マリオネットと聖騎士
戦場の一角では、この反乱軍と帝国軍の勝敗を左右させる重要な戦いがあった。ヘイスとアイラが挟み込むようにブライアンと対峙する。互いの騎馬は威嚇するように声を上げ、もはや両軍の兵士たちはそこに参戦することすら許されなかった。
「どうした?とっととかかってきな!」
「言われなくても!」
ブライアンの挑発に乗るようにヘイスが馬を走らせる。剣と斧がぶつかり合い、音が響きを上げた。
「はんっ!所詮はこの程度か!」
ヘイスの攻撃をブライアンは力ずくで跳ね返す。さすがのヘイスも巨体なブライアンには力では敵わなかった。しかしヘイスを押し退けても、すぐに後ろからアイラがやってくる。力で押し切らず、素早さを以って攻撃を繰り返す。全てが弾かれるが、その執拗な攻撃はブライアンにとって苛立ちを募らせるだけだ。
「鬱陶しいやつめ!」
「……!?」
ブライアンは隙を見て反撃に転じ、斧を豪快に横へと振った。通常なら攻撃の一手一手が遅い斧であるが、それを使いこなしたブライアンは怪力とともに素早く扱っていた。アイラはその攻撃をギリギリで避け、後ろへと下がる。
二人の攻撃を凌ぎ、ブライアンは余裕の笑みを浮かべていた。
「大丈夫か、アイラ?」
「えぇ。けれどさすがは大将軍でもあるわね……」
その言葉の意味を改めて二人は思い知った。けれどここで立ち止まるわけには行かず、二人は果敢にブライアンに攻撃を仕掛けていく。
今度は二人同時に動き出す。戦場の中、多数対一が卑怯だというものは戦争というものを理解していない。ブライアンが親の仇だからこそ一人で戦い抜きたいという気持ちはあれど、ヘイスとアイラはブライアンを倒すために互いに協力しあう。
「生意気な……!」
ブライアンは挟み撃ちしてくる二人を見て、牽制するように斧を上に持って振り回す。斧は勢いよく回り、その風圧は凄まじいものだった。怯みそうになりながらも、その迫り来る風圧に耐え抜いて二人は走りを止めない。ブライアンに狙いを定め、剣を振ろうとした。しかしそれを待っていたかのように、ブライアンは斧をアイラに向かって振る。
「……ッ!?」
迫った斧を間一髪で馬の手綱を引くことによって止めた。しかしずっと回し続けて威力を高めていたので、その攻撃から出た風圧はアイラを馬から落とすことになる。
「アイラ!」
ブライアンはその後にすぐヘイスの攻撃を受け止め、力ずくで押し返した。ヘイスは一度離れアイラを見る。するとそこにはブライアンがさらに追い討ちをかけようとしている姿があった。
「死ねぇ!」
体勢を整える前に、ブライアンがアイラに斧を振り下ろす。アイラはそれを見てすぐに横へと倒れこむように避けた。斧がアイラの顔すれすれで地面に突き刺さる。すぐにそれを引き抜こうとしたブライアンだが、その前にアイラが瞬時に立ち上がり横の斧を掴んだ。そのまま斧を持っていたブライアンの腕を目掛けて剣を振り、それをブライアンは咄嗟に手を離してかわす。追い討ちをかけるように、アイラは止まらずにブライアンを狙った。
アイラが果敢に攻め、ブライアンは斧を放した今、それを避けるしかない。防戦一方に苛立ちを募らせる中、背後からも殺気を感じ視線をやると、そこにはヘイスが勢いをつけてブライアンを狙う姿があった。前にはアイラ、後ろにはヘイス。
「終わりだ!」
二人の剣が自分に迫る中、ブライアンは一番最良であろう選択を取った。まずヘイスの攻撃に注意を向けてその攻撃を避ける。しかし間髪いれずにアイラの攻撃がやってくるが、ブライアンは片腕を突き出してその攻撃を受けた。しかし筋肉の塊ともいえたブライアンの腕には、アイラの力のない攻撃は大したダメージを与えることはできないでいた。瞠目するアイラをよそに、ブライアンは再び後ろから来るヘイスの攻撃を察知する。避ける暇もないと感じ、本能のままにブライアンは乗っていた馬から転がり落ちた。そのまま回っていき二人から少し離れたところで立ち上がると、そのそばには先ほど手放した斧がある。ゆっくりとそれを引き抜いて、二人に向かって怪しげな笑みを向けた。
