衝撃の真実
ブライアン軍の全滅。その現実を残し、サルサ大平原での反乱軍と帝国軍との戦いは終わった。
この戦いの結果は瞬く間にアストーン大陸へと広がり、そして大陸中を震撼とさせた。帝国が誇る七つの軍の一つが全滅したのだ。帝国はその事実に驚き、震え、そして圧制に虐げられる力なき民たちは反乱軍に希望を見出した。
戦いが終わった後、反乱軍はその場で大きく盛り上がっていた。豪勢な食べ物や飲み物はないが、その雰囲気はまるで宴や祭りを思わせるほどでもある。しかしその中で、軍議にも使われる大きなテントの中では緊迫した空気が流れていた。
「馬鹿を言うな……そんなことがあるはずない……」
セインは必死に自分に念じるように言い聞かせる。
現在このテントにいるのはセイン、ヘイス、アイラ、サーネル、ザイン、ロッド、マーブル、ジェイス、リナ、そしてヴィズとジャックだった。目立つ鮮やかな金色の髪。今までそれが三人だけだったはずなのに、こうしてセインたちの目の前にいないはずのもう一人が立っている。
「まぁ、何ていうか……久しぶりだな」
まるで今まで旅に出てきて久しぶりに再会したような軽い挨拶だった。しかしこの場にいるものにとっては笑えない冗談であり、誰もがその緊張した面持ちを崩すことはない。
「本当に……ヴィズ様なのですか……?」
誰もが恐れて口に出さないこの場を見て、サーネルが自ら進み出て口を開いた。
「……あぁ。俺は確かにヴィズだ」
「……!?」
「そんな……」
「……嘘だ!!」
自ら肯定するその言葉に反応したのは、血の繋がった実の兄妹たち。ヘイスは言葉も出ず、アイラは嬉しさかも分からない涙を流し、そしてセインは信じられずに否定した。
「……」
「兄上は……兄上は八年前に死んだはず!!それが今になって生きていたなどと……信じられるわけがない!!信じられるわけが……!」
苦悶の表情をしながら、セインは心が押しつぶされるような気持ちになる。ヴィズが生きていたという事実に、嬉しさ、怒り、不安、憤り、様々な感情があった。そんなセインをサーネルが痛々しそうに見る。恐らくこの中で一番今のセインの気持ちが分かるのは長年一緒にいたサーネルなのだろう。
「セイン様……」
「……お前の言うとおりだぜ」
「何……?」
「八年前のゾディアとフューリアの戦い。確かにそこでお前たちの兄であるヴィズは死んだのさ。今いる俺は、ただのヴィズでしかない」
「ヴィズ様……?」
当たり前のことであるが、八年前と違うヴィズの姿にみんなが戸惑いを隠せない。恐る恐ると、ザインがヴィズへと呼びかけた。ヴィズもまたザインに眼を向ける。
「ザインか……。お前には本当に悪いことをしたと思っている。俺の不甲斐無さでお前はいろいろと辛い思いをしてきただろ?……悪かったな」
「何を仰るのですか!そんなことよりなぜ生きていたのなら我々のもとに戻ってこなかったのですか!?貴方が生きていると知ったならば、私たちがどれほど……!」
「悪いな。今言った通りだ。八年前、ヴィズ=レリック=フューリアは死んだ。あの時を境に、俺は生まれ変わったんだよ」
「それはどういう意味なのですか、兄上……?」
ヴィズの言葉が理解できないセインたち。けれど一足先にその事実を知ったロッドは、否定して欲しい一心でヴィズへと叫ぶ。
「ヴィズ……!あの言葉は嘘なんだろ!?お前が……そんなはずがないよな!?」
「ヴィズ様……」
今すぐにでもさっきの言葉は冗談であると笑って欲しかった。昔のように人をからかっているだけなのだと思いたかった。けれど八年前と変わり果てた昔の親友は、突き放すようにロッドとマーブルから遠ざかっていく。
「……八年前、俺たち本隊はゾディアの王の攻撃を受け全滅した。その中で唯一命を取り留めていたのが俺だけだったんだ。俺は瀕死の身体でゾディアの城の中で目覚めた。そこであいつらに出会ったんだ……。敵としてじゃない。一人の人間としてあいつに出会い、あいつらに出会い、そして俺はあいつの存在に惚れた。その時、決めたんだ。俺はあいつを守る剣となることを」
「兄…上……?」
「俺はあの日、フューリアの王子であるヴィズを捨て、アルディオンに剣を捧げた。聖騎士としてのヴィズになったんだ。それは今この瞬間でも、一片の後悔はない!」
滅多にない真剣なヴィズの顔。その表情にセインたちの誰もが飲み込まれていた。信じたくもない出来事。フューリア王国にとって大切なヴィズを殺したからこそ、これまでフューリアはゾディアを強く恨んでいたといってもいい。それなのに、現実としてその本人はゾディアで密かに生きていた。祖国を捨て、新たな仲間を得て。
