震える心
魔獣をすぐに殲滅させ、ヘイスとアイラは馬に乗ってブライアンを追いかけていた。十分近いロスはブライアンを見失うには十分な時間であったが、二人は真っ直ぐにブライアンの後を追っている。それもブライアンは逃げている時に血をたらしていたのだ。それは明らかにブライアンが逃げた方向を指し示しており、それを目印に二人は真っ直ぐに進むだけだった。
やがてブライアンと同じように森林の入り口へと辿り付く。そこにはブライアンが乗っていたであろう馬が倒れていて、間違いなくこの中へとブライアンが逃げたことが分かった。
「急ぎましょう、兄さん!」
「分かってる。あの傷じゃそこまで動けはしない。恐らくどこかで休んでいるはずだ。急げばまだ間に合う!」
二人とてその身体は傷ついているし、疲れてもいる。それでもその身体を酷使して、ブライアンを逃がさないように急ごうと森林の中へ入ろうとした。しかしそこで思いがけない邪魔が入る。
「きゃっ!?」
「……ッ!?」
突然二人の前に落ちる雷。直撃すればひとたまりもないだろうが、それは牽制するように二人へと当たらないものだった。
「誰だ!?」
咄嗟にそれが魔術だと分かったヘイスは近くに魔術師がいることを理解した。これがブライアンの仲間であったのなら、今の状態で戦うのはきつい。緊張しながらも、誰かが現れる気配を感じたので息を呑んでそれを見守った。しかしそこには予想にもしなかった人物が現れる。
「なかなか読みがいいじゃない」
「なっ!?」
「セレーヌ!?」
二人の前に現れたのはセレーヌだった。大きく聳え立つ森林の入り口に、二人を通さないように立ちはだかった。いきなりの状況に混乱するヘイスとアイラ。
「何でお前がここにいるんだ!?」
「私がここにいちゃまずいの?」
「そうじゃなくて……ってそんなことより俺たちは今急いでるんだ!」
なぜセレーヌがここにいるのか気になったヘイスではあったが、今は何よりもブライアンのことが最優先だった。すぐにそれを思い出して急ごうと足を動かそうとする。しかしそれと同時にまたしてもヘイスの前に雷が落ちる。
「何するんだ!?」
「悪いけどあんたたちをここから先に通すわけにはいかないの」
「変な冗談は止めて、セレーヌ!その奥にはブライアンが逃げ込んでいるのよ!早く行かないと逃げられてしまうわ!!」
アイラもまたセレーヌの言動に戸惑いながら、今の状況の危機を訴えた。しかしこれも予想を裏切るように、セレーヌはさも何でもないといった顔で答える。
「そうね。確かにここにブライアンはいるわ。そしてあんたの読み通り、今この先の泉で休んでいる」
「ならそこを通せ!ブライアンをこれ以上逃がすわけにはいかないだろ!?」
「今言ったばかりでしょ。悪いけどここを通すわけにはいかないわ」
「冗談言う……な……」
ヘイスはわけが分からずに苛立ちを込めて口を開くが、今までにないセレーヌの真剣な顔を見てその行動が本気だということを悟った。それと同時にヘイスもまた緊張した面持ちでセレーヌを見据える。
「どういうつもりだ?」
「どうもなにも、そういうつもりよ」
「まさかお前……帝国軍に寝返ったとでも言うんじゃないよな……?」
考えたくもないことを口にすることすら恐ろしかった。恐る恐る聞くヘイスだったが、しかしセレーヌは表情を変えずに無情にも答える。
「そうだと言ったら?」
「……ッ!?」
言葉にもならない衝撃がヘイスの身体を襲う。なぜだかも分からぬうちに、足が震えだした。
「セレーヌ……?こんな時に冗談は止めて!」
アイラもまた信じられずに、否定の言葉を求めてセレーヌへ訴える。すると今度はセレーヌは急に笑い声を上げた。
「ハハッ……アハハハハッ!」
「セレーヌ……?」
「ごめんごめん。冗談よ」
「何……!?」
軽い調子で謝るセレーヌに、ヘイスは安堵すると共に怒りを浮かべる。
「お前!冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!!」
「何そんなに怒ってるのよ。もしかして本当にそうだったとしたら嫌だった?」
笑いながらからかうセレーヌだったが、ヘイスはそれを真剣に受け止めていた。嫌だったと聞かれれば、結論から言えば凄い嫌だった。そればかりか恐ろしくもあった。何でそう思ったのかも分からず、ヘイスは戸惑いを隠せない。最近ではセレーヌが絡むといつもこんなことがあった。
ヘイスは何とか自分を保ちながら、強気に本心とは別の言葉を晒す。
