思わぬ悲劇
――反乱軍と帝国軍が衝突し始めた頃。
ダーナ城より西にある、サラーラの町。
この町はダーナ城に近い町で、昔はとても栄えていた町だった。しかし今となってはダーナ城にいるマードックの非道な行いの数々で、だんだんと寂れていった町でもある。
このサラーラの町だけではなく、近隣にあるダーナ城に近い町や村は、全て他の町よりも高い税を取られたり、小さなことで処刑されることがよく起こっていた。そのあまりにもマードックの残虐な行為に対して、数年も立たないうちに近隣の町の住民は皆死んでいるも同然の姿だった。
住民たちが生きることに絶望していた時、サラーラの町に一人の女性が現れた。彼女はシスターで、その癒しの魔術と性格によって、だんだんと町の住民たちは生きる気力を戻しつつあった。近隣に住んでいた者たちは皆、彼女一人の存在によって救われたのだ。その後、彼女は住民たちの必死の願いにより、サラーラの町に修道院を建てそこに住むことになった。
もちろんそんな彼女の存在をマードックが見逃すわけもなく、何とか自分の物にしようと画策するが、町の人たちがそれを断固として許さなかった。初めての住民の頑なの反発にマードックは戸惑い、一人二人殺せばすぐに収まると思い実行するが、それでも彼女を渡すことはしなかった。恐らく住民全てを殺しても彼女は渡さないのだろうと感じ、住民がいなければ税も入ってこないので彼女のことは諦めることになった。むしろ彼女の存在のおかげで、以前より住民が反抗しなくなっていたのである。マードックは彼女の存在を利用することにしていた。
近隣の町の住民たちが、反乱を起こさなかったのは彼女の存在があったからだ。彼女はあまり戦いを好まず、それを皆も分かっていたのだ。けれど、住民たちはダーナ城を反乱軍が攻める噂を聞いた。それで今まで鬱憤が溜まっていた者たちは、近隣の町や村で戦える者全てを集め、反乱軍に加勢しようとしていた。
「シスター!」
そのシスターが一人修道院の中で祈りを捧げていた。祈りの最中に扉が開かれ、数人の男たちが入ってくる。
「何事ですか?」
シスターは後ろを振り返り男たちを見やると、彼らはそれぞれ手に武器を持っていた。扉の外を見ればさらに多くの住民たちがいて、彼らも武器を持っていることが分かる。中には女や子供と呼べる年齢の人もいた。
「戦が始まった!ダーナ城を反乱軍が攻めたんだよ!ついにマードックの奴に一泡吹かせることが出来るんだ!」
後ろにいる者たちも口々にそうだと叫んでいる。
「そうですか」
「シスター、貴女が来てから俺たちはマードックに逆らうことを止めた。逆らって殺されることを貴女が嫌ったからだ。それでもこの五年、日を増すごとに俺たちのマードックへの怒りは大きくなってきている」
「……」
「だから今日こそ、俺たちはマードックと戦うことにした。貴女が思っていた無駄な戦いでも、無謀な戦いでもない。反乱軍と一緒にマードックを倒し、勝つ戦いをするんだ!」
シスターは黙って彼らの話を聞いていた。
「だからシスター!俺たちが戦いに行くことを認めてくれ!」
彼らは懇願するような目をシスターに向けていた。そんな目を向けられ、シスターはゆっくりと口を開く。
「私が戦いに行って欲しくないと言えば、あなた方は止めるのですか?」
「それは……シスターが言うのであれば…」
男たちの一人が小さく言った。周りにいる者たちも同じ気持ちではある。
「そうですか。あなた方の想いは私に言われて止まるほど小さな物なのですか」
「それは違う!俺たちはこの五年間、ずっと耐えてきたんだ!……ただ貴女は俺たちの恩人だから……」
「私が戦いを止めてきたのは、あなた方が無駄に死んでほしくはなかったからです。あなた方だけでは、マードックに挑んでも全員返り討ちにされてしまったでしょう」
「確かにそうだったかもしれません。けれど、今回は反乱軍がいるのです」
「そう、今回は反乱軍がいます。あなた方も一緒に戦えば、ダーナ城をあるいは落とせるかもしれませんね」
「では……!」
「私一人の気持ちでどうしてあなた方の想いを止められるでしょうか。これまで私がいたことで、あなた方を縛っていたのかもしれませんね……」
シスターは静かに涙を流していた。
「それは違います、シスター!貴女がいてくれたからこそ、俺たちは今日まで耐えて来れました。貴女がいなければ、俺たちはみんな死んでいたかもしれません」
その場にいるみんながその男の言葉に頷いていた。
「……」
「それでは、シスター。俺たちはダーナ城へと向かいます」
「どうかお気をつけください。一人でも多くの命が助かるように私も祈っています」
「はい!」
男たちは修道院を出て、集まった者達でダーナ城へと向かい始める。足音が遠くなっていくのを、修道院にいながらも聞こえてきた。
やがて足音も聞こえなくなり、辺りに無音の静けさが漂ってくる。
「……反乱軍と帝国軍。運命の流れはすでに動き始めてしまった。それを止めることなど、もはや誰にも出来ない」
