救われた心
「悪かったな。急にお前の名前まで出して」
「いいえ。驚きはしましたけど、異論はありません」
満天に輝く星空。その綺麗な夜空が窓から差し込む中、ロッドとマーブルは神妙な面持ちでいた。
「……お前も感じているか?」
「はい……」
突然別働隊へ志願した二人。それには不確かな理由があった。
「……戦いがあると知った時から、心がざわついています。何かを失うような……大切な何かが心から抜け落ちそうな……そんな感覚」
「あぁ……」
「この胸騒ぎ……まるで……」
何かを言いたそうに、けれどその言葉を恐れるようにマーブルは口を閉じてしまう。その様子を痛ましい思いで見つめ、ロッドはマーブルの言わんとする言葉を口にした。
「……八年前と同じだ」
「……」
「あの時、ヴィズが初陣を飾ると知った時にもこの胸騒ぎを感じた」
「……はい。それは出陣する日が来るにつれてどんどん早くなり……」
「結局、あいつは戻って来なかった……」
当時、まだ16という若さ。二人がヴィズの死を受け入れるにはまだ幼すぎた。必ず戻ってくると、そう笑っていたのに。
「俺も一緒についていけばよかったと、今でも悔やんでる。そうすればあいつを助けることが出来たかもしれないのに……!」
「兄上……」
遠征軍に志願したロッドであったが、それをヴィズは認めなかった。無理にでもついていけばよかったのだ。ヴィズの死を聞いてから、何度もそう思ってきた。
「マーブル」
「はい」
「今度の戦い、決して俺から離れるな」
「兄上……」
「このざわつく心……もしお前までいなくなったら、俺は耐えられない……!」
「それは私も同じです!兄上がいてくれたから、ヴィズ様のことがあっても立ち直れた。もう誰も失いたくなんてありません……」
ヴィズを失ったのは大きかった。深い悲しみに陥った二人を助けたのは互いの存在だったのだ。兄妹の絆は深く結びついている。今その存在を失ったらどちらも耐えられそうになかった。
最近の専用の場所。夜空が綺麗に見えるその屋上で、アレンとセレーヌは二人で酒を交わしていた。いつものように城壁にセレーヌは座り、その横にアレンも並んで座っている。
身体を外へ向け、酒瓶を片手に、視線は空へ。
「また飲みすぎるなよ。前みたいに二日酔いになっても知らないからな」
「大丈夫よ。あんなヘマ二度としないわ」
その言葉を何度聞いただろうか。ため息を吐きながら、アレンはそっと空になった酒瓶を見る。すでに何本も空いているようで、明らかにかなり前の時間から飲んでいることが分かった。
屋上へふらりとやって来たのが運の尽きなのだろう。セレーヌに掴まり、無理矢理付き合わされていた。
「……大丈夫か?」
「……?何がよ」
突然のアレンの言葉にセレーヌは軽く首を捻る。
「決まってんだろ。あの子供たちだよ」
セレーヌはそれを聞いて翳りを落とす。そしてグランツ城で出会ったカルルを思い出した。異常ともいえる力を持った少年。まだ幼いのに、殺すことを快楽として求めていた。そう仕向けたであろうものに怒りを隠せない。
「……救ってあげたかった」
「そうだな……」
「けど、何も出来なかった。知っていたのに、分かっていたのに、それなのに何も……!」
セレーヌは叫びそうになる心を落ち着かせ、後悔と共にアレンに向かう。今ここでアレンに泣きつくのは簡単だ。けれどそうせずにセレーヌは堪えていた。
そんなセレーヌを見て、アレンは気休めと分かっていながら口に出さずにはいられなかった。
「お前は悪くない」
「悪いわ」
「悪くないって」
「悪いの!私は自分の手であの子を殺した!あんな子供たちが死んでいくというのに、それなのに私は今ここで生きてる!」
「それのどこが悪いんだ。セレーヌと彼らは違う。お前が気に病む必要なんてないんだ」
気持ちが昂ぶるセレーヌをアレンは静かに落ち着かせる。
「同じよ!私もあの子たちも……アレンだって分かってるじゃない」
「セレーヌ……」
「……彼らの存在を知っても、私は何もしてあげられない。彼らに出会っても、私はその抱えているものを取り除いてあげられない。……すごい悔しいわ」
「……あそこで殺さずに連れて帰ることは簡単だった。だけど俺もお前もそんなことはしなかった」
「そうね……。出来ることならそうしたかった……」
「分かっていたからさ。そうやって無理に争いの世界から遠ざけても、あいつらが壊れることを……」
どうにも出来ないもどかしさ。それに苛まれるセレーヌに、アレンは優しくその手を重ねた。その優しさがセレーヌを救ってくれる。そんな人に出会えることを、彼らにも教えてあげたかった。
「……きっとこれからも出会うのよね。その時になったら私は同じことを繰り返す」
