墓標
グランツ城の外では戦場全体に混乱が訪れていた。それは決して悪い意味のものではないのだろう。
すでに帝国軍はあらかた片付き、残るは戦意のないものだけだった。そのために反乱軍は魔獣だけとの戦いになっている。倒しても倒してもキリのない魔獣に反乱軍全体が疲れ始めてきたところ、突如として魔獣の群れに異変が起きたのだ。
「いったい何が起こってるんだ……」
セインが呆然と呟きながら、その戦場の様子を見た。今まで魔獣の群れは指揮を乱さずに反乱軍を攻撃していたのだが、急にそれが乱れて動きがバラバラになったのだ。目の前にいる人間をただ襲い、戦場から離れて逃げる魔獣もいた。その様子に反乱軍も最初は混乱していたが、やがて士気が上がったかのように魔獣の殲滅が再開される。
魔獣の数が減っても、再び現れることがなくなったのだ。そのおかげか見る見るうちに魔獣の数は減っていった。
「セイン様」
「……何だ」
「よくは分かりませんが魔獣の流れは止まったようです」
「あぁ」
「この隙に城内を制圧しましょう」
「そうだな……。後は他の者に任せよう」
そのサーネルの助言に従い、セインは城内を制圧するべく兵を百ほど連れてグランツ城の城門を開けた。
「何だ……!?」
いきなりの事態にヘイスはわけが分からずに立ち尽くしていた。いきなり扉のところで音がしたと思うと、その瞬間にビレイスが吹き飛んだのだ。そしてヘイスは扉があった場所に人影を二つ発見する。やがてその二つの人影がこちらにやってきて姿を露にしたところで、驚愕に似た声を上げた。
「セレーヌ!?」
そのうちの一人はセレーヌだった。そして隣にいるのはアレンだ。けれど二人が纏う雰囲気はいつも全然違っていた。セレーヌからはさっき会った時に覚えた威圧感が感じられる。いきなりの予想もしなかった二人の登場にヘイスの頭は混乱していた。
見てすぐに分かる程の二人の傷。それを心配して声をかけることも出来なかった。二人から発せられる雰囲気がヘイスの口を閉じさせているのだ。
「……てめぇら……何者だ!!」
二人が一歩一歩こちらに進んでいくのに対し、吹き飛ばされたビレイスが起き上がり二人を睨み付けた。そして斧を手に持ち二人の近くへと歩いていく。
「あんたがここのリーダー?」
セレーヌが見たこともない真剣な面持ちを浮かべていた。
「そうだ!俺がブライアン軍将官ビレイスだ!お前らが俺に何をしたか分かってるのか!?」
「なぜあの子たちを戦わせたの?」
ビレイスの言葉を無視し、セレーヌは淡々と告げる。それにビレイスは怒りを覚えるが、セレーヌの言うあの子たちというのが気になった。
「あの子たち……?……あぁ……まさか人形のことか?」
「……人形?」
そこで初めてその言葉にアレンが反応する。ビレイスは何を勘違いしたのか、それで気をよくして饒舌に喋り続けた。
「あぁ、そうだ。あんなやつら人間じゃないぜ。人を殺すしか能のないやつらだ。本当なら廃棄されるところを生かしておいてやったのに……お前らがここに来たってことは死んだのか?ハッ!所詮は人形か、役立た……!?」
ビレイスが最後まで言葉を口にすることはなかった。またもやいきなりビレイスが後ろへと吹っ飛んだのだ。それに追い討ちをかけるようにビレイスの身体が切り刻まれていく。そう、それはまるで風の刃かのように。
ヘイスは二人を見やるが、二人はどこも動いてはいなかった。いきなりビレイスだけが吹き飛ばれたのだ。三人が見ているところでビレイスだけが踊るように吹き飛ぶ様は滑稽でもあった。
「……な、俺に何をしたぁぁ!!」
取り返しがつかないほどの怒りを帯びて、ビレイスは立ち上がる。その姿をアレンとセレーヌは無表情に見ていた。
「アレン」
「……あぁ」
セレーヌがアレンに呼びかけると、内容を言わずともアレンはそれを承諾した。その返事を聞いてから、セレーヌがゆっくりとビレイスに近づいていく。
「謝りなさい」
「何……?」
「彼らに……カルルたちに謝りなさい」
「……ハッ……ハハッ!何を言うかと思えば……あんな人形たちに謝れと!そんな馬鹿なことするわけないだろう!」
「取り消しなさい。その言葉を」
突如として笑い出すビレイスを前に、セレーヌは表情も変えずに淡々と告げていくだけだった。
「誰が取り消すというのだ。お前、頭がおかしいんじゃないか?あんなやつら人間でもないという……!!」
またもや最後まで言い終わらないうちに、今度はビレイスの身体に雷が落ちた。止まることを知らず、次々と何度も何度も雷がビレイスに落ちていく。それはまるで拷問の様でもあった。
「貴様……許さん!!」
