芽生えていく気持ち
「今、何と言いまして?」
「聞こえなかったの?余計なお世話だって言ったのよ」
「なっ!?本当に失礼な人!」
ダーナ城の一室の中で、二人の女性が何やら言い合いをしていた。周りにいる他の女性たちは、おろおろとそれを見守ることしか出来ない。
「失礼はそっちでしょ?いきなりそんなこと言ってきて」
「あら。わたくしは貴女に忠告して差し上げたのですよ。いくら魔術師が軽装の服を好むからって、そんな素肌が見えるようなはしたない服を……」
「だからそれが余計なお世話だって言ってるのよ」
この二人も最近では口喧嘩が多い。ほとんどがリラがセレーヌに難癖をつけているようで、どうやら今度はセレーヌの服装についてだった。
リラは露出の激しいセレーヌの服を注意したのだ。ただの注意ならそれでまだ良かったのだが、リラはそこにいちいち嫌味をつける。それがセレーヌにも毎度のことながら気にくわなかった。
「余計なお世話ですって?わたくしは善意をもって言ってるのですよ。それとも、わざとそんな服を着ているのかしら?そんな露出が激しかったら、さぞ殿方は貴女を欲望の目で見ることでしょうね。もしかして、そんなことでヘイス様の気を惹こうという魂胆なのかしら」
「何ですって?」
「あら、図星ですか?最も貴女みたいな下賎の輩がいくら頑張ったところで、ヘイス様のようなお方が靡くはずありませんけど」
「言わせておけば調子に乗って……!」
「な、何ですの、その眼は……」
我慢の限界に達しようとしたセレーヌは、射殺さんばかりの鋭い眼光をリラに向けた。リラはそれに怯みながらも、隠そうとして気丈に胸を張る。
確かに今日のセレーヌの服装はいつもより露出の激しいものであった。しかしそれでもリラが言うほどのものではない。ただの理由に過ぎないのだ。ヘイスから少なからず興味を注がれているセレーヌを、みんなの前でどうにか賎しめたかった。
周囲の女性もリラには逆らえないしセレーヌと友達でもなかったので、ほとんどが黙ってリラの味方をしていた。
今にもセレーヌはリラに向かって魔術を放ちそうだったが、何とかそれを抑ようと自分自身の中で戦っている。そんな時、騒ぎを聞きつけたのか二人に無関係ともいえないヘイスがやってくる。
「お前ら、何やってんだ!」
「ヘイス様!?」
部屋中の女性たちが突然のヘイスの乱入に驚く中、リラは急に態度を変えてヘイスの元へ歩み寄る。
「ヘイス様!わたくしにお会いに来られたのですか?そんなことなさらなくても、わたくしが参りましたのに……」
これほどの勘違いをするのは、かえって清々しいものだ。ヘイスは嫌そうな顔を隠そうともせず、リラを押しのける。
「この部屋で騒ぎがあるって聞いたから来たんだよ。部屋割り見たら予想通りだな……」
リラとセレーヌが同じ部屋ではこうなるだろう。その原因に自分が含まれているのだと少しは自覚しているから悩みの種だ。ヘイスはため息を吐きながら、セレーヌの顔をそっと窺った。実はあの時以来、ヘイスは意図的に避けていた。
「で、何があったんだ?」
とりあえず原因を突き止めようとヘイスはリラに聞く。
「わ、わたくしは悪くありませんわ……。ただあの方に忠告をして差し上げたのですよ」
「忠告?」
「そうですわ。あんなはしたない服はお止めなさいと申したのに、それをむげに扱うのです」
ヘイスはセレーヌの服装を見ると、それは確かに露出が高いともいえた。それを見たヘイスは複雑な気分になる。どちらかといえばそれはヘイスの好むようなものだった。しかしセレーヌがそれを着ていることに、あまりいいとは思えないでいる。そんなことを頭の片隅で考えると、セレーヌは興味を失くしたように部屋を去ろうとする。どうせこのままいても居心地が悪くなると分かっていた。
「有り難い忠告が終わったなら、私は部屋を出てもいいかしら」
「まぁ……!」
その言葉に皮肉が込められているとリラも分かり、顔を真っ赤にさせてセレーヌに反論しようとする。しかしヘイスがいることを思い出し、それを懸命に押し止めた。その間にセレーヌはとっとと歩き出し、ヘイスの横を通り過ぎようとする。
「待てよ、話は終わってないぜ」
一応二人の喧嘩を止めにきたヘイスは、セレーヌにも話を聞く義務がある。出て行こうとするセレーヌを慌てて腕を掴んで止めた。その行動にセレーヌとリラは、違う相手に向かって怒りの感情を向ける。
「何すんのよ」
セレーヌはヘイスを睨みつける。
「だから話は終わってないって言ってるだろ。勝手に出て行こうとするなよ」
「終わってるわ。全部その貴族様が仰った通りよ。分かったなら放してくれない?」
聞きながらも、セレーヌは無理矢理にヘイスの手を振り払った。その後は振り返らずに、部屋を出て歩き出す。
「セレーヌ!」
ヘイスの声も虚しく、セレーヌは歩みを止めることはない。その後ろではリラがセレーヌを殺さんとばかりに、激しい眼で睨みつけていた。
セレーヌは一人屋上にいた。陽も落ちかけ、遠くには夕陽が見える。
