存在理由
「満ちたりし雷よ。我が元に」
その詠唱と共に雷が現れ、それにカルルは警戒を強める。けれどその雷はカルルの元へ行かず、セレーヌの身体に直撃した。それを受けたときセレーヌは一度床に膝を着けるが、すぐに再び立ち上がる。その様は先ほどと打って変わって、確かな足取りだった。
「何したの?急に元気になったみたいだけど」
「別に……神経を麻痺させただけよ」
「……危ないことするんだね。それがどういう意味を持ってるのか分かってるの?」
セレーヌは自分の傷を癒すことの出来る魔術は使えない。だから得意の雷で神経を麻痺させたのだ。けれどこれは応急処置でも何でもなかった。ただ限界を達した身体をさらに酷使するだけ。下手をすれば命を縮める危険になる。
「もう一つだけ聞かせてもらうわ」
「一個だけって言ったのに強欲なんだ」
真剣な表情のセレーヌだが、カルルはふざけたような表情を浮かべている。
「今すぐ、私たちの前から消えて。そして仲間と共に帝国から抜けなさい」
それは質問などではなく、命令であった。けれどそんなことをカルルが聞くはずもない。
「ハハッ。何言ってるの、おばさん。そんなこと出来るわけないじゃん」
「どうして」
「決まってるでしょ。帝国にいなきゃ人を殺せないからだよ」
「……そう」
そしてまたもやセレーヌは悲しげな顔をした。それを見たカルルは、急に目の前にいる人物が分からなくなる。今までされたことのないことを聞き、そして悲しい顔を浮かべたのだ。
「カルル、って言ったかしら」
「……!?」
「終わらせてあげる。悲しき存在である私たち……せめて私の手で」
カルルは驚愕と困惑の表情を浮かべ、そしてセレーヌは悲痛と怒りの表情を浮かべて対峙した。
「舞え、導無き炎たち!」
現れた複数の火の玉がカルルへと襲う。それをカルルは避けながら、セレーヌに向かって走った。
「何だか……あんたは危険な存在だね。今すぐに殺さなきゃ」
カルルはセレーヌの前に現れ、剣を振るう。威力のある剣は床をも砕くものだ。当たればひとたまりもない。けれどセレーヌはまるで傷を負っていないような動きだった。それを軽く避け、さらに魔術を放つ。
「荒れ狂う雷!」
頭上に現れた雷を察知しカルルは後ろへ跳ぶが、今度はそれを待ち構えていたように先ほどの炎が後ろから当たった。その熱さに身体を折り、カルルは背中を押さえる。さらにその隙を狙ってまたもや頭上から雷が、他の炎もいっせいにカルルを襲った。
「ぁぁっ……!」
声にもならない叫び声を上げ、カルルはその場に蹲る。けれどセレーヌは非情にも、そんなカルルに追い討ちを次々と掛けた。
「響きの調べ、炎の饗宴、その力、全ての源へと還れ!」
大きな炎が浮かび、カルルの身体を燃え焦がす。
「光無き空。光無き天。光無き宙。今ここに裁きを!」
強烈な幾つもの雷が、カルルの身体を貫いていく。
壮絶な魔術を連発にくらったカルルの周りには大きな煙が立ち込めていた。普通の人間なら、すでに死んでいるはずだ。
「……はぁ……はぁ……。よくも……よくも!!」
その煙から一つの影が浮かび上がった。それを見たセレーヌは瞬時に身構える。そしてそれと同時に煙の中からカルルが剣を構えて飛び出た。眼が血走り、身体から至る所に出血を、けれどその動きは緩慢で。
「……」
足取りも覚束ないフラフラとしたカルルを、セレーヌはただ見つめていた。そしてセレーヌの前まで到達すると、カルルはその剣を振り上げてセレーヌに振り下ろす。その攻撃をセレーヌは避けもせず、左肩をザックリと斬っていた。やがて力を無くしたのか、剣を持っていた手も離し、その場に倒れこむ。