「……そんなわけないだろ!もしそうだったら遠慮なく俺がお前を倒すっての!」
「ふーん。私を倒す、ね……」
「セレーヌ……?」
アイラはやはりいつもと違うセレーヌの様子に戸惑っていた。
「そんなことよりいいから早くそこをどいてくれ!これ以上冗談に付き合ってる暇は……!?」
ヘイスの言葉が言い終わらないうちに、セレーヌは再び雷をヘイスへギリギリ当たるか当たらないかというところへと落とした。
「勘違いしないでちょうだい。私が帝国に寝返ってないのは確かだけど、それとここを通すことになるのとは別よ」
「だから言ってるだろ!この先にはブライアンがいるんだぞ!?ブライアンは俺たちの敵だ!それは分かってるんだろ!?」
「そうね」
「だったら!」
ヘイスは自分の言葉が通じているのか通じていないのか分からなかった。肝心なところで話がズレており、なかなか噛み合わずに苛立ってくる。
「ブライアンはあんたたちの敵。けどね、あの男は私たちの敵でもあるのよ」
「何……?」
同じようで、それは違う意味を持つものだった。けれどそれが何か分からず、ヘイスはどうしていいか分からなかった。するとセレーヌは冗談を含んだ笑みを浮かべながら、ヘイスとアイラを見て口を開く。
「とにかくここを通すわけにはいかないの。今あんたたちをブライアンに会わせるわけにはいかないのよ。……正確には違うけど」
「セレーヌ……」
「これが最後の警告よ。私はここを通さない。だから大人しく帰ってくれない?」
「何言ってる!そんなわけにはいかないんだよ!俺たちはその先に用事があるんだ!どういうつもりかは知らねぇけど、邪魔するんなら力ずくでも通るぞ!」
もはや話が通じないことに焦れたヘイスは、瞬時にセレーヌの前へと走っていく。距離も短かったためかすぐにセレーヌの目前に迫ったヘイスは、そのままその手を押さえつけようとした。
「裁きの雷」
セレーヌは自分の腕が掴まれたと同時にそう呟いた。それを耳にしたヘイスは危険を察知し、本能的に飛び退く。
「セレーヌ、何するの!?」
後ろで見ていたアイラは信じられずに叫びを上げる。
「何って魔術を放っただけじゃない」
確かに魔術を放っただけ。しかしそれはさっきまでの牽制などではなく、ヘイスが動いてなければ確実に当たっていたものだった。ヘイスはその事実に恐ろしさがこみ上げる。魔術が当たりそうになったことではない。セレーヌが自分へと攻撃してきたことに対してだった。
「最後の警告はしたわ。立ち去らないのなら、力ずくでも立ち去らせてあげる」
手に炎を溜めながら、セレーヌは真剣な顔をして二人の前に立ちはだかる。
「セレーヌ……!」
「お前……本気なのか……?」
その問いに返事などいらない。もはやセレーヌの眼が全てを物語っていた。
いつからいたのか。まずはそう思った。
次に、もう追っ手がきたのか、と思った。
そしてその顔を見ると、なぜここにいるのか、と思った。
見覚えのある顔が成長した姿。ブライアンは目の前にいる少年から眼を離せない。頭の中はすでに混乱しきり、まともに機能していなかった。そんなブライアンを面白そうに見ながら、少年――アレンは先ほどと同じ言葉をかける。
「無様な有様だな、ブライアン」
「な……何で……どういうことだ!!なぜお前がここにいる!?」
ようやく言葉を発することが出来たブライアンをアレンは冷めた眼で見た。
「その傷……もう止めを刺す必要もないな。今すぐにでも治療しなきゃ助からないだろうし」
アレンは呑気にそう分析しながら、ブライアンへと近づいていく。しかしブライアンは未だに混乱しきっていた。
「どうやってあそこから出てきたんだ!?いや、出れるはずもない……いったいどういう……!?」
「……その慌てようじゃ、少しは知ってるみたいだな」
「何だと……?」
「お前にはいろいろと聞きたいことがある。答えてくれるよな?」
「まさか……お前は……!?」
ブライアンはそこで始めてアレンのことに気づいた。一人でそのことに納得し始め、そして高らかに笑い出す。
「ハッ……フハハハハッ…フハハハハハッッ!!まさか……まさかこんな真実が隠されていようとはな!!」
「……気づいたか?」
「気づいたさ。そう、やっと気づいた!俺様たちはずっと騙されていたというわけか!!」
「さぁな。お前の考えが正しいかどうかなんて分からないだろ」
「いや。正しいに決まってる!なぜなら俺様とお前は会ったことがある!そうだろう!?」