それは確信に満ちた言葉。その気持ちと行動は矛盾するけれど、セレーヌにはそうするしかなかった。
「苦しいならやらなくてもいい」
「……馬鹿言わないでよ。私だからやるんじゃない」
その想いにどれほどの気持ちがこめられているのだろうか。例えそれが辛いことでも成し遂げる。セレーヌはその想いを曲げる気など微塵もなかった。
「……ありがとね、アレン」
「……」
「私はアレンに出会えた。アレンがいてくれたから今ここに私がいる」
「大げさだな」
アレンの照れ隠しの言葉もセレーヌにはバレバレだ。少しだけ笑ってしまう。
「だから、ありがとう。アレンを信じてるから……だから……」
「……分かってる。俺はお前のもとを離れない。何が起こってもお前を助けてやるさ」
「うん……ありがとう、アレン。私もアレンから離れたくない……。アレンを助けたい」
「あぁ……」
誰かが今のセレーヌを見たら、その普段とは違う姿に驚くだろう。それほどまでに、こんな素直なセレーヌは珍しかった。
そのまま少しの時間が経ち、落ち着いたのかセレーヌはいつもの姿に戻っていく。その頃を見計らい、アレンは冗談っぽく口を開く。
「それにしてもあいつはいいのかよ。お前がここにいるのは、あいつの存在もあると思うけどな」
「……あんな奴はどうだっていいのよ!今どこで何してるのか知らないけど、どうせ呑気に寝てるのよ。こっちは戦いの中に身を置いてるってのにさ」
「けど少しは心配してんじゃねぇの?」
「するわけないでしょ!何で私があんな男……」
そこまで口にすると、セレーヌはふと誰かの気配が近づいてくるのを感じた。話すのを止め、階段の方に視線を向ける。するとそこからは、よく知る人物が二人いた。
「アイラじゃない」
「俺を無視すんなよ!」
アイラとヘイスだ。アレンも視線だけを二人に向ける。
「……お邪魔だったかしら?」
「別に大丈夫よ」
セレーヌが手招きすると、アイラとヘイスは二人のもとに近づいてきた。二人が城壁に座っているのを見て、アイラたちもそこへ上がろうとする。その行動を、アレンは一応注意しておいた。
「危ないって。落ちたら死ぬぞ」
「別に大丈夫よ」
「……お転婆な姫さんだな」
「そういう言い方はやめて」
アイラはアレンの隣へとやってきて座り込む。対してヘイスはセレーヌの隣へと座った。
「お前、あれからずっと酒飲んでたのか?」
ヘイスは周りに散らばる空いた酒瓶を眼にし、驚きながら尋ねる。セレーヌはその言葉に軽く頷くだけだった。
「そうよ」
「……前みたいに二日酔いになるなよな」
「何よそれ。アレンと同じこと言わないでちょうだい」
セレーヌの素っ気ない態度に少しだけ苛立つ。
「アレンもお酒飲んでるの?」
「……少しね。付き合えってうるさいんだよ」
「人のせいにしないでよ!」
「事実だろ」
口論を始めようとする二人だが、その雰囲気はかなり親しそうだった。思わずアイラは口にしてしまう。
「ホントに二人って仲良いわね」
「……そうか?」
「……別にそこまで仲良くないわ!」
途端に二人は口を閉じるが、セレーヌは先ほどのこともあり、恥ずかしさから強く否定する。それでは逆に何かあると勘繰られてもおかしくないほどだ。
「何顔赤くなってんだよ。まさか本当に何かあるのか?」
「はぁ!?何言ってんのよ、あんた!変なこと言わないでよね!」
ヘイスも実は二人の関係が少しだけ気になっていた。そもそも年頃の男女二人が旅していては疑われるのも無理はない。
「そうムキになんなよな!……つぅか、お前目赤くないか?……まさか泣いてた?」
「な、泣いてないわよ!さっきからあんた頭おかしいんじゃないの!?」
「んだよそれ……図星かよ。何してたんだか……」
「違うって言ってるでしょ!勝手に変なこと想像しないでよね!!」
「ちょっと!止めてよ二人とも!」
喧嘩しそうになる二人をアイラがすかさず止めた。本当はアイラも気になるのだけれど、それを聞く勇気はなかった。
「こいつが悪いのよ!」
「俺はただ聞いただけだろ!お前が勝手にムキになって熱くなってんじゃねぇか!」
「何ですって!?」
「もう……アレンも止めてよね」
止みそうにない二人に、アイラはアレンに救いを求める。しかしアレンは興味なさそうに、空を見ながら問題ともいえる発言をした。
「ほっとけよ。ただの痴話喧嘩だろ」
「なっ……!?」
その言葉で、一瞬その場に沈黙が訪れた。急な静けさに訝しげに思い、アレンは周りを見渡そうとする。すると意味合いは違えど、三人は同時にアレンの名を叫んでいた。
「アレン!!」
「……ん?」
ある意味アレンもかなりの鈍感であった。