以前に見つけた場所であるが、ここへ来る人物は少なかった。外が見渡せることから見張りに使うのかとも思ったが、どうやら見張りは専用の場所があるようでここにはいない。それをいいことに、セレーヌは毎日のようにここへ一人でやってきた。たまにアレンやアイラが来たりとしていたが、ここにいる時はどちらかというと一人のほうが多かった。
セレーヌは城壁の上に座り、右手には愛用の酒瓶を持っていた。一歩間違えれば地面へと転落し死んでしまうほどの高さだろう。常人ではそんなとこに座ろうとはしない。まして酒を飲んで酔っているのならなおさらだ。しかしセレーヌは常人でもなければ、酒は飲んでも酔ってはいない。そこを特等席として、いつも座っていた。
「……ぷはぁ!やっぱ酒飲むとスッキリするわね!」
夕陽を見ながら豪快に酒を飲むセレーヌは、さっきの嫌な事も忘れご機嫌だ。いい加減リラのことも頭にきているが、いろいろとありセレーヌも我慢していた。仮にもフューリア王国の貴族でもあるので、その地位も高い。ここで喧嘩を吹っかけては、アレンに迷惑をかけてしまうのだ。
「こんなとこにいたのか」
突然セレーヌに掛かる声。先ほど聞いたばかりの声に、セレーヌはありありと嫌な顔を浮かべる。
「……何であんたがここに来るのよ」
ヘイスは睨まれながらも、少しずつセレーヌに近づいていく。以前にもここで見かけたこともあり、もしやと思って来たら正解だった。
探していた時にはグランツ城のことがあってか少し緊張していたが、その姿を見ると何だかそれも失せてしまっている。城壁に座るその姿は、あまり女らしいとはいえなかった。極めつけはやっぱり手に持つ酒だろう。
「悪いか?」
「悪いに決まってるでしょ。私は一人で酒を飲みたいのよ。とっととあの女のとこに行けばいいじゃない」
「何だお前。リラに妬いてるのか?」
「はぁ!?馬鹿いってんじゃないわよ!」
冗談まじりの言葉は本気で返され、ヘイスは少しだけ傷ついていた。その不思議な自分の心に無視しながらも、ヘイスはセレーヌと同じように城壁へと上がる。そんなヘイスを見ているセレーヌだったが、それを止めようとはしなかった。
「悪かったな……」
セレーヌと程よい距離をとると、突然ヘイスはセレーヌに謝ってきた。
「……悪いと思うならとっととどっか行ってよ」
「そっちじゃなくて、リラのことだよ。……俺も少しは関係あるからな」
「……自覚あったのね」
なかった方がどんなに楽だっただろうか。そう思うことがヘイスには何度もあった。
「まぁな……。あいつとは幼馴染なんだ。それで昔に結婚するとか約束してさ……それを今でもあいつ信じてるんだよ。何度言っても聞かないし、ホント女は厄介だよ」
突然リラとの関係を話すヘイスを、セレーヌは黙って見た。特に聞きたいと思ったわけではないが、いちいちそれに突っ込みを入れるのも面倒だからだ。
「そんなことがあるから、俺もあいつを完全に拒絶出来なくて……それがさらに調子に乗らせてるんだろうな……」
「……」
「……」
「……」
「……おい」
話は終わったのだろうか。酒を一口飲みながら、セレーヌはヘイスを見る。そんなセレーヌにヘイスは呆れていた。
「何かないのかよ?」
「何かって何よ」
「いや、そりゃ……こうしたらいいとかさ。お前も女ならリラの気持ちも少しは分かるんじゃないかって……」
「何言ってんのあんた。私にあの女の気持ちなんて分かるわけないじゃない」
「……だろうな」
聞いた自分が馬鹿だと思い直した。セレーヌとリラでは大分タイプが違う。というよりも、セレーヌが珍しいタイプなのだ。
「あんたはどうしたいのよ」
「俺は……」
「そんなの全部あんた次第でしょ。あの女と結婚するならする。しないならしない。ちゃんと言えばいいじゃない」
「言ってるって!だけどあいつはそれを信じもしないんだ」
もう何度も説明した。けれど一度だって信じようとしないリラに、ヘイスもいつしか諦めていたのだ。放っておけばいつかは分かるだろうと。そうやって、何年もずるずると引っ張ってきたのだ。
「そう。ま、私には関係ないからどうでもいいけどね」
「関係ないだと?お前もあいつにいろいろ言われてるんだろ」
「何度も言うけどさ、私はあんなの全然気にしてないわよ」
「お前が気にしなくても俺が気にするんだよ!」
無関係だと主張するセレーヌに苛立ち、ヘイスは怒鳴りにも似た声を張り上げる。しかしそれを口に出してから、自分の中で少しだけ後悔した。
「……何であんたが気にするのよ?」
「……知るか!……俺が聞きたいっての」
「何か言った?」
後半の呟きはセレーヌに聞こえないほどの小さい声だった。
「いや……何でもない」
適当に誤魔化し、苛立つ自分を抑える。セレーヌは怪訝な顔をしていたが、それを無視して落ち着こうと外を見た。そこには綺麗な夕陽があり、こうして落ち着いて見るのは久しぶりだ。何だかヘイスはだんだんと穏やかな気持ちになっていく。
しばらく避けていたが、セレーヌはあの日のことを口に出すつもりはないようだった。ヘイスも聞くに聞けないので、それがちょうどいいのかもしれない。こうしてセレーヌと話すのは久しぶりだったが、それが何だか知らずに自分を落ち着かせていた。