シスターは誰もいない修道院の中で呟く。
「私もまた、運命の流れから逃れることなど出来ない……」
新たに増えた近隣の町の住民達は、お世辞にも強いとは言えなかった。
しかし、彼らの姿は味方を奮い立たせるには十分だった。さらに、ダーナ城よりセインの部隊と思われる反乱軍の兵士たちが出てき始め、彼らの言葉によりマードックが倒されたことが戦場中に知られることになる。
「すでにマードックは私が討ち取った。もはやお前たちに勝ち目などない!」
セインとサーネルも戦場に現れ、その言葉でマードックがやれらたのは本当のことなのだとみんなが悟る。帝国軍の士気はみるみる下がり始め、逆に反乱軍の士気はどんどん上がり始めた。
「兄さん、無事だったのね……」
アイラは少し離れていたとこでセインの言葉を聞き、安堵した。
まわりはまだ両軍とも戦っており、気を抜ける状態ではない。帝国軍の士気が下がったといっても、メレゲン砦から援軍で来た二百はまだ必死に踏ん張っている。それもアイラを中心とした、アレンやセレーヌにより時機に敗れていくだろう。アイラは一人一人確実に倒していた。
「もうすぐ終わりね」
周りを見渡す。立っている敵の姿はあと少しになってきている。近くを見ると、帝国兵と戦っている一人の少年が見えた。
「あれは確か……」
ジェイクと言っただろうか。アレンと一緒にいた少年である。アイラはなぜかは分からないが、自分も戦いながら、そのままジェイクの戦いを見ていた。ジェイクはまだ少年だが、彼ほどの年齢の兵も反乱軍では結構いるほうだ。もちろん成人している兵たちの方が断然多い。
ジェイクの剣はまだ少し不安なところが結構見える。同じ年頃の者たちと比べても、強くもなく、弱くもない程度だろう。それでも何か非凡な才能を持っていそうな気がする。反乱軍という枠の中に埋もれてしまっているのだ。
アイラはなぜそんなことを思ったのかも分からずに、ジェイクの戦いを見続けていた。その時、ふとジェイクの少し後ろの方で倒れている帝国兵が動いた気配がした。注意して見やると、急に立ち上がりジェイクの方へ走り出す。それを見た瞬間、アイラも急いで走り出した。
「危ない!!」
「え……?」
ジェイクは周りに目が届いていないくらいに、必死で目の前の敵と戦っていた。すぐ近くでアイラが戦っていることにも気づいていなかったのだ。やっと目の前の敵を倒し終わったと思ったら、そんなアイラの声が急に聞こえたので慌てて後ろを振り返った。
その状況を見た瞬間、自分を斬ろうとした帝国兵の攻撃をアイラが庇ったのだとすぐに理解できた。ジェイクと帝国兵の間にアイラがうずくまっていたのだ。
「アイラ様!!」
アイラの身体からは血が大量に流れ、危険な状態であることが分かる。
自分がしてしまったことが、どれほどのものか悟り、ジェイクは急に慄いた。アイラの状態と半ば放心しかけているジェイクの様子を見て、帝国兵はチャンスとばかりに再び攻撃しようとした。しかし、アイラの必死の反撃によってそれも叶わずに倒れていく。ジェイクはその帝国兵の姿が、ゆっくりと倒れていくように見えた。
ハッとしてジェイクは我に返る。
「しっかりしてください!アイラ様!!」
アイラからは絶えず血が流れ、急いで治療させないといけない。今のジェイクにはそのことまで頭に回らなかった。
「どうして……こんな事をしたんですか…!!」
「気に…しないで……私が好きで…やったことよ……」
途切れ途切れにアイラが喋る。それを聞いてすぐにジェイクはアイラを黙らせた。
「アイラ!」
その時、アイラを呼ぶ声がいくつか聞こえた。アレンとロウエンとセインだった。
「アイラ!おい、しっかりしろ!」
ロウエンがアイラを胸に抱き、呼びかける。死んではいないが、すでに意識は途絶えていた。
「お前を庇ったせいでアイラは!!」
いきなりロウエンが思い切りジェイクを殴る。ロウエンは遠くからアイラがジェイクを庇ってやられたのを見てすぐに走ってきたのだ。それはセインも同じだったようである。
「止めてください!」
倒れたジェイクを殴り続けるロウエンをアレンが止める。
「邪魔をするな!」
ロウエンは止めようとしたアレンも殴ろうとする。だがセインの声でそれも止まった。
「やめろロウエン!そんなことよりも早くアイラをミーアの元へ!」
ロウエンは自分を取り戻し、すぐにアイラを抱きかかえる。そしてミーアの元へ連れて行く前に、ジェイクの方を振り向いた。
「アイラに何かあったら俺はお前を殺す!」
ジェイクはその言葉を聞いても無表情で俯いていた。アレンはセインの顔を見ると、セインも口には出さないがそう思っていそうだった。
二人が去った後、未だ動かないジェイクに話しかける。
「大丈夫か?ジェイク」
「アレンさん……俺、俺……!」
ジェイクはアレンを見上げる。その顔は今にも毀れそうな顔だった。
