いたことに後悔していた。




