人形の願い
「くそっ!くそっ!何で当たらないんだ!」
ニアの体はすでに限界に達しようとしていた。
グレイにやられたわき腹の傷が思ったよりも深く、何の治療も施さないまま、なりふり構わずグレイを攻撃していたのだ。次第に傷は広がり、もはや動くことさえ困難のはずだ。それでもニアは槍を振り続ける。
「もう止めろ!その傷でまともに戦えるわけないだろ!死にたいのか!」
「黙れ!俺は……負けない!!死ぬはずないんだ!!俺は……失敗作なんかじゃ……!!」
「くそっ……!」
グレイはニアの何がそこまで駆り立てるのか分からなかった。
けれど、ニアの目からはとつてもない執念を感じる。それはまるで幼い子供のようでもあった。
「お前がその気なら……この一撃で決めよう!」
いくら敵とはいえ、こんな惨めな姿を見ていたくなかった。
グレイは立ち止まり、先ほどのように狙いをニアに定める。ニアもそれを感知し、今度はさっきのように立ち止まらず、止まったグレイへと走り出した。
「俺は……俺は……!!」
すでにニアの目は理性を失っている。ただ本能のみで戦っているのだろう。
ニアの槍がグレイを貫こうとした。しかし、それはグレイに当たらずに空を舞う。すぐさまニアはグレイを探そうとするが、さっきと全く同じように後ろに巨大な殺気を感じていた。
今度は避ける暇も、体力もなく、なすすべなくニアの胸をサラザードが貫いていた。
「俺は…負けな…い……負け…る…はず…な……い…俺………は……」
ニアの身体は前方へと倒れこみ、グレイが確認するとすでに絶命していた。
「認めよう。お前は、一人の戦士だった」
グレイがニアを見下ろしながら呟いていた。
ロウエンとサネラは互いに一歩も動かず、目を閉じていた。二人は残っている魔力を全てぶつけようとしている。
「あんたみたいなガキがこの私の最高魔術にかかって死ねるなんて名誉なことよ」
「勝手に言ってろ。死ぬのはお前のほうだ」
「口の減らないやつだね!」
二人の周りには膨大な魔力が渦巻いていた。それはこれから起こるであろう魔術がかなりのものであることが伺えた。そして二人は同時に詠唱を唱える。
「大地の中で生ける精霊たちよ、その恩恵を我は願う。その力を我は願う。その存在を我は願う。願いは一つになり、やがて巨大な力へと変化し、その巨大な力こそ、我の願いであり、精霊の願い。さぁ、今こそ共に我らの願いを以って、我が眼前に立ちし敵を討ち滅ぼせ!!」
「炎は私の手となり、水は私の足となり、風は私の身体となり、大地は私の頭となり、そして自然は私の力となる。世界を渦巻く、自然の精霊たちよ。我は汝らの代弁者にて、代行者。さぁ、今こそその意志を以って、我の前に集え!」
ロウエンとサネラは、ともに強力な上位魔術を発動させた。その力は強大で、周りに兵たちがいたのならば、たちまち巻き込まれてしまうだろう。だが、すでに魔術で戦う二人の周りには生きている人間は本人たちを除いて誰もいなかった。そのおかげで、上位魔術を心おきなく発動できたのである。
双方の魔術がそれぞれ敵を目掛け、二人の真ん中で衝突した。
大きな爆音と巨大な光が辺りを照らす。
やがてそれも収まり、辺りは視界を遮る砂埃が舞っていた。そしてその砂埃もだんだんと消えていく。
そこに立ち上がっていたのはロウエンだった。
「そんな……この私が……負け…ただっ…て……?」
ロウエンの魔術はサネラの魔術をも突きぬけ、サネラへと直撃していた。
サネラはその場に仰向けに倒れながら、そのまま青い空を見上げる。
「死に……たく…ない……。やっと……空…が……」
サネラはその空を恋焦がれるかのように腕を伸ばす。
「私が……私が……ぁ…ぁぁ……」
しかしその想いも虚しく、やがて力尽き命が絶えた。
「勝った……のか」
