邂逅
男はテーブルの横に掛けていた剣を手にして立ち上がる。同じようにもう一人の男も剣を手にして立ち上がった。
「行くのですか……?」
そんな二人に宿の女将が声を掛ける。
「あぁ。世話になったな」
「いえ!こちらこそ貴方に畑仕事など押し付けてしまい……」
「俺がやるって言ったんだ。気にするな」
女将は申し訳なさそうに男に頭を下げた。
「……争いが近くで起きてるのでしょう?……よろしいのですか?」
「女将……」
「……最初は信じられるはずもありませんでした。何か理由があるのでしょうが、私たちはそれを聞きません。しかしここで貴方が戦争に関わることは……」
「済まない、気を使わせて」
今度は男が珍しく誠意な言葉を使って女将へと頭を下げる。それを受けた女将は慌てふためき、男の頭を上げさせようとする。
「そんな!頭をお上げください!」
「……心配してくれてありがとな。たった数日だが世話になった」
「……もったいないお言葉です」
再度女将は男へと深く頭を下げた。その行動に男は苦笑しながら女将に背を向けて歩き出す。
「もういいのか?」
相棒の男は宿の扉で静かに待っていた。
「あぁ。……そうだ、女将!」
「は、はい!」
入り口までやってきた男だが、何かを思い出したように女将を呼ぶ。
「外の馬を二頭売ってくれないか?」
「か、構いません!御代は結構ですから、好きな馬をお持ちください」
「ただ飯食らってたからって貧乏ってわけじゃないんでな。ちゃんと金は払ってく」
冗談を交えて男は女将にそう返し、今度こそ宿を後にしていく。
「また会ったらよろしくな」
「……お気をつけください!」
女将も男を最後まで見送っていた。
二人の男は外に繋がれている馬から良さそうなのをそれぞれ選んだ。それに見合うお金も近くにいた初老の男に払う。その男は初めは頑なに拒んでいたが、無理矢理に持たせることで納得させた。
なかなか上等な馬を買った二人は村を出てからそれに乗る。
「すでに近いな」
「あぁ。大方ここの食べ物に惹かれてきたんだろ」
「……結構多そうだが大丈夫か?」
「誰に言ってやがる。俺をなめんなっての!お前こそ大丈夫か」
「それこそ愚問だな」
肩をすくめるように笑い、二人は顔を見合わせた。互いに信頼し、背中を預けられる者。二人揃えば、三人揃えば、もはや敵などなかった。
「んじゃ、行くか!」
剣と剣がぶつかり合う音。その戦場に相応しいといえる音が辺りから聞こえてくる。
「怯むな!数で負けても力は我々のが上だ!」
押されている自軍を叱咤し、セインは自ら帝国兵を斬っていく。目前には二千の帝国軍。かなりの人数であるが、一人一人の力はこちらの方が強い。そのことにセインは確たる自信も持っていた。
一人ずつ確実に敵を斬る。リーダーであるが故に前に出過ぎるわけにはいかないが、セインがそこにいるというだけで周りの兵たちは士気が上がる。
「岩石の礫よ、降り注げ!」
そしてセインの傍らには常にサーネルがいた。戦闘中は滅多に離れることもない。護衛としてセインのすぐ近くにおり、いざいという時は自らの身を以ってしてセインを助け出す。その覚悟はいつだって揺らぐことはなかった。
セインもそのことを分かっているからこそ、尚のことそのようにならないために戦っている。セインを失うことはもちろんだが、サーネルを失うことも反乱軍にはあってはならないことなのだ。
セインが剣で敵を屠り、サーネルが魔術で敵から守る。もはやそれは二人の間で暗黙の了解となりつつあった。
「……よし!」
手応えは確かにあった。最初は押されがちであったが、すぐにそれを押し返している。六百の数の差も何とか埋まりそうな気もした。これで敵の後方に別働隊が現れれば間違いなく勝てるだろう。その自信が顔に溢れていたのか、戦場を悟る二人はセインに忠告する。
「油断してはなりません、セイン様」
「ザイン。それにザガートも……」
いつの間にか近くにやってきた二人だったが、セインはそれに全く気がついていなかった。それほどまでに敵に集中していたのか、それとも二人の気配の無さがすごいのか。
「ザインの言う通りです。戦場は何があってもおかしくはありません。例え絶対に勝てそうな戦いでも、容易に引っくり返ることなど珍しいことではないのです」
「それくらい分かっている」
「……恐らくすぐにでも現れるでしょう。ザガート」
「あぁ」
ザインがザガートを見ると、ザガートも理解して頷いた。
「私は右翼へ行こう」
「ならば私は左翼だな」
「……健闘を祈る」
「互いに」
「何の話だ?」
セインが一人わけの分からない顔をする中、ザインとザガートはすぐに左右へ進み始める。一人残されるセインであるが、その答えはその数分後に分かった。
