合流
「聞いたか?ブライアン軍がこっちへ向かってるそうだ」
「ぁ?お前、飯時にそんな話持ち出すなって。ホント固い男だな」
「お前が不真面目なんだろうが」
ヴェルダ帝国との国境に近い、フューリア王国にある一つの農村。そこに二人の旅人はここ数日滞在していた。一日中畑を耕す変わりに、無料で飯と宿を与えてくれる。若い者が少ないこの村の人々にとって、二人の仕事ぶりはかなりのものだった。
「……全くお前というやつは」
「はいはい、分かりましたよ。で、ブライアン軍がどうしたって?」
投げやりの態度を見せる相棒の男に、もう一人の男はため息を吐く。
「……戦いが起こる」
「ふーん。結構早い方だったな」
「あぁ。恐らく戦場はサルサ大平原だろう」
「……近いな」
この村とサルサ大平原はかなり近い。なのでこの村の人々は、サルサ大平原に住む動物たちを食料としたりしていた。歩いて数分で辿り着くであろう場所が戦場となると、この村にも何らかの被害が及ぶ可能性が高い。
「この村は食物が豊富だ。もし何かあれば……」
「そうだな。そん時は俺たちが出るしかないだろ」
「……戦いたいならお前一人でも行っていいぞ」
「おいおい。俺はそこまで白状な男じゃないぜ。恩もあるし守るさ」
喋りながらも目の前にある肉を口に含む男に、もう一人の男は呆れた眼で再度聞こえるようにため息を吐いていた。
「合流地点はこの辺りだな?」
「はい。ここから少し西に進んだあたりに待機しているとのことです」
「そうか。ならばそこまで一気に急ぐぞ」
「はっ!」
ヘイスの号令のもとに、再び騎兵たちは走り出す。
ダーナ城を出発してすぐに本隊とは離れ、別働隊はここまで駆けてきた。この近くで援軍と合流し、ブライアン軍の後方へ回るのは一日程はかかる。それまでに戦いが始まっているかは分からなかった。適度に馬を休ませながらも、迅速に行動しなければならないのだ。
「兄さん、あそこ!」
馬に乗って走りながらも、アイラが前方に援軍を見つけ大声を出す。ヘイスもそれを確認し、少しずつ速度を落としながら目前にいる反乱軍の前で止まった。後続に続く騎兵たちもそれに習い、ヘイスとアイラの後ろに並ぶように止まっていく。
馬から降りてヘイスたちを先頭で出迎えたのは二人の男女だった。見覚えのある二人を見て、ヘイスとアイラも馬から降りる。
「お久しぶりです。ヘイス様、アイラ様」
「あぁ。ジェイスとリナだな?」
「はい」
中性的で端整な顔立ちをする男に、可愛らしい笑顔を持つ女性。どちらも綺麗な緑の髪を持ち、中立国家ジュールの生まれを伺わせた。しかしどこかの貴族や良家の生まれというわけでなく、普通の家庭に生まれた者だ。それでもどちらも反乱軍では幹部として活躍していた。
「すでに作戦は聞いているのか?」
「はい。ブライアン軍の後方に回り奇襲をかけるのですね。我々はすぐにでも発てます」
「心強いな。ならばこのまま出発する。何とかして戦いが始まる前に後方の位置を確保したいが……」
「分かりました。我らも十分鍛えてあります。飛ばしてもらってかまいません」
「もちろんそのつもりだ。お前たちは後ろからついてきてくれ。……行くぞ!」
軽い挨拶だけを済ませ、ヘイスはすぐにでも発とうとする。再び馬に乗り込み走らせた。ヘイスとアイラを先頭に、騎兵六百がサルサ大平原まで駆け抜けていく。
「いよいよです。セイン様、緊張のほどは大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
反乱軍は残りの千四百をサルサ大平原に布陣していた。すでに何時間も経ち、だいぶ向こうに同じく布陣しているブライアン軍と無言の睨み合いが続く。両者とも戦いを仕掛ける時期を見計らっていた。
「ヘイスたちはすでに合流しているだろうか」
「はい。問題もなければ今ごろはブライアン軍の後方へ回りこむあたりかと思います」
「そうか……」
「すでに両軍とも緊迫した空気が流れています。恐らくは一時間も経たないうちに向こうは仕掛けてくるでしょう」
サーネルは冷静に分析しセインへと告げた。セインもそれに頷き、心を落ち着かせていく。
「別働隊が来るまで後数時間はかかると思います。それまで何とか本隊で持ちこたえなければなりません」
