戦いの覚悟
「何かあったのか?さっきから集中してないぞ」
「……すみません」
アレンに稽古をつけてもらっているジェイクは、先ほどのトニーの言葉にショックを受けて集中力を失っていた。アレンに注意されても、なかなか身を引き締めることができない。
「……休憩にするか」
「いえ!大丈夫です!」
見かねたアレンが時間を取ろうとするが、ジェイクはそれが怒られているようで必死に言い張った。
「けどな、その調子じゃ上達するもんもしないんだよ。一旦休んで、それから再開にしよう」
「俺はやれます!だから……!」
アレンの気遣う言葉でさえも、今のジェイクには通じなかった。そんな様子にアレンはため息を吐いて、優しく声を掛ける。
「ジェイク」
「はい……」
「何があったか話してみろよ。……それとも話せないことか?」
「それは……」
口籠るジェイクを見ながら、アレンは静かにジェイクを口を開くのを待っていた。ジェイクもそんなアレンに申し訳なく思い、しばらくすると少しずつ話し始める。
「どうしたらいいんでしょうか……。アイラ様のことがあってから、みんなから無視されるし……先輩からも散々馬鹿にされて……。居場所がないんです」
「……」
「だからその分必死に強くなりたくて、ずっと訓練してるのに……なのにあんま上達もしないし……」
「ジェイク……」
「俺って才能ないんでしょうか?」
「そんなことないさ」
悲嘆するジェイクに、アレンは励ますように言葉を掛ける。
「お前は確かに才能はある。だけどな、誰だってそうすぐには強くなんてなれないんだ。少しずつ訓練を重ねて、そうして始めて強くなれる」
「だけど、それじゃ遅すぎます!俺は今すぐに強くなりたいんです!あの時俺がもっと強ければアイラ様を怪我させることなんてなかったし、先輩に罵倒されることだってなかった……!」
「……先輩って確かトニーとかいう奴か?」
「はい……。昔はすごい親切にしてくれて、いろんなことを教えてもらいました。俺が一番に尊敬してる人でもあるんです。だけど……トニー先輩にはもう嫌われました。それも全部俺が弱かったからで……」
悔しくて涙が出そうになるのを、必死で抑えつけようとした。いつまでも仲の良い先輩と後輩の関係でいたかったのに、もうそれも叶わないのだ。他の人からあれほど罵倒されたなら、まだ大丈夫だったかもしれない。トニーだからこそ、これほどまでに堪えるのだ。
「……俺はそうは思わないな」
「え……?」
アレンは遠くから二人を見ていて、ジェイクの考えを否定した。その言葉にジェイクは信じられないという顔をする。
「あの人はお前のことを嫌ってなんてない。むしろ心配してると思うぜ」
「何で……」
「眼を見れば分かるさ。確かにお前のことを口では散々罵ってるのかもしれない。だけど、それはお前を心配してのことじゃないか?少なくともお前を見る眼に、憎しみや嫌悪の感情は全くなかった」
「そんなこと、あるわけ……ないです」
「俺はあの人じゃないから実際は分からないけどな。一度ちゃんと話したほうがいいと思う」
けれどアレンにはどこか確信があった。理由は分からないけれど、トニーはジェイクを嫌ってなんていない。もし本当にそうであるならば、ジェイクはどんなに嬉しいことだろうか。
「でも、話しかけても聞いてなんてくれません」
「やってみなきゃ分からないだろ。例え聞いてくれないなら、聞いてくれるまでしつこく話しかければいい。お前も少しは自分から歩み寄るよう努力しろよ」
「けど……」
「……そうだな。お前がちゃんと先輩と話をするまで稽古はなしだ」
「アレンさん!?」
難題を押し付けるアレンに、ジェイクは信じられず眼を丸くする。しかしアレンはその言葉を変えるつもりもなく、ジェイクは必死に反論しようとする。
「そんなこと無理に決まってます!」
「決め付けるな、ジェイク。……これはお前のこれからについても大きく左右する問題だ」
「そんな……」
「いいか?お前は何のために戦うんだ。何のために強くなりたいんだ」
「それは……」
祖国を救うため。二度と過ちを犯さないため。そのことに間違いなんてなかった。なのにジェイクはそれを口に出せずにいる。
「もう一度言う。お前の信頼する先輩と、一度だけでいいからちゃんと話して来い。そして改めて、お前が何のために戦うのか、何のために強くなりたいのか、それをハッキリとさせろ」
「アレンさん……」
「それまで稽古はお預けだ」
アレンの眼は真剣で、その真剣さにジェイクは引き込まれて頷いていた。
「……分かりました。やってみます」
「あぁ」
何のために戦い、何のために強くなるか。それは簡単そうで難しい。アレンはそれを身に染みるほどによく分かっていた。
「それじゃ今日は終わりだ。話すのは今すぐじゃなくてもいいからな。お前の好きな時に話しかけてみろよ」
「はい!」
ジェイクはそれだけ返事をすると、礼をしてすぐにアレンに背を向けた。恐らくはすぐにでもトニーを探すのだろう。分かりやすいやつだと思い、笑いながらその背中を見送っていた。