信じたくなかった。セインも、ヘイスも、アイラも、誰もが。
「嘘、だ……嘘だ!!」
「何かの冗談だろ……?兄貴!」
「兄さん……嘘でしょ……?」
「……悪いとは思ってる」
肯定の言葉にセインたちは心が崩れ落ちそうになる。
裏切りだった。セインにとって、これは立派なヴィズの裏切りだった。こんな事実を知るくらいなら、ここで出会いたくなどなかった。敵うはずない兄は、いつだって自分の先を行っている。今この瞬間でさえも、セインには遠く及ばない先を歩いていた。
「ヴィズ様……貴方は今自分が何を言ったのか分かっているのですか?」
「サーネル……」
「ゾディアの聖騎士などと……ゾディアは我々フューリア王国にとって敵なのですよ!?この国の王子であったあなたが、あれほど国民に慕われていたあなたが、なぜ敵国の騎士などに!!貴方は国を、民を、そして亡き陛下たちをも裏切っている!!」
サーネルは珍しく激しい怒りを燃やしていた。信じられるはずはない。そして許されるはずもなかった。ゾディアと戦うことを決めたのは、何よりもヴィズの親である国王陛下なのだ。長年彼を補佐し続け、そしてヴィズという影と戦い続けていたセインをも補佐し続けていたサーネルにとって、ヴィズの言葉は簡単に許されるものではなかった。
「敵だと、誰が決めたんだ?」
「何ですって……?」
「ゾディアへ攻撃を仕掛けたのは俺たちだ。けれどそこに仕掛ける理由はあったのか?ただ鎖国をしていたからといって、フューリアに害があったわけでもない。そのゾディアを敵だと、誰が決めたんだ」
「だから、それを貴方の父君が決められたのです!国王の命令だったのですよ!!」
「……盲目的だな。はっきり言ってやるよ。八年前の決断、あれは親父の方が間違っていた。ゾディアへ攻撃を仕掛ける必要も全くなかった」
「なっ……!!貴方は……陛下の言うことが間違っていたと言われるのですか!!」
「親父だって人間だ。間違うことだってある。それを間違いだと言うことに何が悪い。……けどな、これでも感謝してるんだぜ?そのおかげで、俺はゾディアという国に出会えたことをな」
「もういい!!」
二人の会話を聞いていたセインが耐え切れずに口を挟む。これ以上ヴィズの言葉を聞いていられなかった。この時、セインの心の中で生き続けていたヴィズは死んでしまったのだ。
「セイン様……」
「……兄上……本気なのですね……?」
「……あぁ。本気だ。何ならこいつに確認してもいいぜ」
ヴィズは後ろで待機するように黙っていたジャックを見た。そのジャックは今までジェイスとリナの視線に耐え続けていながらも涼しい顔をしている。
「貴方は……?」
「……同じくゾディアの聖騎士ジャックだ」
「聖騎士……」
「……こいつの言うことに間違いはない。八年前、敵だったにもかかわらず聖騎士になることを願った馬鹿だ」
「んだと!?」
ジャックの言葉に真っ先に反応したのはヴィズであった。もちろん自分が馬鹿にされていることが気に食わなかっただけだ。そして次に反応したのはセインではなくジェイスであった。
「ふざけるな!お前が……お前がゾディアの聖騎士だと……!?両親と先輩を殺しておいて、よくも騎士だと言えるもんだな!お前は俺が……俺が殺してやる!」
今にも剣を抜きそうになるジェイスだった。その行動をジャックは冷ややかに見つめ、リナとサーネルが同時にそれを制した。
「止めて、ジェイス!」
「止めぬか!セイン様の前であるぞ!」
「し、しかし!!」
寸でのところで止まるも、ジェイスは悔しい想いでいっぱいだった。例え兄弟であろうと、親の仇が現れたのだ。今すぐにでもその命を奪いたいと思い続けていた。
「……落ち着け、ジェイス」
セインがジェイスにそっと声を掛ける。けれどそれは同時に自分に掛けたものでもあった。
「ザイン」
「……はい」
「彼を呼んできてくれ」
「……!分かりました。すぐにでも」
彼という人物がすぐにザインにも分かり、テントを出てその目的の人物を探しに行った。その間にセインはジェイスとジャックを離し、今にも斬りかかろうとした理由を聞く。
「貴方はジェイスと知り合いなのですか?」
セインは頭に血が上っているジェイスより、冷静にしているジャックへと聞いた。しかしジャックはセインを一瞥するだけで、何も答えずに沈黙し続ける。それに焦れたリナが、二人の変わりに答えた。
