愚かな人々
突然帝国軍の様子が変わったのを見て、セインは奇襲が成功したのだと確信した。その機に乗じて、こちらの本隊にも防戦から攻撃へと仕掛けさせる。
未だに左右ではザインとザガートが魔獣と戦っているが、数の差をものともせずに押し返していた。魔獣が全滅するのも時間の問題だろう。
「今が好機だ!別働隊と連携して帝国軍を挟撃せよ!」
サーネルの合図は反乱軍本隊に響き、反乱軍の面々は勢いをもって帝国軍へと突き進む。
「どうやら奇襲は成功したようですね」
「あぁ。だがまだブライアンを討ち取ったわけではない」
「もちろんです。しかし風はこちらに傾きつつあります。後はヘイス様とアイラ様次第でしょう」
サーネルは今の戦況を冷静に分析していた。しかしブライアンとて大将軍の一人。いくら二人の実力を知っていても、何が起こるか分からなかった。セインは二人の無事を心から祈る。
「……絶対に死ぬなよ」
「……」
「……よし、俺たちも出るぞ」
「はっ!」
その祈りが二人に通じるかどうかなど分からなかったが、少しでも敵を殲滅しようとセインも自ら前へと出ていった。
すでに帝国軍と反乱軍の戦いは激化し、両軍の兵の屍が多く転がっている。その上で戦う帝国軍と反乱軍。数の上では帝国軍が勝っているが、すでに勢いは反乱軍のものだった。
両軍が混戦する中、一人反乱軍の兵士が必死に剣を振っている姿があった。
「やぁっ!」
掛け声と共に振り下ろす剣。それは帝国兵の命を奪い、自分の命を守っていた。以前と比べればだいぶ様になった剣筋。これも全て教えてくれたアレンのおかげだった。
「でも、まだ足りない……。もっと強くならなきゃ……」
戦いの最中までそんなことを考えるジェイク。アレンの言ったことが未だに分からぬままで、その焦りも見え隠れしていた。
先日先輩であるトニーと話をつけるまで稽古はなしだと宣言された。ジェイクは一刻でも早く稽古を再開したいので、すぐにでもトニーと話をしようと思った。けれどそれはそう簡単には上手くいかず、勇気をもって話しかけてもトニーには無視されるのだ。それだけでも悲しいことで、何度も無視されるうちにジェイクは諦めかけていた。
結局今日までに話すことは出来ず、ジェイクの中にもどかしい思いがある。強くなったらトニーも喋ってくれるのではないか。そんなことさえ考えてしまう。
「はぁ……はぁ……」
絶えず現れる帝国兵に、ジェイクは戦い疲れ始める。しかし気を緩ませず、しっかりと目の前の敵に視線を定めた。
斬りかかる帝国兵。その攻撃を避け、反撃を繰り出す。剣は一直線に帝国兵の身体を斬った。崩れ落ちる帝国兵から視線を外し、次の敵を探していく。先ほどからその繰り返しだ。
「いい加減にくたばれ!このガキが!」
仲間が子供に倒される様を見た帝国兵は、こうやってジェイクを狙ってくる。疲れる身体を酷使しながら、ジェイクも冷静にそれに対応していく。
帝国兵の素早い攻撃をジェイクは剣で受け止める。力押しでは負けるので、それを有効に使い身体を横にずらした。すると帝国兵はバランスを崩して倒れこむ。それを逃さずにジェイクは止めをさそうとするが、帝国兵は何とか剣でそれを防いだ。反撃に持ち込もうとする帝国兵だが、ジェイクはそれを許さずに敵の剣を蹴り飛ばす。そしてすぐに再びその身体に剣を突き刺した。
「ふぅ……」
一息吐くが、しかしまだ休んでもいられない。襲ってくる次の敵へとジェイクは視線を移した。敵の攻撃を受け、こちらも反撃しようとする。しかし、突然背後から強烈な殺気を感じた。
ジェイクがそれを感じて振り向こうとした刹那、脳裏にあの時のことがフラッシュバックした。
背後から迫る敵兵。命を落とすその攻撃から、ジェイクを守るように間に一人の人間が立ち塞がる。
「……ぅぐっ!」
崩れ落ちていく姿。それはあの時のアイラのようで、それは今の――
「…先…輩………?」
信じられない光景に、ジェイクもまた崩れ落ちるように膝をついた。目の前に倒れているトニーを呆然と見つめる。何もすることなく、頭だけが錯乱していた。
「油断……してんじゃ…ねぇよ……」
