不安
「随分と浮かない顔をしているな」
「ロウエン……」
ロウエンはノックもせずに、セインの自室の扉を開けていた。部屋に入ると早速飛び込んできたのが、余りいい表情とはいえないセインの顔だった。
「何かあったのか?」
「いや……ミーアのことでちょっとな……」
「……そうか」
ロウエンはそれですぐに察し、それ以上は何も聞かなかった。二人の関係についてはロウエンも複雑な気分だ。
「それより、お前の方はどうなんだ。アイラとは上手くやってるのか?」
暗い雰囲気を晴らすように、セインはロウエンに話題を振った。アイラのことを出すと、必死に何か言うのだろうと思ったが、ロウエンは珍しく困ったような顔をする。
「何かあったのか……?」
「あ、あぁ……ちょっとな……」
ロウエンとアイラの関係に関しては、セインも二人が恋人になってくれると嬉しいと思っている。アイラには何も言わないが、こっそりとロウエンにはアイラの情報を教えているのだ。
ロウエンの気持ちは最早バレバレであるが、アイラも満更でもないのだと思っていた。しかしロウエンの様子から、二人に何かあったようではある。
「話せないことか?」
「いや、そうじゃないんだが……」
「……」
歯切れの悪い言い方をするが、セインは黙ってロウエンが口を開くのを待っていた。ロウエンも、アイラの兄ではなく、親友であるセインに向かってゆっくりと言葉にしていく。
「最近思うんだ」
「……」
「アイラは俺のこと、邪魔だと思ってるんじゃないかって……」
「何言ってる。そんなわけないだろ」
「だが最近話そうとしても、何だか会話を終わらせようとしてるんだ」
「お前の気のせいじゃないのか?」
「だといいんだけどな……」
ロウエンはため息を吐いて、アイラに想いを馳せた。自分の気持ちは理解してくれていると思ってはいるが、最近ではそれが拒絶されているようでならなかった。
「あえて言うなら、お前はアイラに過保護すぎるんだろう。それについてはアイラは鬱陶しく思っているだろうな」
「それはアイラが心配だから!」
「その気持ちは分かるさ。俺だってアイラが心配だ。本当は剣だって取らせたくなんてない……。けどあいつが頑固な性格だってことはお前も知ってるだろう?今さらアイラを戦いから遠ざけることなんて無理さ」
「分かってる!だからこそアイラが心配なんだろ!」
「お前は心配性すぎるんだ。少しはアイラのことも信じてやってくれ」
「……」
セインの言うことが正しいのはロウエンにも分かっていた。自分がアイラを心配しすぎていることを、アイラが嫌に思っているのも分かっている。少しは直そうと努力もしているのだ。しかしそれでもロウエンはアイラを心配せずにはいられなかった。
「他にも一つあるんだが……」
「何だ?」
「最近アイラが傭兵と喋っているのを見かけるんだ」
「傭兵……?」
「あぁ。確か……アレンとか言ったな」
「……そうか」
「何か知ってるのか?」
ロウエンはアイラと傭兵が仲良くなっていることが不思議でならなかった。別に傭兵だから近づくなと言うつもりはないが、アレンだけは別だ。アレンと話している時のアイラを見たことがあったが、その時のアイラは見とれるほどに綺麗な笑顔をしていた。その時、ロウエンはどこか不安が押し寄せていたのだ。
「アレンはサルバスタで入った傭兵だ」
「他には?」
「……それだけだ」
あの出来事をロウエンに話すことは出来ず、セインは嘘をつく形になった。今でもアレンの言葉は忘れてはいない。サルバスタ以来アレンと話したことはないが、見かける度にあの日のことが思い出された。それでもセインは自分の道を貫くことを決めた。アレンの言うことを自覚していても、考えを改める気はなかった。
「なら何でアイラとあの傭兵が仲良くなってるんだ……」
「さぁな……。ただ、アイラがサルバスタに潜入している時にアレンに協力してもらったそうだ。その関係が今でも続いてるんだろう。気にするほどでもないと思うが」