「ジャックとジェイスは実の兄弟なのです」
「リナ!!」
「兄弟……?」
その言葉には誰もが驚いた。弟が兄を殺そうとするなど、セインたちにとって信じられることではない。
「違います!俺とこいつは兄弟なんかじゃない!父さんと母さんを殺したこいつが俺の兄だなんて……絶対に!!」
「どうしてそんなに否定するの!?昔はあんなにジャックのことを慕っていたじゃない!」
「言うな!あんなの……思い出すだけで最悪だ!」
「……」
「セイン様!この男は罪なき実の両親を殺めた男。そしてゾディアの聖騎士でもあります。どうかこの男を殺すことをお許しください!」
「ジェイス!?」
ジェイスの眼は本気だった。思わずリナは叫びを上げてしまう。セインは複雑な気になりながらも、ジャックに視線を移す。けれどジャックは相変わらずの冷めた表情で、何も言葉を発しようとはしなかった。
「……俺が許可することはできない」
「なぜですか!?この男は……!」
「ゾディアの聖騎士だということは理由になんてならない……。お前の両親のことも、これはお前たち家族の問題だろう。私が口を出すべきことではない。お前たち自身で解決しろ。……それがどんな結末だとしてもだ」
「……ッ!……分かりました」
ジェイスはセインの言葉に悔しくも従いうな垂れた。けれどそのセインの言葉にどんな意味が含まれているのかは、一部の者には分かっていた。ヴィズは眼を鋭くし、セインを睨むように見る。けれどセインは内心は震え上がりそうに、けれど表面ではそれを見せないように気丈にヴィズに視線を返す。互いの視線が交わり何かが起きそうな時、テントの幕が開いてザインとザガートが入ってきた。
「げっ!?ザガート!?」
真っ先に口を開いたのがヴィズだった。ザガートを視界に入れた途端、嫌そうな顔をありありと浮かべる。ジャックもまた口には出さなかったものの、驚きを浮かべていた。
ゾディアの聖騎士であるザガート。そして自らを聖騎士だと言うヴィズとジャック。三人の会話が真実を物語っていた。
「ほぅ……お前たちも生きていたのか」
「ザガート殿もご健勝そうでなによりです」
「……」
ジャックは礼儀正しくザガートに一礼をするが、ヴィズは不貞腐れたようにザガートから視線を外す。
「相変わらずだな、お前は。どこかの馬鹿も少しは見習って欲しいもんだ」
「あんだと!?いちいちあんたは口うるさいんだよ!」
「ふっ。誰もお前のことなどとは言っていないがな。それとも自分が馬鹿だという自覚が少しはあったのか?」
「なっ……!?いい加減にしやがれ、ザガート!その小うるさい性格は六年経っても変わらねぇようだな!」
「お前こそ、その馬鹿さは六年経っても変わらぬな。一緒にいるジャックが気の毒だ……」
「んにゃろう!!」
今にも暴れだしそうになるヴィズ、その姿を笑って見ているザガート、そして呆れ果てているジャック。どこか神聖な三人だけの空気だった。周りにいた誰もがその中へと入れない。
けれどこれで全てが真実だということが分かってしまった。皆が心の中で、黒い濁りのような想いを抱く。
「んなことより何であんたがここにいるんだよ?まさか反乱軍に入ってるのか?」
「その通りだ。お前たちこそ何故ここにいるのか知らないが、ちょうどいい機会だ。反乱軍に入れ」
ザガートは一瞬真面目な顔になり、その様子に二人は何かを感じた。反乱軍に入ることなど考えてもいなかったが、ザガートがここにいるとなると話は別だ。
「ふーん。ま、それもいいかもな。……てことだ。セイン、俺たちも反乱軍に入るぜ」
「……」
もともとここにいる時点でそうだと思っていたセインにとって、それは複雑な言葉でもあった。誰もが素直に頷けることが出来ない。サーネルなどはありありと反対の表情を浮かべていた。しかしそれを口にすることも出来ないのだ。全てがセインの意思に託され、セインはそれを果てしなく重荷に感じる。
「……一つだけ聞きます」
「何だ?」
「フューリアの王子としてではなく……ゾディアの聖騎士として入るのですか……?」
「……当たり前だろ。フューリアの王族の生き残りはお前たち三人だけだ。その事実は絶対に変わりやしない」
その言葉に痛ましそうに視線を背けるヘイスとアイラ、そしてセイン。もうセインはヴィズの顔を見ていたくなかった。半ば投げやりにそのヴィズの言葉を受諾する。
何かが、何かが変わろうとしていた。その何かにどうしてもセインは不安を抱かずにはいられなかった。
四章終了