ロウエンはギリギリの戦いであったために、少しだけ自分が勝てたことが信じられなかった。魔力も使い果たし、疲労感に襲われてその場に座り込む。
「アイラは無事だろうか……?」
ふいにアイラのことが心配になり、ロウエンはすぐに立ち上がりアイラを探し始めた。
「くっ、いきなり力が上がったですと……!?」
さっきまでとは逆に、今度はドールがヘイスに押されていた。ヘイスの剣筋もさっきとは全然違く、まるで別人とも思えるほどだった。
「ぐっ!」
ヘイスの剣がドールの肩をかすめる。致命傷とまではいかないが、それほど浅くもない傷だった。それを見てヘイスは小さく笑う。
「さっきまでの威勢はどうした!」
「……私をなめないでください!これしきの傷、なんともありません!」
ドールはその言葉の通り、肩の傷をものともせずに、ヘイスに攻撃する。ヘイスもそれを受け止め、反撃していく。
すでにヘイスも先ほどドールから受けた傷があり、そう長くは戦っていられない状態である。素早くドールを倒し、この戦闘を終わらせたかった。
「いい加減に諦めたらどうだ!」
「それはこっちのセリフですよ。その傷でよくここまで持ち堪えられますね!」
傷の深さで言えば、断然ヘイスの方が大きかった。しかしドールの傷も長くは放ってはおけないものだ。二人はそろそろ次が最後になるだろうと予想する。
「よくここまで耐えましたね。その根性だけは褒めて差し上げましょう」
「お前こそ、この俺をここまで手こずらせてくれる奴は久しぶりだったぜ」
二人は互いに剣を構える。そして同時に走り出し、斬りつけた。それは剣と剣で弾きあい、互いに一歩下がる。しかしすぐに次の攻撃へと移り出した。
後方で二人の戦闘を見ていたミーアは、二人の動きを目で追えなかった。それほど素早い攻撃を互いに繰り出しているのだ。
「くっ」
ヘイスは先ほどの傷が痛み、バランスを少し崩す。その隙をドールは見逃すはずがなかった。
「これで終わりです!」
ヘイスはその攻撃をギリギリで剣で受け止めた。そのせいでさらにバランスを崩したが、ドールは先ほどの一撃で決まったと油断していたので、追い討ちをかけることは出来なかった。逆にその油断がドールを一瞬の間無防備にしていたのである。
そしてヘイスはその一瞬の間に迷いなく、剣を斬りつけた。
「これが……私の最期だというのですか……。…所詮…人形は…人……形で…し…か……」
ドールは倒れこみ、絶命した。
「ハァ……ハァ……ハァ…」
「ヘイス様!」
ヘイスの傷が開き始め、まともに立てなくなったので、ヘイスは剣を支えに立っていた。すぐにミーアが駆け寄り、回復を施す。
「じっとしていてください。すぐに回復を」
「すまない。……戦いの方はどうなっているんだ?」
「詳しくは分かりませんが、少しずつ私たちの軍が押しているようです」
「そうか……兄貴はまだなのか?」
「はい……」
ミーアの回復も終え、あとは自然に治るのを待つだけだった。
回復魔術といっても万能ではなく、死に至る傷を治せないように、深い傷もすぐに完治できるわけではなかった。
「ありがとう、ミーア」
「いえ」
ヘイスは立ち上がり、味方が苦戦していそうな場所を探す。
「ヘイス様!その身体でこれ以上の戦闘は危険です!」
「だが……簡単に休んでいるわけにもいかないだろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
こういう時のヘイスをミーアが止められるはずもなく、ミーアは困り果てていた。どうするべきかと思っていたとき、戦場に大きな声が響く。
「何だ!?」
「ヘイス様!あれを見てください!」
ヘイスはミーアの指差した方向を見やった。その瞬間、ヘイスは見なければ良かったという現実逃避に駆られる。