「分かっている。……全軍に伝えろ。戦闘準備を!」
だんだんと戦いが大きくなるにつれ、本当はセインは緊張していた。けれどそれを表に出そうとせず、セインは一人心を押し殺す。
(父上、母上……今日こそ仇を……)
「ブライアン様、全ての準備整いました。魔獣も滞りなく配置済みです」
長身の男がブライアンへと報告する。その言葉にブライアンは深い笑みを浮かべた。
「あぁ。だが後方の魔獣は必要あったのか?いくら村を襲わせて食料を奪うっても、どうせすぐに戦いは終わる。その後で兵に行かせればいいじゃねぇか」
「確かにそうかもしれません。しかし戦いの最中に襲わせることに意味があるのです。反乱軍は数も少なく、近隣の村が襲われたと知っても助けを出すことなどできないでしょう。戦いが終わった後奴らの残党が再び立ち上がっても、村を助けなかった奴らを民たちは果たして祝福するのでしょうか」
「ふんっ、まぁいい。お前の言うことは間違ったことはないからな。そこら辺はお前に任せるさ、ドラン」
「お褒めに預かり光栄です」
ドランはブライアン軍の三人の将官中、今では残りの一人だった。他の二人とは異質で、ブライアン軍の中でも一番に頭が回る人物でもある。だからこそブライアンもドランを一番に重宝し、ヴィラーナ城へと一緒に連れていたのだ。
「……それでは始めますか?」
「あぁ。勝手に始めろ。どうせ奴らはすぐに死んでいく。俺様はここでのんびりしているさ。……ハハハハッ!この魔獣を意のままにするダークリアがある限り、俺様は無敵だ!!」
黒い玉を手に恍惚するブライアンを眼にしながら、ドランは静かに一礼した。
「……分かりました。ではそのように号令を」
数分後、けたたましい騒音と人の雄叫びがサルサ大平原に木霊した。
「馬鹿な!奇襲がばれたというのか!?」
ヘイスに驚愕と困惑と焦りが訪れる。目の前には魔獣の死体が多く転がっていた。今しがたヘイスたちが倒した魔獣だ。その数から見て明らかに帝国軍の飼いならす魔獣だと分かる。
「どうやらこれだけじゃないみたい……。微かに魔獣の足音が聞こえてくるわ!」
アイラもヘイスと同じように焦りを見せていた。急に魔獣の大群が現れてはそれも無理もないことだろう。耳を澄ますと、かなりのものと思われる魔獣の足音が聞こえてきた。恐らく目の前にいる魔獣たちよりも数は多いだろう。
「あの方角は確か……レツァ村の方です!」
「レツァ村?確か食物が盛んな村か……」
「ヘイス様……!」
「分かってる!大方食べ物の匂いに釣られてるんだろ!くそっ!こんな時に……!」
戦いがいつ始まるかも分からない今、ここで足止めを食らってる余裕などなかった。考えあぐねるヘイスだが、そこにロウエンが進み出る。
「兵を分けるしかないでしょう」
「ロウエン……」
「だけどただでさえ敵陣に奇襲をかけるには少ないのよ。これ以上兵を割いたら……」
「だが、それしかない。……本隊から率いた精鋭二百と援軍二百。合わせて四百を本来の目的地へ!残りの二百はすぐにでもレツァ村へ向かわせます!」
「……二百で足りるのか?」
「これが限度です。何とかするしかありません」
足音からして二百以上の魔獣がいるのだと分かっている。しかしこれ以上の人数を割くわけにはいかなかった。的確な指示を出すロウエンに、ヘイスとアイラも即座に頷く。
「……分かった」
「ヘイス様とアイラ様は予定通りブライアン軍の後方へ。私もついていきます」
「ならば二百は指揮するのは私たちにお任せください」
進み出たのはジェイスとリナだ。もともとジュール戦線からの援軍であるだけにその方がいいのだろう。ロウエンも異論なく頷いた。
「ロッド殿とマーブル殿は……」
「俺たちも魔獣の方へ向かう。すぐに殲滅し、そちらへ追いつく。その方が心配もなくなるだろ」
「分かりました。それではすぐにでも参ります」
ロウエンの言葉にヘイスとアイラは急いで駆け出した。後ろから他の騎兵たちも続いていく。
「騎兵第一部隊と第二部隊はサルサ大平原へ!第三と第四はレツァ村へ向かう!」
ジェイスも四百のうち二百ずつ分け、ヘイスたちとは違う方向へ馬を走らせた。すでにロッドとマーブルが先に走り、その後ろをジェイスとリナが走る。騎兵たちも遅れを取らずに、懸命に走り続けた。