「ハッ!思ってたよりはやるじゃねぇか!」
馬から降りて地面に立つブライアンに、同じようにヘイスも馬から降りる。
「無事か?」
「えぇ。問題ないわ」
ヘイスの心配も無用に、アイラは無事な身体を見せる。そして互いに並んで、ブライアンを睨むように見た。その視線を受けたブライアンは、忌々しそうに舌打ちをする。
「ちっ!忌々しい……!」
苛立ちを募らせるブライアンは、怒りと共に気合を込めた。
「いつまでそんな目をしていられるか見ものだな!」
「そっちこそいつまでそんな強気でいられるのかしらね」
「本当に……忌々しい!!どこまであの馬鹿な奴らに似てるというんだ!」
ブライアンは今までで一番大きな怒りを噴出した。その怒りはヘイスとアイラを見ながらも、別の誰かに向けられているようだった。
「馬鹿な奴ら……?」
「そうさ!お前らの馬鹿な親のことだ!」
「父と母を侮辱するな!!」
またしても両親を侮辱されたことに、怒りに叫ぶアイラ。ヘイスも必死に怒りを抑え、ブライアンを冷徹な眼で睨んだ。しかしその二人の様子でさえ、ブライアンにとってはフューリア王と王妃を思い出す一因にならない。
三人が三人とも怒りを燃やし、睨み合う。やがて一瞬の後、地を蹴って同時に動き出した。
激しい戦いを繰り広げるヴィズとジャックたち。四人の戦闘の様子に、ロッドたちはただ見ていることしか出来なかった。
キャシーが強烈な拳をヴィズに向かって放つ。ヴィズはその攻撃を受け止め、すぐに反撃を返した。強烈な剣での攻撃がキャシーを襲うが、しかし彼女は腕を前にやってガードする。当然の如く、ヴィズの攻撃はその硬化した腕によって無力化されていた。
「ホント尋常じゃないな。それもマリオネットの特徴か?」
「……ッ!!違う!私たちは人形なんかじゃない!!」
マリオネットという言葉に敏感に反応するキャシー。その存在を噂でしか知らなかったヴィズには、その言葉にどんな意味が含まれているのかも分からなかった。ただ目の前の彼女たちを哀れと思うだけ。
怒りに身を震わせるキャシーは、さらに戦闘能力を高めてヴィズへと向かう。素早い動きと共に繰り出される強烈な一撃。普通の兵士ならば何が起きたのか理解する前に命を落とすほどだろう。しかしヴィズはその攻撃を軽やかに避けていた。その行動に苛立ちを募らせるキャシー。避けられれば避けられるほど、がむしゃらに攻撃を続ける。
「……お前らにとってそんなにタブーなのか?マリオネットは」
「……違う!!」
明らかに以前より冷静さを失っているキャシー。それほどまでに狂わせるマリオネットという言葉の意味。目の前で錯乱しかけているキャシーを見て、ヴィズにはどうしていいか分からなかく攻撃を躊躇してしまう。すると突然後ろより殺気を感じ、本能的に横へと飛びのいた。
「その言葉を取り消して!!」
「……!?」
現れたのはキャシーの片割れのキャリー。少し離れていたところでジャックと戦っていたキャリーが瞬時にここまで来たのだ。
「ジャック!何やってるんだ!」
「悪いな。お前の言葉を耳にしたら突然方向を変えたんでな」
「そうかよ……」
キャリーを捉えていなかったジャックへ怒鳴ると、特に感情も篭ってなさそうな口調で返ってきた。そのままヴィズの隣へとジャックは歩いてくる。そのゆっくりとした足取りにヴィズは舌打ちをしそうになった。
「人形の分際で……よくも!!」
剣を下ろしているヴィズとジャックに向かって、攻撃の手を緩めずにキャシーとキャリーは再び走り出す。それを見て二人も並んで戦闘態勢に入った。