「アレンさん」
そんなアレンのもとに、後ろから優しい声がかかってくる。少し驚きながらも、アレンは振り返りその声の持ち主を確認した。
「サラ……」
「……澄んだ瞳をしている方ですね」
遠ざかるジェイクの背中を見つめ、サラは静かにそれを口にした。
「あぁ」
「……似ていないようで、どこか似ている。だけど、似ていない。セレーヌさんの言っていたことも、少し分かった気がします」
「あいつがそんなことを?」
「はい。アレンさんが珍しく人の世話を焼いてる、と」
「セレーヌの奴……」
その様を想像して、アレンは舌打ちをしそうになる。しかしその矛盾した言葉は、アレンにも理解できていた。
「ふふっ。でも、私はとてもいいことだと思いますよ」
「……止めてくれ」
サラが笑うと、アレンは困ったような顔を浮かべる。サラが相手では、そう強く反論も出来ないからだ。
アレンが気恥ずかしさにそっぽを向いてると、サラは周囲を警戒しながらも声音を少し落として口を開く。
「……魔獣を無限に持つヴェルダ帝国は極めて強大です。魔獣だけではなく、その兵力も当然のこと。例え反乱軍がこれ以上大きくなろうとも、帝国軍には遠く及ばないでしょう」
突然真面目な雰囲気を出すサラは、いつもの笑みを消して真剣な眼差しでアレンを見つめた。
「サラ……」
「貴方の願い。それは辛い道となるでしょう。この戦いを起こしたのが貴方じゃないとしても、その願いを持つ限り逃れることは出来ません」
「……」
「きっとこれから多くの者たちが貴方に力を貸すことと思います。戦争も激化していき、今よりも多くの血が流れるでしょう。それにより大陸は、人々の怨みや憤り、悲しみ、果て無き負の感情が蔓延していくことも必至。……貴方にその全てを受け入れる覚悟がありますか?今までとは違う、この大陸全ての人の心を背負う覚悟が……」
眼を逸らさずに互いに見つめ合う二人。そんな中アレンはゆっくりと口を開いた。
「……願いを叶え、約束を果たす。そのために俺は戦うと決めたんだ。覚悟なんてあの時に出来ている」
その言葉を聞いたサラはそれだけで十分だと思った。予想通りの言葉に、深く頷きを返す。
「……貴方ならそう言うと思っていました。ただ、もう一度だけその言葉を聞きたかった」
「サラ……」
アレンがサラの名前を呼ぶことで、サラは一度話しを止めて区切りをつける。
しばらくした後、再びゆっくりと口を開いた。
「……私は争いが好きではありません」
「……分かってる」
「あの時も、今も、多くの血が流れていく。同じ人間である者同士が殺し合い、勝利を求めて戦いぬく。けれど……どんなにそれが虚しいものだと分かっていても、結局人は争いを止められない。止めることができない」
「……」
「だからこそ、貴方には分かっていてほしい。人の命の重さ、尊さ。……満足に食べ物さえ与えられない貧しい者、戦う力を持たない町の人、富と権力を持つ貴族、一国を統べるほどの王族。例え身分などは違おうとも、その誰もが命は平等なのです。そこに優劣など一切存在してはならない」
珍しく饒舌なサラから、アレンは視線を外さない。
「今さら貴方に言うことでもないかもしれませんが……どうか忘れないでください。人を指揮して戦うことは、その兵たち全ての命を預かることなのです」
「忘れたりなんてしないさ。十分すぎるほどに、分かってるからな……」
「そうですね……」
するとサラはゆっくりとした足取りで、アレンの前へと進んでいく。目の前に来ると、いつものような優しい笑みを浮かべてその額へと唇を寄せた。アレンはその行動に照れながらも、それを黙って受け入れる。
「……貴方に神のご加護がありますように」
祈りを込めたその言葉は、まさしくシスターのものであった。
「今のって……」
アレンとサラが二人でいるとこを偶然にも見てしまったアイラがいた。遠くからであったために、その話の内容は聞こえるはずもないが、最後のサラがアレンにした行動にアイラは驚きを隠せない。
遠くからであろうとも分かる、親しげな雰囲気。それを見た時、まさかという思いとやっぱりという思いがあった。
「やっぱり知り合い……?」
サラが反乱軍に入ったのは数日前というわけではない。アイラの知らないところで仲良くなっている可能性もあった。しかしアイラはそれを否定する。二人は反乱軍に入る以前からの知り合いではないかと確信に近い思いがあった。
あの日、ダーナ城の戦いでアイラが重傷を負って朝に目覚めた時、アレンとセレーヌは確かにサラを見て驚いていた。見間違いかと思ったし、サラにも遠まわしに確認したけれどそうではなさそうだった。しかしこれを見れば、あの時のことは見間違いではないのだろう。何より二人の親密さがそれを物語っている。
「何で……」
サラが最後にした行動を見た時、アイラはどこか自分の胸が痛んだような気がした。




