留まる想い
ダーナ城の中に数ある訓練場の一室。そこまで広いともいえないその場所は、少ない人数が集中的に訓練する目的の場所であった。すでに戦が間近だと知っている兵たちは、休息する者や更に訓練する者と様々だ。
ザガートとルベルク自警団の二十七人は、この一室を借りて戦いの前に軽い訓練を行っていた。グランツ城の戦いでは前線で戦いながらも、誰一人欠けることもなかった精鋭たちでもある。彼らももはやザガートを上官として認識していた。
「精が出ているな」
訓練の途中で、突然扉が開く。ザガートが振り向くと、そこにはザインとグレイが訓練室の中に入ってくる姿があった。
「ザイン殿……それに……」
「グレイです」
グレイと言葉を交わすのは初めてであったが、礼儀正しい言葉と振る舞いにザガートは好感を持つ。
「邪魔してすまない」
「いや、私は構わないが……」
しかし突然の二人の乱入により、自警団の皆は訓練を止めて二人を伺っていた。それを見たザガートは、苦笑しながら訓練を促す。
「続けていてくれ」
「し、しかし……」
複雑そうな顔をする自警団に、ザガートだけでなくザインまでもが苦笑する。
二人が過去に殺しあったことを知っているからこその心配であるのだが、さすがに今ここで戦いが起こることは有り得ない。今は仲間であるのだから、二人とも過去のことでむやみに戦いをしかけるほど馬鹿でもないし子供でもないのだ。
「心配する必要もない」
「……分かりました」
ザガートの言葉に忠実な自警団の皆は、その言葉に従い各々に訓練を再開する。その様子にザインは思わず口を開いた。
「よくもまぁここまで手懐けたものだな」
「それは皮肉か?」
「いや。素直に感心してるのだ」
「そうか……。正直私も驚いてはいるが……」
「羨ましいな……。こんなに慕ってくれる部下がいるというのは。それに強さも保証付きだ」
「それこそ皮肉だな。ザイン殿の方が慕ってくれる部下がいるではないか」
軽い応酬をする二人は、少しだけ複雑な気分であった。互いに相手を恨む気持ちなどもはや微塵もないが、やはりどこかで後ろめたい思いがあるのだろうか。
「殿は止めてくれ。お前にそう言われると、むず痒い気分になる」
「ほぅ……。一応敬意を払っているのだがな。しかしそう言うならば、ザインと呼ばせてもらおう」
「そっちの方が全然マシだ」
二人は互いに笑い合う。敵としてではなく仲間として接するならば、なかなか面白い人物だとすでに感じ始めてもいた。
「それで、何の用で参ったのだ?」
「特に用があるというわけではないのだがな……。ただお前がここで訓練していると聞いたものだから、少し興味があったのだ」
「なるほど。グレイ殿も?」
「はい」
グレイは自警団が訓練している様子を見ていて、呼ばれて視線をザガートへと移した。グランツ城では部隊が違っていたためによく見れなかったが、今ここで見てハッキリと感じる。このルベルク自警団の強さと、ここまで育て上げたザガートの器の大きさを。
一人一人戦うのであれば、グレイはこの者たちに負けない自信はあった。しかし部隊として戦うのであれば、恐らく味方に反乱軍の精鋭がいても勝てないかもしれない。それほどまでに、この二十七人の部隊はしっかりと洗練された動きをしているのだ。
「そうは言っても、面白いことなど何もないが……。ただ訓練しているだけだ」
「いえ……これだけで十分凄さは分かりました」
「ほぅ……」
「どうだ、グレイ。ザガートさえ良ければ、お前も訓練に参加してみてはどうだ」
「私が、ですか?」
急に話を振るザインに驚くものの、ザガートはそれに少し乗り気になった。
「それはいいかもしれない。グレイ殿さえ良ければ、一緒にどうですか」
「それでは……お言葉に甘えさせて頂きます」
グレイもザガートの訓練に興味があり、それは嬉しい申し出だった。すぐに肯定の返事を返す。
「グレイ殿の武器は槍でよろしいですね?」
「そうですが……なぜ槍だと分かったのですか」
「メルヴィ家の者だからですよ。メルヴィ家は槍を武器に使うと有名ですからね」
「……そうですか」
最近のグレイは余り家のことを言われるのが好きではない。少しだけ複雑な気分になりながらも、ザガートから槍を受け取った。