ビレイスはもはや血だらけの状態で、斧を目の前にいるセレーヌへと振り下ろした。けれどセレーヌはそれを軽く横に移動するだけで避ける。
「どうしても謝らないと言うのね」
「当たり前だ!!」
その言葉と同時に、斧を今度は横に薙ぐ。その攻撃もセレーヌは後ろに移動して避けた。赤子のようにかわされていくことがビレイスには耐えられず、爆発して雄叫びにも似た叫び声を上げる。けれどビレイスがセレーヌに三度目の攻撃をすることはなかった。
「そう……もういいわ。あんたみたいな愚人に期待した私が馬鹿だった」
「……ッ!!二度と喋らせなくしてやる!!」
「あの世で後悔しなさい。あんたの罪は、帝国の罪は、決して許されるものじゃないわ」
そうしてセレーヌはビレイスに背を向けて歩き出した。それを見たアレンももう用はないとばかりに、部屋を出ようと歩き出す。背を向けたヘイスはセレーヌに注意を促そうと叫びそうになるが、セレーヌが何かを口にしたのを見てそれは止めていた。
「――その身を焦がせ。永遠なる太陽の炎によって――」
セレーヌは振り向くこともなく、アレンの後を追って歩き続けた。そのすぐ後ろではビレイスの断末魔が聞こえてくる。その炎の上位魔術によって、ビレイスの身体は炎に包まれたのだ。それは逃れることが出来ないように纏わりつく。
ヘイスはその一連の事態を見ていることしか出来なかった。何も言うことは出来ず、何も動くことは出来ず、ただ呆然と見ているだけ。アレンとセレーヌが部屋を出て行くのでさえも見ていることしか出来なかった。そしてビレイスを見やれば、すでにそこにビレイスの姿はない。
あるのは原型が何かも分からない、大量の灰だけ。それも訪れた小さな風によって、散らばっていった。その骨すらも残らない姿に、ヘイスは身体を震わして初めてセレーヌという存在に恐怖を覚えた。
その夜。
グランツ城は歓喜の声に包まれた。無事に帝国軍を倒したのだ。その一番の活躍を称え褒められたのはヘイスであった。ソルトレイ家の者と共にグランツ城に忍び込み、単身で魔獣の流れを止めてビレイスを倒したと。その活躍は瞬く間に反乱軍に伝わっていた。
あの後呆然としていたヘイスの所にセインとサーネルがやってきたのだ。怪我を負っているヘイスを心配しながら、ビレイスの姿を探していた。その姿がないこといに訝しげに思いもしたが、二人は勘違いしてヘイスがビレイスを倒したものだと思い込んだ。なぜだかヘイスはそれを肯定も否定もせずに黙って受けていた。やがてそれが反乱軍中に伝わると、ヘイスは自分がしたことでもないのにそれを苦悩を感じていたのである。確かに魔獣を止めたのはヘイスであったのだが、なぜだかヘイスはとてもやり切れない感情を心に置いていたのだ。
そしてグランツ城が宴に明け暮れている中、グランツ城より離れた場所にある森に複数の人影。
「ここでいいだろ」
「そうね……」
男と女がいい場所を見つけて立ち止まる。城の中には作らないほうがいいだろう。そう思ってこんな森までやってきた。そこは森の中でも、泉が湧いている場所だ。周りにも綺麗な草花が咲いている。その神秘的な気が漂うこの場所には、魔獣も近づくことが出来なかった。
そうして男が二人しゃがみ込んで作業を開始する。その様を女が二人見守っていた。
「どうしてこんなことに……」
「……」
女の一人が痛ましげに呟くが、誰もその言葉に返すことはなかった。返すべき言葉がなかったのだ。様々に彼らはやり切れない想いを浮かべ、そして希望を願った。
「これくらいだろうか……」
男の一人が顔を上げて、確認を促す。それを見て、もう一人の男は頷いた。
「あぁ……。それじゃ……」
そうして男たちは立ち上がり、女たちを見る。いや、正確には女たちの後ろにいる眠ってるような人たちを見たのだ。その視線にみんなが首を頷かせた。
一人一人がその眠ってるとしか思えない人たちを抱き寄せ、そして男たちがいた場所まで進む。その足取りは重く、そして悲しく、けれど晴れやかな。
そうしてどんどん作業を進めていった。やがてそれが全て終わると、一人が何かを取り出す。それには何か文字が書いてあるようだった。今はこの暗闇のせいか、はっきりと読み取れることは出来ない。そしてそれをその中心へと立てる。
最後にもう一度その前にみんなが立った。そしてそこに一礼し、みんながその場を後にしていく。この森の中にある神秘的な場所に残されたもの。
森の隙間から照らされた僅かな月の光。それが僅かにそこを照らしていく。そのおかげで、先ほど文字が書いてあったものが読み取れるようになっていた。
アルバイン
サスケ
カルル
ライエッタ
ユネイトリス四兄弟
ここに眠る
君たちは、人間だった