その切れ切れの言葉は、浸透していくようにジェイクの頭の中に入る。
「ホン…ト……危なっか…しく…て……見て…らんねぇ……」
「…先…輩……」
「…ハッ……俺の…ために……泣い…てんのか……」
ジェイクは知らずと涙を流していた。気づいたときには止まることを知らず、次々と溢れるように流れていく。
「馬鹿な…奴………お前…は……優しすぎ…る……向い…てないん…だよ……戦うの…は……」
だんだんと地面に染まるトニーの血の色。それは少しずつ命の灯火が消えかけている証拠だった。
「何で……何でこんなこと!」
「全くだ……こん…なんで……死ぬ俺じゃ……ない…ん…だけどな………ハァ…ハァ……ぅっ!」
「先輩!?しっかりしてください!こんなの嫌ですよ……トニー先輩!」
「けど……お前…が……無…事で……良かっ…た……」
「そん…な……先輩!!」
必死に叫ぶジェイクだったが、それも虚しさをいっそう響かせるだけだった。
「ご…めん…な……」
「嫌だ……ぁ…ぅぁ……ぁああ……!」
「死ぬ…なよ……ジェイク……」
「ぅぁぁああ――――――!!」
それだけを残し、トニーは眠るようにジェイクの腕の中で死んでいく。言葉では言い切れないほどの感情をジェイクは持て余し、誰に向かってかも分からないで叫ぶだけだった。
これが人と人が戦うこと。戦いの中で、誰が死んでもおかしくはない。戦争という愚かな行為を、ジェイクは初めて感じていた。
けれど一番愚かなものは、それでも争いを止めない人なのかもしれない。
「防護の壁よ!」
ロウエンは目の前に土の壁を作り出し、ドランの攻撃を防いでいた。
ドランの剣は軽やかな動きで、素早さと共に相手を翻弄させる。その素早い攻撃は、ロウエンになかなか詠唱をさせようとはしてくれなかった。だからこそ目の前に壁を作り出し、その間に魔術を放とうとする。
「恵みをもたらす大地よ。其の力を以って、我が前に立ち塞がる敵を撃て!」
ドランの背後から放たれる先が尖った幾つもの土塊。それは逃がさないようにドランを攻撃していく。
「くっ!」
目の前の壁を壊そうとしていたドランであったが、ロウエンが魔術を放つとすぐさま方向を変えてそちらに対応する。しかしそれをロウエンは逃さず、振り向くと共に背後からまた別の魔術を放った。
「強固なる大地の槍、今こそ我が前に現れ、彼の者を貫け!」
大地で出来た太く大きな槍が浮かび、それが一直線にドランの背後を狙う。命中すればひとたまりもない攻撃にドランもすぐに察知し、目前の土塊を無視してまで横に飛び退いた。その槍を逃れることは出来たが、しかし残りの土塊がドランを襲う。
「……小癪な!」
ドランはその魔術を受けながらも、すぐに動き出しロウエンへと向かった。すでに先ほどあった壁はなくなり、ロウエンはドランに無防備の身体を晒す。逃げる隙を与えようとせず、一気にその命を奪おうと攻撃した。
「……ッ!?」
素早い動きに瞠目しながらも、ロウエンもまた危機を察知して本能的に飛び退ける。
「逃がしません!」
ドランもまた執拗に追撃し、ロウエンを逃がそうとはしない。迫る攻撃にロウエンはすぐに体勢を立て直し、先ほどと同じように目の前に壁を作り出した。しかし一度はドランの攻撃を弾くものの、詠唱を破棄して展開したためかその壁はすぐに崩れ去る。
「くそっ!」
「そう何度も防げるなどと思ってもらっては困りますね」
「……ふんっ。あんたなんかの攻撃はいくらだって防げるさ」
「減らず口を……すぐに口も利けなくして差し上げましょう!」
ドランは自分を侮辱されることを何よりも嫌う。ロウエンの言葉に顔を真っ赤にして怒りだし、殺気が以前よりもかなり増した。
すると突然走り出し、一瞬ともいえる速さでロウエンの目前に辿り着く。そのまま剣を下からロウエンの身体を目指して振り上げた。余りに素早い動きであったために、ロウエンも防御の行動を取るのが遅れてしまう。
「……ぐっ!」
かろうじて直撃を避けたものの、その身体に決して小さいとはいえない傷を負った。膝をつけてその傷を確認しようとするが、それよりも早くドランは二撃目を繰り出す。それを視界に入れていたロウエンは、今度こそ避けるべく素早くかわした。そのまま強固な防御魔術を周囲に展開させる。