突然反乱軍の左右からざわめきが伝わってきた。何が起こったかを確認しようとするセインだが、そこにすぐに伝令が現れる。
「魔獣の大群です!我が軍の左翼と右翼から、共におよそ千ほどの数!」
「千だと!?」
左右合わせれば二千だ。いくら魔獣一体の強さが弱かろうと、数が多くてはきついものがある。
「現在ザイン殿とザガート殿の部隊が懸命に堪えています!つきましては両者からの伝言として、セイン様は正面の帝国軍に集中してくださいとのことです!」
「……分かった」
二人はこれを予想していたのだろう。よく考えれば魔獣が現れることなど想像もできそうだったが、戦いに集中していたためにそこまでにセインは頭が回らなかった。そのあたりはさすが年の功とでも言うべきか。
魔獣を抑えていてくれるならば、セインも二人を信頼しよう。自分の部隊には帝国軍との戦いに集中するよう伝えた。
「もう少しだ……。もう少しでヘイスたちもやってくるはず……」
それまで反乱軍は耐えぬかねばならない。それぞれが必死の思いで戦っていた。
圧倒的な強さだった。
魔獣の大群。<ベルド>と<ピス>が入り混じり、その数は五百ほどだろうか。けれど生きている魔獣はすでに百を下回っていた。
「おらぁっ!!」
豪快に大剣を振り回す男。
「はぁっ!」
軽やかに長剣を振り回す男。
背中を合わせ、魔獣の大群をたった二人で相手していた。けれど二人からは凄まじい闘志が湧き上がっている。地面に倒れ伏す多くの魔獣の死体。数時間経てばそれも全て消えてしまうのだろうが、この光景はすごいだろう。
二人の放つ威圧的な空気に、魔獣でさえも恐ろしく感じてなかなか動き出せない。そんな魔獣の中に、二人は自ら飛び込んでいった。
「……ッ!」
凄まじく、けれど涼しげな気合を込め、長剣を魔獣へと振る。鋭く、軽やかで、そして綺麗な剣筋。一振りすると、自身の持つ綺麗な翡翠色の髪も靡かれる。動きは素早いながらも、その一撃は決して軽くはない。常人を遥かに凌駕するその攻撃は、飛翔するように美しかった。
「ったく……そろそろ終わりにしてくれよ!」
対するように大剣を豪快に振る。それはかなりの威力で、重く、鋭い一撃。照りつける太陽が、その黄金の髪を照らす。見かけによらず、それはとても煌びやかものだ。剣を振り回せば、それだけで魔獣のほとんどが蹴散らされる。その雄々しき攻撃は、見る者を魅了させた。
「……これくらいか」
「はぁ。久しぶりに疲れる戦いだ」
五百といた魔獣。その大群が、たった二人の男によって全滅していた。
周囲を見回し、魔獣が全て倒れていることを確認する。その後とりあえず一息つこうと、近くへと腰を下ろした。長剣を手に持つ男の方は座り込まずに、木へと寄りかかる。
「それでどうする?」
「どうするったって……」
「分かってるだろ。ここに何かが近づいてきてる。恐らくは……反乱軍だろうな」
地響きを耳にし、それが馬の群れによるものだと分かった。
「誰だっていいさ。悪いけど、疲れて動きたくねぇんだよ」
「ふっ。お前ももう年か」
「ぁん?ふざけたこと言ってんなよ」
男を睨もうとするが、それも軽くかわされ意味がなかった。しかし本当は二人とも疲れてはいるのだ。五百という魔獣の大群。これほどの数を二人で相手にしたのも久しぶりだった。数年前なら何とかなったかもしれないが、最近は戦いから離れていたために少しだけ苦しいものがあるのだ。言葉には出さないが、もう一人の方もできることなら休みたいのだろう。
それでも木へ寄りかかっている男は、座り込んだ男にもう一度尋ねた。
「……本当にいいのか?」
「いいって言ってるだろ。今さら誰と会おうが、俺は俺の道を貫くと決めた」
「……そうだな」
その言葉に頷く。もはや二人に後悔など微塵もなかった。
やがて遠くから聞こえた騎兵が駆けてくる音がだんだんと大きくなってくる。しかしそれを耳にしても、二人はその場を動きはしなかった。
それはすでに決断をしていたからこそ。
「来たな」
先頭に四人。少しの間があり、その後ろに反乱軍の騎兵たちが大勢いた。恐らくは前を走る四人が指揮官なのだろう。やがて反乱軍の面々は二人を前にして馬を止まらせる。
そして二人の男を見た四人は、驚愕の表情を浮かべながら呆然と呟くように口を開いた。
「まさか……!」
ジェイスは驚愕に顔を歪ませ。
「……ジャック……?」
リナは呆然と。
「ば、馬鹿な……ありえるはずがない……!」
ロッドは言葉を震えさせ。
「嘘……ヴィズ…様……?」
マーブルは困惑と共に。
自分の名を呼ばれた二人は、冷静な目で四人を見返していた。