余程責任を感じているのだろう。さらにロウエンの言葉が追い討ちとなったのだ。無理もないとアレンは思った。だが、ジェイクが悪い訳ではない。気に病むなと言っても無駄だろうが、とりあえず少しでも落ち着くように、黙ってジェイクの傍についていた。
セインとロウエンはアイラを連れてすぐにミーアのところへ連れて行った。
ミーアもアイラを見て、ただごとではないとすぐに感じた。今まで治療していた兵士は他の仲間に任せ、アイラにかかりきる。
「どうだミーア、アイラは大丈夫なのか!?」
ロウエンが今にも食って掛かりそうな勢いでミーアに詰め寄る。アイラのことになるといつもこんな感じだと思いながらも、ミーアはアイラを診続ける。
「……かなり深い傷だわ」
それ以上は言わなかった。ロウエンもその言葉を聞いて愕然とした。ミーアは幼いながらも、回復魔術の腕は一流である。
そのミーアの言葉は、厳しいと言っているようなものだ。セインも悲痛の面持ちで、アイラを見ていた。
「駄目……!血が止まらないわ!これ以上は無理よ……」
ずっと回復魔術を使っていたため、ミーアは次第に疲れきっていた。たとえ魔力が全快だったとしても、この傷を治すのは困難なものだろう。今のミーアにはこれ以上どうすることも出来なかった。
ミーアの腕は今いる反乱軍の中でも一番なのだ。それは即ち、アイラの死を意味するような言葉でもある。
「何を言ってる、ミーア!アイラがどうなってもいいのか!?」
ロウエンが妹の言葉を聞いて叫ぶ。セインもミーアに頭を下げる。
「ミーア。頼む!アイラを助けてくれ……」
「セイン様……」
たとえセインの頼みだろうとミーアにも出来ないことはある。どうしようもなかった。
「ミーア!」
「私だってアイラを助けたいのよ!けど……!血が止まらないんだもの!」
ミーアは溜め込んでいた想いを爆発させた。普段は公ではいわない呼び捨ても使った。ミーアにとってアイラは大切な友達でもある。性格は全然違うが、年頃の近い同性として昔はいつも一緒に遊んでいたのだ。
ミーアの想いを聞いて、ロウエンもセインも黙る。誰だってアイラを助けたい気持ちは同じだった。
「くそっ!どうしたらいいんだ……!」
ロウエンは次第にアイラが庇った少年に怒りを向けていた。今にも殺しに行きそうな勢いである。頭を少し冷やすために、外に行こうとテントを出ようとした。そのテントの先には数人の男たちがいた。
「何だお前らは」
機嫌が悪いので、物言いも悪くなっていた。自覚しながらも、今は直せそうになかった。男たちはその機嫌の悪さに少しひるんだが、意を決したように言う。
「あの……テントの中の声が外にも聞こえてきて……」
「それがどうした!」
ロウエンはだんだんと苛々してきた。男たちの姿を見たところ、どうやらいきなり現れた援軍の町民たちらしい。今彼らはサーネルと話しているはずだと頭の隅で思っていた。
「俺たち……一人だけ腕のいいシスターを知っています!」
「何?」
「ずっと俺たちをマードックから守ってくれた人で、シスターとしての腕も俺たちの知る限りでは一番です」
「そのシスターというのはどこにいるんだ!」
後ろからセインの声がした。男たちの話が中にも聞こえていたらしい。ミーアの姿も見える。
「サラーラの町にある修道院にいます」
「どう思うセイン?」
「分からない。ミーアの回復魔術師の腕はそこらにいるシスターにも負けてはいない」
男たちの言うシスターの力が二人には半信半疑だった。
「けど、私では厳しいのです。放っておけばアイラ様もすぐに死んでしまいます。そのシスターという人に賭けてみるしかありません!」
ミーアの強い言葉にセインとロウエンも頷いた。確かに今いる反乱軍の中ではミーアが一番で、アイラを治せる人物はいなかった。ミーアの言う通りそのシスターに賭けてみるしかない。
「だが、どうする?もうアイラをサラーラの町に連れて行く余裕はないぞ」
重傷のアイラをこれ以上動かせば死期が早まるだけだった。そのためにはそのシスターを連れてくるしかない。それもすぐにだ。
「俺たちが行きます。町までの道のりはよく知っていますから」
「だが……」
確かに男たちの言う通りでもある。セインとロウエンには町がどこにあるかは知っているが、そこまで素早く行けはしない。しかし、アイラの命に関わることを彼らに任していいのだろうかという思いもある。その気持ちを察したかのように男たちも、自分の想いを口にする。
「アイラ様は、亡国とはいえフューリア王国の王女であり、我らの希望の一人でもあるのです!助けたいという想いはみんなが同じです!」
「……分かった。ならばお前たちに任せる。すぐに出発してそのシスターを連れてきてくれ」
「はい!」
男たちはすぐにここを発った。町まで行き、戻ってくるには早くても数時間はかかるだろう。それまでにアイラがもつのかも心配だし、シスターが来たからといって回復できるのかも分からなかった。二人は信じてもいない神にひたすら祈っていた。