「果てなく続く地の唸り。護りし時、今となりて呼び覚ませ!」
ロウエンの周囲に強固なる大地の分厚い壁が現れ、それは全ての攻撃からロウエンを護った。本来はもっと厚く耐久性もあるものだが、詠唱省略をしたためにその防御力は少し薄れている。しかしそれはロウエンに休息の時を与えるには十分なもので、今のうちに簡単に傷の止血をした。
ドランはロウエンを囲む強固な壁を壊そうと闇雲に攻撃し続けるが、一向にそれは壊れる気配は現れなかった。
「また厄介な壁を……ならば……」
するとドランは剣を鞘に戻し、無防備な姿になる。そのまま精神を高めだし、小さな声でだが確実に何かを呟く。
「……我が支配せし地の精霊たちよ。汝、我の願いを叶えよ。愚かなる者に力貸すその同胞を、消さんとすることを!」
「魔術だと!?しかもこれは……!」
その詠唱が聞こえていたロウエンは信じられずに驚きの声を上げる。ドランが詠唱を完了すると、ロウエンを護っていた強固な壁が突如前触れもなく崩れ去った。一瞬で壁がなくなり無防備となったロウエンは、驚きと共にドランと対峙する。
「貴様……魔術師だったのか……」
「誰もそうでないとは言っていませんが?」
挑発するようにドランはロウエンを見据える。
「しかも今のは魔術を無効化する上級魔術……どうやらこっちのが本職のようだな」
「……ご名答。私もまた地の魔術を得意とする者。愚かな貴方に、その実力を思い知らせてあげましょう」
ドランは眼光を鋭くし、一気にその身に膨大な魔力を纏いだした。ロウエンは思ってもいなかった状況になり、少しだけ焦りを覚える。しかしここで退くわけにもいかず、自分もまたその身へと魔力を集い始めた。
道を塞ぐ帝国兵たちを倒していきながら、ヘイスとアイラは真っ直ぐにブライアンを目指していた。一緒にドランを抜けた兵たちはいずれもフューリア軍で活躍した精鋭たちばかり。奇襲によって混乱している帝国軍相手に、数の差を感じさせないほどに奮闘していた。
「兄さん、あそこ!」
「あれは……!」
その中で、アイラがいち早くその存在に気づいた。帝国軍の中でも一際異質を放ち、巨体な身体を持つ男。その手には大きな斧が持たれている。
「ブライアン……」
「アイラ、準備はいいな?」
「えぇ。大丈夫よ」
互いに視線を交わし、頷きあう二人。ついにブライアンへと近づくことが出来た。周囲の敵を味方の兵たちに任せ、二人は馬を速く走らせる。
ブライアンもまた、次第に近づく馬に気づき振り返った。自分を目掛けて走る、この戦場で目立つ金色の髪。それを見たとき、ブライアンは思わず笑みを浮かべていた。
「ブライアン!お前の首をもらう!」
ヘイスは剣を抜いてブライアンの首を狙うが、ブライアンはその攻撃を斧で受け止める。剣と斧が弾き合い、ヘイスはそのままブライアンの後ろに回り馬を止めた。正面にはアイラが攻撃の隙を窺っている。二人に挟み撃ちされながら、ブライアンは余裕の笑みを浮かべた。
「……ハハハハハッ!お前ら、フューリアの王族か!俺様を殺しに来たか……それとも親の敵討ちか?勝てないと知りながら、最後まで俺様に楯突く馬鹿たちだったな」
「……!!」
「アイラ」
「……分かってるわ」
父と母を侮辱され怒りに震えるアイラであったが、それを何とか押し止めた。二人はブライアンを見据え、覚悟を決めて宣言する。
「フューリア王国第三王子、ヘイス=レリック=フューリア」
「同じく第一王女、アイラ=レリック=フューリア」
「父上と母上の仇」
「臣下と民の仇」
「今ここで、お前を討つ!!」
二人が言葉を重ね合わせ、剣をブライアンへと向ける。
「……やれるもんならやってみな!返り討ちにして、親の元に送ってやるよ!」
それを受けたブライアンは怒りを露にして戦闘態勢へと入る。一振りで多くの兵を薙ぎ倒すほどの大きな斧を手に持ち、二人に挟まれながらも気迫を大きくさせた。
腐っても大将軍の肩書きを持つ男。油断ならないことは承知であった。けれど覚悟を持ち、決意を秘め、ヘイスとアイラはブライアンに向かって走り出していく。