二人に向かって走るキャシーとキャリーは、攻撃の間合いに入るところで左右に跳躍した。そのまま横から二人を挟み撃ちにしようとする。ヴィズとジャックは背中合わせでそれぞれの相手に向かった。
キャリーはジャックへ拳を叩き込むように入れる。しかしジャックはそれを受け流すようにかわし、手加減せずに腕を切り落とすかのように反撃した。するとその場には金属が響きあうような音が木霊する。
「これは……なるほどな……」
ジャックはその音を聞いて、確信に満ちた声で納得顔になる。キャシーの攻撃を受け止めていたヴィズも、信じられないという顔でその状況を理解していた。
「腕が金属で出来ているのか……?」
「あまり信じたくはないがな」
しかしそれで剣が効かないのも証明できた。何より一番に納得したのは、噂に聞くマリオネットだからだろう。
「それが分かったからってアンタたちは勝てっこないわ!人形は人形らしく、壊れればいいのよ!」
キャリーはジャックの攻撃を受けても退こうとせず、むしろ果敢に攻め入った。素早く剣を素手で掴み、離せないように力を込める。すぐにはそれを抜くことも出来なかったジャックに、そのままキャリーの続けて繰り出した蹴りが直撃する。それは今までに味わったこともないほどの衝撃にも感じられた。この足もまた金属で出来ているのだろう。
「ジャック!」
一瞬蹲るジャックにヴィズがその名を叫ぶが、こちらもキャシーの猛攻に他人の心配をする余裕がなかった。拳と蹴りを交互に入れ続ける攻撃に、さすがのヴィズも反撃する余裕がないのだ。
「終わりよ!」
立て続けに繰り出された攻撃によって出来たヴィズの一瞬の隙を見逃さず、キャシーは手刀を用いてヴィズの心臓を狙う。その攻撃をかろうじて避けたが、そこにはキャシーの手がヴィズの身体を貫いている姿があった。
「うぐぁッ……!」
キャシーが手を引き抜き、それと同時にその場に倒れこむヴィズ。蹲ったジャックへ、倒れこんだヴィズへ、それぞれキャリーとキャシーは止めを刺そうと容赦なく最後の一撃を繰り出そうとした。
「ヴィズ!!」
「ジャック!!」
遠くで見ていたロッドたちもその危険を悟り、悲壮な声を上げてその名を叫んだ。
一度失ったはずなのに、もう一度巡り会って、そしてまた失うなんて耐えられない
けれど、神はロッドを嘲笑うかのように残酷な現実を突きつけた
キャシーとキャリーの止めの攻撃が二人へと届こうとした時、それは誰もが眼を疑うような出来事でもあった。
「な、何で!?」
信じられずに、瞠目するキャシーとキャリー。二人の攻撃はヴィズとジャックへ命中することはなく、地へと空振りに終わっていた。
誰が見ても二人へと当たるはずだった。けれど二人は神業とも思えるほどの素早さを以って、瞬時に立ち上がりキャシーとキャリーの後ろへと回っていたのだ。
「ふぅ……さすがに今の攻撃はやばかったな」
「お前はよくその身体で平気だな……」
キャシーによってもたらされたヴィズの身体を見て、ジャックは眼を逸らしてため息を吐いた。当の本人は血が流れ続けていながらも平気な顔をしている。尋常でない生命力であることはすでに知っていたが、こうまで平気な顔をされると見ているほうが辛かった。
「当たり前だろ?俺を誰だと思ってる」
突然ふざけるように喋りだす二人に、その場にいた全員が注目していた。二人が動いたことすら気づかずに、理解した時にはすでにキャシーとキャリーの後ろで立っていたのだ。常人離れしすぎた動きだった。
「いったい何をしたの!?」
「あの状態から逃げれるわけないじゃない!」
同じように混乱するキャシーとキャリーに、ようやくヴィズとジャックは真面目な顔になって向き直った。
「俺たちをお前らの言うそこらの人形と一緒にしないでもらいたいな」
「……」
「これでも褒めてるんだぜ?一瞬でも俺たちに本気を出させたんだ」