セレーヌはゆっくりと剣を抜いて、自分もカルルに合わせてしゃがみ込んだ。肩から、足から、体から、ドクドクと血が出ているセレーヌは、そんなことを気にもせずにカルルを自分の膝へと乗せた。
「オレの……オレの……存在理由は……人を殺す…こと……」
セレーヌは何も返さずに、カルルを抱きしめた。その様子にカルルは初めて、年相応の嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして動かない手を無理に上げていった。
「……あぁ……かあ……さ……」
それはセレーヌの頬に優しく触れ、それと同時にカルルは命を失っていた。セレーヌはその様子に涙を流し、そしてカルルの亡骸に向かって呟く。
「カルル……あんたはちゃんと生きてたのよ。存在理由なんかいらないの……」
駆けた。無我夢中でヘイスは駆けていた。
途中でセレーヌを見つけた時には驚きに染まったが、すぐにその傷を見て吹き飛んでいた。そしてロッドとマーブルの前に現れた少年と同じような少年がセレーヌを傷つけたと知ったとき、ヘイスの心は怒りが渦巻いていたのだ。その時は現れたその感情に驚く暇もなかったが、冷静になれば話は別だった。
今も驚いてはいるが、そんなことを考えるより先にやるべきことがある。急いでビレイスを見つけ、倒してすぐにセレーヌの元に戻るのだ。そのためにもヘイスは無我夢中でビレイスを探し続けた。
ようやく最上階に辿り着き、その中を探していた。ビレイスがいると思われる場所は僅かだ。余りこの城には来たこともなかったので、ヘイスはしらみつぶしに探す。そうしてすぐにそれらしき扉を見つけた。
「ここか……?」
ヘイスは扉を開けた。扉が開くとその部屋の様子が露になる。一番奥にある玉座に座っている男が驚愕の表情を浮かべていた。それを見たヘイスはゆっくりとその男のもとに歩きながら口を開く。
「お前がビレイスか」
「どうやってここに……あいつらは何をしてるんだ!?」
いきなり現れたヘイスにビレイスは驚き喚き散らしていた。
「その金髪……反乱軍リーダーか!?」
「……そうだと言ったら?」
敢えてヘイスは否定しなかった。別にする必要もないのだ。リーダーであるにしろ、ないにしろ、ビレイスはここで最期を迎えるのだから。
「面白い!その根性見上げたものだな!」
「……」
「知っての通り俺はブライアン軍の将官ビレイスだ。わざわざこの俺の首を捕りに来たのか」
「それもあるけどな」
「けど残念だな。お前たち反乱軍はここで皆死ぬのだ。リーダーのお前は私に殺され、城に潜みこんだやつらはあいつらに殺され、そして外にいる者は全員この玉によって魔獣に殺されるのだ!」
それを見た時、ヘイスは眼を鋭く光らせる。あの黒い玉で魔獣を操っているのだろうか。少なくともビレイスの言葉から察するにはそのようでもあった。剣呑な表情を浮かべ、ヘイスはビレイスの持つ玉を見つめる。
「観念して降参するか?土下座して我らに謝るならば命は助けてやってもいいぞ」
高らかに卑しい笑い声を上げて、ビレイスはヘイスを見下した。その好機をヘイスは逃がしはしない。
「何!?」
一瞬の隙を見てヘイスは走り出し、剣を抜いて振るった。いきなりの行動にビレイスは咄嗟に自分の身体を庇おうと動く。しかしヘイスの狙いはビレイスではなく、ビレイスの持つ玉だった。ビレイスが動いたために玉はビレイスから離れ宙を浮く。その玉をヘイスは素早く掴み取り、剣で砕いて割った。その音にようやくビレイスは玉を狙ったのだと気づき、怒りの形相を浮かべる。