ヘイスの視線には、およそ二百ほどと思われる軍がこちらに向かって進軍していた。そして彼らの鎧などを見れば、帝国軍であるということは一目瞭然である。
「馬鹿な……援軍だというのか!!」
「嘘でしょ……援軍なんて聞いてないわ!」
アイラは悲痛の叫びを上げた。
アイラもずっと帝国軍と戦い続け、もはや身体が限界に達しようとしていた。それでも気力を振り絞って、なんとか耐えている。
近くではアレンとセレーヌも戦っていた。最初は一人だけで戦っていたのだが、途中で二人と合流し、今では一緒に戦っている。アイラは二人がいつも一緒に戦っているのをみて、なぜだか羨ましいと感じていた。
「ちょっと!あの帝国軍は何なのよ!」
「俺が知るわけないだろ」
セレーヌもわけが分からないと言った感じで叫んでいた。すでに援軍の二百はあと少しでこの戦場へと辿り着こうとしている。そうなれば今まで耐えてきたのが、たちまち押し返されてしまうだろう。何とかしなければならなかった。
「恐らくメレゲン砦からの援軍よ」
「メレゲン砦?あそこからここまで一日はかかるはずだろ」
「えぇ。だから援軍の心配なんていらないってサーネルも言っていたのに」
「けど、現に今あそこにいるじゃない!」
アレンはそれを聞いて、メレゲン砦から戦いが始まる前に援軍を出していたことが分かる。
「とにかくあれを何とかしないといけないわ!」
「アレン、どうする?」
セレーヌが聞いてくる。アレンの判断に任せるのだろう。
「ちっ。面倒だけど、放っておくわけにいかないだろ」
「それもそうね」
「ちょっと待ってよ!どうするつもり?まさか二人だけで行く気なの!?」
いくら何でも二百を相手に二人で戦うことは無理だろう。アイラは二人の行動を理解出来ずに見る。
「まぁ、何とかなるだろ」
「行きましょ、アレン」
二人はアイラを振り返りもせず、援軍の二百へと走っていった。すでに援軍の先頭の方は、敵軍と合流している。アイラもそれを見て、遅れながら二人の後を追った。
「さぁ!帝国に仇名す反乱軍どもを討て!」
援軍はすでに合流し、これで帝国軍は押されていた勢いを巻き返してきた。少しずつ反乱軍が押され始めているのが分かる。
「炎よ!」
セレーヌが帝国軍の固まっている所に魔術を放つ。いきなりの攻撃で慌てている帝国軍の中にすかさずアレンが飛び込む。
「何で俺がこんな人数相手にしなきゃいけないんだ……」
ぼやきながらも必死で剣を振るう。しかし周りは敵兵だらけだ。四方八方から敵の攻撃が襲ってくる。アレンは何とかかわしながらも、一人ずつ確実に敵を仕留めていた。セレーヌも後方から援護している。
「どうしたもんか……」
アレンもずっと前から戦いっぱなしだったので、さすがに多少疲れてくる。それでも敵兵の数はいっこうに減っている気配がない。
「ん?あれは……」
その時、アレンはある方向に何かを見た。
その何かは勢いよくこちらに向かってきている。近づくに連れて、だんだんと聞こえてくる地響き。遠目で、二百くらいの数だと分かる。
「まさか、まだ援軍が来るのか?」
反乱軍のほとんどがそう思い、一瞬絶望しかけた時、近づいてきた者たちの正体が判明した。
「あれは!町の民たちか!?」
彼らの服装は、帝国軍の鎧でもなく、フューリア軍の鎧でもなかった。いや、鎧ですらなかったのだ。見るからに、防具といえる防具もないただの町人たちだった。その手に剣や槍など、各々の武器を持っているだけだ。
「今こそ反乱軍と共に!帝国軍をやっつけろ!」
彼らは恐れを知らず、帝国軍の中へと突き進んでいた。その勇敢な姿は、帝国軍を怯ませ、反乱軍には勇気を与えた。
形勢しかけていた状態が、また逆転していく。帝国軍はその不明な者たちの勢いにただただ圧倒されていた。