「何を……!!今まで本気じゃなかったとでも言うの!?」
怒りに身を染めるキャシーとキャリー。
「絶対に許さない……!この人形が!!」
またもやヴィズとジャックに攻撃を仕掛ける二人。しかし先ほどとは打って違って、その手は容易に掴まれてしまった。
「何でお前らはそんなに人形に拘る?自分たちが人形だからか?」
「違う!!私たちは……私たちは!!」
「いい加減に認めろよ!!お前らはマリオネットなんだろ!」
「違う……違う違う違う違う!!」
「呼ばないで……そんな風に呼ばないで……私たちは人間……!!」
今までにない錯乱状態を見せるキャシーとキャリー。頭を手で押さえつけて、横に振って何かを必死に否定しようとしていた。その姿を見たヴィズは、自分の出した言葉に後悔する。
「お前の言葉は直球すぎる。錯乱させてどうするんだ」
「……悪い」
ジャックの忠告にも何も返せずに自己嫌悪する。そんなところがヴィズのいいところでもあり悪いところでもあった。
錯乱している二人に今度はジャックが向かい、重みのある言葉を口にする。
「あんたたちは確かに作られた存在であるマリオネットかもしれない。マリオネットが実際どんな風なのか俺は知らない。けどな、あんたたちの心にはちゃんと意思もあるし命もある。それだけで人間だって言えるだろ。あんたたちは自分たちがマリオネットだという現実から逃げてるだけだ。その現実と向き合って、それを乗り越えろ。でないといつまでも本当にマリオネットのままだ」
その言葉を耳にしたキャシーとキャリーはジャックへと視線を向ける。けれどその顔はすでに二人とも毀れていた。
「うるさい……うるさい!何も知らないくせに!何も知らないくせに!!」
狂気を秘めた眼でジャックを睨む二人に、ヴィズは悲しげなため息を吐いた。ジャックの肩に腕をやり、ただ首を横に振るだけだった。ジャックもまた顔には出さないがやりきれない想いを抱く。
その運命から逃れることはできない。作られた存在、マリオネット。ただ戦い続けるという道しか彼らには残されていなかった。それこそが刷り込まれた彼らの存在意義だから。
「許さない!許さない!絶対に壊してやる!!」
そしてキャシーとキャリーはヴィズとジャックに向かって走り出す。それは二人にとって最期の攻撃となった。
「マリオネットを救うことは出来ない……。そんなこと信じたくなんてないけどな」
「もうやるしかないだろう」
「あぁ……なら俺たちも最後は本気を出して終わらせてやろうじゃねぇか」
「……そうだな」
キャシーとキャリーが目前に迫る中、二人は今までと雰囲気をガラリと変えて少女たちに向かった。その圧倒されるオーラに、後ろで見ていたロッドたちは何かを口にすることも出来ない。二人の後ろには獅子と翼竜の錯覚さえ見えた。
そして彼らの口から衝撃の事実を耳にする。
「お前らとは出来れば別の形で出会いたかったな……」
「終わらせてやる……」
世界から切り離された感覚に陥り
「ゾディア聖王国聖騎士<黄金の獅子>ヴィズ」
「ゾディア聖王国聖騎士<翡翠の翼竜>ジャック」
「安らかに眠れ……!!」
二人の放った一撃は、真っ直ぐにキャシーとキャリーへ向かった。
轟音と共に飛び散る彼女らの血。
「どうして……どうして…私たち…なの……」
「……仇……討て……な………」
「…後は………あなた……だけ………」
「生き…て………」
キャシーはキャリーの手を、キャリーはキャシーの手を。二度と離さないようにしっかりとその手は繋ぎあっていた。
彼女らの死を看取ったのは、
雄々しき黄金の獅子と、美しき翡翠の翼竜
失ったものは大きい
彼女たちの存在がヴィズとジャックに衝撃を与えたように
彼らの言葉はロッドたちに衝撃を与えた
一度失って、もう一度巡り会って、そしてまた
失った