「なっ……貴様!?」
玉が割れたことにビレイスは顔を紅潮させる。怒りに身体が震え、今にもヘイスを殺さんとばかりの勢いだった。
「これで魔獣は操れなくなるんだろ?」
「ふざけやがって!!ブライアン様に託されたものを……許さん!!」
ビレイスは背中に掛けていた斧を素早く手に取り、ヘイスに目掛けて投げた。その斧は普通の斧よりも大きいというのに、それは軽々と速い動きでヘイスを襲う。ヘイスはそれを横に避け、自身も反撃に転じようとするが、さらに斧が後ろからヘイスを狙っていたことに気づき慌ててしゃがみ込む。
「ふんっ。よく避けたな」
斧は二度ヘイスの身体を裂こうとするが、それに失敗してビレイスの手へと戻った。さらにビレイスはその斧を背中に仕舞うと、今度は懐から普通よりも小さな斧を二つ取り出す。そしてそれを同時に二つ投げた。
「ちっ……!」
左右から襲ってくる斧を見ながら、ヘイスはビレイスのもとへ走り出す。そのまま剣を振りかざして攻撃をしようとするが、またもや後ろから二つの斧が舞い戻ってくる音を感じて振り返った。その二つの斧を剣で弾き落とす。けれどその隙を狙って背後からビレイスが斧でヘイスの背中を斬りつけた。
「ぐぁっ……!?」
「ふんっ!敵に背中を見せるとは愚かだな!」
ヘイスは蹲り急いでビレイスを振り返る。血塗れた斧を手に持ちながら、ビレイスは余裕の表情でヘイスを見下していた。
「てめぇ……!」
その傷に耐えながらヘイスは立ち上がり、ビレイスを睨み付ける。止めをかけるかのように、ビレイスは斧を素早く投げた。今度こそ逃がさないようにヘイスは斧を避けて走り出す。しかしビレイスはまだ持っていたのか、四つ目の斧を取り出した。それでもヘイスは突っ込んでいく。
そして予想通り後ろから斧が返ってくる音が聞こえた。ヘイスはそれを聞きながら、後ろを振り返らずにギリギリのところでいきなり横へ倒れこんだ。斧がそのままヘイスに当たると信じて止まなかったビレイスはそれに驚き、行動が遅れてしまう。咄嗟に身体を避けるが、斧はビレイスの肩を切り裂いて壁へと突き刺さった。肩から流れ出る血を見ながら、ビレイスはまたもや怒りに身を染める。
「貴様……よくも俺に傷を……!」
もはや止めることが不可能のような猛牛のように、ビレイスは壁に刺さった斧を引き抜いてヘイス目掛けて走った。そしてヘイスの前で斧を振り上げ、ヘイスはそれを剣で受け止める。お互いの武器が弾け合い、両者とも後ろへ数歩下がった。さらに二撃目が繰り出され、まるでその様は二人とも傷を追っていないと思わせるほどの迫力だ。
「しぶといな……!」
「それは俺の台詞だ!」
さらに何度も武器を合わせ、その度に後ろへまた下がる。いい加減痺れを切らし、ヘイスが先に動いた。前屈みの姿勢で走りこみ、ビレイスの懐に入ろうとする。そして一気に攻撃しようとしたが、ビレイスはまるでそれを待っていたかのように斧を下から振り上げた。それはヘイスの剣に当たり、ヘイスの剣は弾いて後ろへ飛んでいく。
「くそっ!」
丸腰となったヘイスをビレイスが狙おうと斧を豪快に振るう。しかしヘイスはそれを間一髪で逃れ、剣を拾いに走った。そこをビレイスは逃さずに斧を投げる。ヘイスはそれを避けるように剣に向かって跳んだ。そして剣を拾うと同時に、一回転しながらすぐに立ち上がる。またもや斧を手にしたビレイスと再び対峙した。
睨み合い、両者が動こうとしていた時だった。突如として扉が部屋の中へと飛んできて、そして急にビレイスが奥の壁へと吹き飛んでいったのだ。