自信に満ち溢れた顔でブライアンはアレンを見る。アレンもその視線を冷静に見返した。
「これは大事だ!すぐにでも陛下に知らせなければ……!」
「知らせられるとでも思ってるのか?」
「何……?」
突然雰囲気を変えるアレンを、ブライアンは注意深く見た。
「残念だがお前はここで死ぬんだ。二度とその陛下とやらには会えないし、帝国へと帰ることもできない」
「ふざけるなよ!お前が俺を殺すとでも……?それこそ俺様のセリフだ!!」
ブライアンは生意気なアレンを前に、急に怒りを帯びて殺意を込めた。
「そうかっかするなよ」
「うるせぇ!お前の首、今度こそ頂いてやるよ!!」
「そのセリフなら前にも聞いたけどな」
いたって冷静なアレンに、怒りに我を乱すブライアン。アレンへの殺意が込みあがり、すぐさま走り出して斧を振るった。けれどアレンは予想していたかのように剣を抜いてそれを防ぐ。
「……本当に単細胞なやつだな。まぁいいか……」
「何だとぉ!?」
「だがこれだけは教えろ。あいつは無事なんだな?」
アレンは急に声音を落とし、ブライアンへと命令するように聞いた。
「あいつだと……?あぁ……無事、か……。あの状態を無事というなら無事だろうな」
「……」
「フハハハハッ!そうだ、確かにあいつは無事だ!あんな無様な姿になりながらも、ずっと!」
ブライアンはその存在を思い出し、見下すように笑って答える。それを見ていたアレンもだんだんと怒りを燃やし、ブライアンが言い終わる前に威圧をして黙らせた。
「もういい。……生きているならそれでいい」
「ハッ!あんな状態、俺様に言わせりゃ生きてるなんて言えないな!」
「黙れよ」
「……ッ!?」
一回りも年下の子供に圧される事実が耐え難くもあった。それを信じようとせず、ブライアンはますます怒りを見せる。
「生意気な……!!」
「……そろそろ終わりにしようか。あの時お前を仕留め損ねたのは俺の責任だ。だから今ここで、あの時の決着をつけてやるよ」
「望むところだ!再び俺様の前に立ったことを後悔させてやるよ!」
「威勢がいいな。あの時俺に背を向けて逃げたのはどこの誰だったかもう忘れたのか?」
「ぐっ……!黙れ!!あの時お前にやられたこの背中の傷……忘れることなんてなかったさ!お前をこの手で殺すまではな!!」
ブライアンは憎悪を込めて、背中の傷を見せた。その大きな背には、斜めに切り裂いたような傷跡が見える。もはや消えるものではなく、一生残り続けていたものだろう。
「そうかよ。俺はお前のことなんてすっかり忘れてたけどな」
「くっ……!どこまでもムカつく奴……死にやがれ!!」
気合を込めて、ブライアンは斧を振った。確実に命を奪うため、全力を込めた一撃。しかしそれは簡単にアレンに防がれてしまった。
「本当に無様だな。どうせすぐに死ぬ命だろうが……そんなにお望みなら今逝かせてやるよ」
その言葉と共に、アレンは眼に見えないほどの素早い一撃をブライアンの身体へと撃った。
「……ッ!?」
崩れ落ちていくブライアン。もはや限界だった身体はアレンの攻撃によって最期を迎えていた。意識を保つことも出来ず、ブライアンは一瞬でその命の灯火を消す。その遺体をアレンは複雑な表情で見つめていた。そして何かに思いつめた顔をし、しばらくすると背を向けて歩き出す。
やがて辿りつく森林の入り口。セレーヌの背中が見え、その奥にはヘイスとアイラもいた。魔術を手に浮かべるセレーヌの前で、どうやら硬直して動けないようだ。その二人がブライアンと対峙し、ここまで追い詰めたこともアレンは理解した。
「アレン!?」
いち早くアイラがアレンに気づき、ヘイスとセレーヌもアレンを見た。ヘイスとアイラは森林からアレンが出てきたことに驚き、セレーヌは複雑そうにアレンを見やる。
「……終わったの?」
「あぁ……」
「そう……」
二人だけで通じる二人だけの会話。そこから疎外されたような感覚になるヘイスとアイラは戸惑いを隠せない。
「どうしてアレンまでここに……」
「いったいどういうことなんだよ!何でお前らが……!」
聞きたいことは山ほどあった。アレンも責められるだろうことは予想していたものの、今は誰かと話す気分にもなれない。森林の奥を指差し、二人へと一言だけ口を開く。
「ブライアンは奥の泉だ」
「え……アレン?」
アイラの問いかけにもアレンは答えず、二人の横を通り過ぎて歩き出した。セレーヌもまたアレンに付いていくようにその隣を歩く。残されたヘイスとアイラはただ呆然とするしかなかった。