「それでは、始めましょうか。ザインはそこで見学でもしてくれ」
「そうさせてもらおう」
「お願いします。……それと、私にも敬称は付けなくて結構です。一人の部下のように扱いください」
「しかし貴方はメルヴィ家のご子息でも……」
「家がそうさせるのであらば尚のことです」
家の名を出され、グレイは即座に反論した。その響きにザガートもグレイの複雑な気持ちを察する。
「……ならば訓練中だけということで」
「すみません」
「では始めるぞ。お前たちも一旦中止だ!」
ザガートは自警団の者たちにも呼びかけ、全員で改めて訓練を再開させた。
「こんなところで何やってる?」
兵士が来ないであろう場所を選んで、ジェイクは一人で訓練していた。後でアレンにも見てもらう予定であったが、ジェイクは暇があればずっと訓練を続けている。アレンには休めと言われているが、ジェイクはただひたすらに強さを求めていた。
「トニー先輩……」
「……俺の名前を呼ぶんじゃねぇって言ってるだろ!」
怒鳴るトニーを見て、ジェイクは何も言えなくなる。まだ幼かった自分の面倒を、一番良く見てくれたのがこのトニーだ。
戦い方も、武器の手入れも、生活のことも、多くのことをトニーから教わった。けれど今となっては、一番にトニーから罵られることになっている。無理もないだろう。
トニーは王族の中でも一番にアイラのことを慕っていた。それは時折恋情なのではないかと思えるほどで、昔にジェイクも無理矢理いろいろと話を聞かされていたのだ。だからトニーの怒りは最もなことで、ジェイクはそれを甘んじて受け入れていた。
「……」
「……何やってるかって俺は聞いてるんだよ!」
まさかこんなとこにトニーが現れるとは思ってもいなかったもので、ジェイクも少し気が動転していた。
「聞こえねぇのか!」
「……訓練を」
「あぁ!?」
「訓練をしています……」
怯えながらも、ジェイクはそれだけを口にした。すると案の定トニーはジェイクを馬鹿にする。
「お前が訓練だと?弱いくせにそんなことしても無駄なんだよ!」
「そんなこと……」
「あるだろ!アイラ様を守るどころか、命の危機に晒させたんだぞ、お前は!」
「そ、それは……!」
「才能もないし、お前は兵士に向いてないんだよ!とっとと反乱軍を止めて故郷にでも帰れ!」
それだけ言うとトニーはジェイクを睨み、背を向けて立ち去っていく。その背中をジェイクは呆然と見守るしかなかった。
サーネルの言葉の通り、セインは自室にて休息を取っていた。最近の疲れからか少し眠気が訪れていたが、そんな時に限って誰かが来訪するものである。扉のノックの音と共に、ミーアの声が聞こえてきた。
「セイン様、よろしいでしょうか……?」
「あぁ。入っていい」
「失礼します……」
ミーアはゆっくりとセインの部屋へと入るが、入り口付近でその足を止める。
「どうかしたのか?」
「……その、お疲れではないかと思いまして」
「心配してくれてるのか?ありがとう、ミーア」
セインは優しい笑みを浮かべる。それを見たミーアは誰が見ても分かるように頬を赤く染めていた。
「い、いえ……」
普通の男が今のミーアを見れば誰もが可愛いと思うのだろう。しかしセインはそれを見ても、気が重くなるばかりだった。何も知らない周囲からはすでに二人が恋仲だとも思われている。唯一の救いは、ロウエンとサーネルが二人のことについては何も言わないことだろう。
「私に何か出来ることがあれば何でも仰ってください。少しでもセイン様の力になりたいのです……」
「ありがとう。気持ちだけで嬉しいさ」
「セイン様……」
その言葉にミーアは少しだけ落胆の色を浮かべる。悪いとは思いながらも、そればかりはセインにもどうしようもなかった。
「済まないが、今は一人にしてくれないか?」
「は、はい。邪魔をして申し訳ありませんでした」
「……悪いな、ミーア」
ミーアはすぐにでもセインの部屋を退出する。しかしその顔色は悲しみに満ちていた。セインが自分を好きでないことには気がついているのだ。それでもミーアはセインが好きなことに変わりはなかった。
今は少しでも気を紛らわせようと思い、親友でもあるアイラを探してミーアは歩き出す。