「だといいんだが……」
ロウエンはそれでも胸中から不安が消えることはない。
「そんなに心配なら本人に直接確かめたらどうだ」
「何……?」
「アイラとどんな関係なんだ、ってな」
茶化すように言うセインに、ロウエンは困惑の顔を浮かべる。いきなりそんなこと出来るはずもない。
「ったく……もういいさ」
「諦めるのか?」
「そんなの出来るわけないだろう……。ずっと前から俺はアイラのことを……」
「なら頑張れよ。俺は応援してる」
「ありがとな」
応援してるだけで、そこまで何かをするわけでもない。それが分かっていたので、ロウエンは軽い言葉だけを残して部屋から出ていく。
残されたセインは少しだけ、ロウエンの言っていたことも気がかりだった。
「アイラとアレンか……」
二人が仲良くなろうとセインが口出すことでもないが、やはり複雑な気分でもあった。
「アイラ!」
「ミーア?」
一人で城の中を歩いていたアイラのもとに、ミーアが駆け寄ってきた。その表情は少し浮かない顔をしていたので、すぐに何かあったのだとアイラは察する。
「どうしたの?」
「あ、ううん……ただアイラと話をしたくって」
「けど……」
笑顔を作って、少しばかり無理に笑うミーアにアイラはどう対応していいか分からなかった。しかしこうなる原因がアイラには思い当たることがある。
「兄さんと何かあったの……?」
「べ、別に何もないわよ!」
言い当てられ慌てるミーアの様子で、アイラはそれが間違っていないのだと確信する。ミーアもアイラにばれたからか、しばらくすると少し落ち着きを取り戻していた。
「私どうしたらいいのかな……」
「どうしたの、急に」
「私の気持ちってセイン様には迷惑でしかないんだよね。やっぱり、諦めたほうがいいのかな……」
ミーアの気持ちを受け入れる気のないセインを見ていると、その度に叶わぬ想いを抱く自分が馬鹿らしく思えていた。愚痴るようにアイラに話すと、アイラは微笑みを浮かべながらミーアを慰める。
「そんなことないわ。ミーアが兄さんを好きなのは、別に婚約者だからとかじゃないでしょ?」
「うん……」
「だったらそれでいいじゃない。ミーアの気持ちは本物よ。諦める必要なんて全然ない」
「アイラ……」
「兄さんは、今はこの戦いのことしか頭に入ってないのよ。誰かを好きになってる暇はないとか言いそうだけど、私は別に全然いいと思うな……」
そこでアイラはふと自分が口に出した言葉を胸の中で反芻していた。すると急に笑顔になって、何かに納得したような顔をする。
「あぁ、そっか……」
「どうかしたの、アイラ?」
「うん、ちょっとね」
「……?」
「少しだけ分かった気がするの。誰かを好きになったら、私だったらその人を守りたいって思う。……そういう理由もあるんだなって」
サルバスタでアレンが放った言葉が思い出される。憎しみで戦うのではなく、誰かを守るために戦う。戦うことに理由があるなら、そっちの方が全然いいではないかと。
「ミーアだってそうじゃない?兄さんのために戦ってる部分だってあるでしょ」
「……そうね。それだけじゃないけど、セイン様の力になりたいって思ってる」
「じゃぁいいじゃない。誰かが誰かを好きになるなんて自由よ。叶わないからって諦めることもない。もしかしたら、この戦争が終わったら兄さんもミーアを見てくれるかもしれないし」
「夢のような話ね……」
「ふふっ。叶うといいわね」
「そうね……。ありがとう、アイラ。貴女の話を聞いて、吹っ切れたわ。受け入れてくれなくても、好きでいることは自由だよね」
ミーアは暗い気持ちを払拭し、笑顔でアイラに微笑みかけた。それを見たアイラも自然と笑顔になる。
「やっぱりミーアは笑ってる方が可愛いわ」
「もうっ!茶化さないでよ、アイラ!」
「だって本当のことじゃない」
そうして二人は笑いあいながら、穏やかな時間が過ぎていく。その中でミーアは、例え叶うことがなくても、この想いを貫いていこうと決意していた。




