主人公
昼寝日和の誘惑に抗えずシルヴィアは王都の外れにある丘へと足を運んだ。柔らかな草の上に寝転がれば、ぽかぽかとした陽射しが全身を包み込み、うとうとと心地よい眠気が訪れる。
「ああ……極楽……」
目を閉じて、風の音だけを聞いていると遠くから慌ただしい足音が近づいてくる。
「はぁ……はぁ……!」
息を切らせて走ってくるのは一人の少年だった。年の頃は十五、六歳といったところか。
黒髪に金色の瞳、そして整った顔立ち。どこかで見たことがあるような、ないような。
(ん? 誰だっけこの顔……)
眠気まなこで少年を眺めていると、彼は私の方に駆け寄ってきた。
「あの! すみません!」
「はい?」
「この近くに薬草が生えている場所を知りませんか!?」
少年は切羽詰まった表情で尋ねてくる。どうやら誰かを助けたいらしい。
「薬草? どんなのですか?」
「えっと……青い花をつけるやつで、葉っぱがギザギザしてて……」
「ああ、それならこの丘の裏手にありましたよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
少年はぱっと顔を輝かせ、礼を言うと走り去ろうとする。
「待ってください」
シルヴィアは思わず彼を呼び止めていた。
「その薬草は誰かに使うのですな?」
「はい、妹が熱を出してしまって……でも村の薬師は町に行っちゃってて」
「そうですか。なら、これを持っていってください」
シルヴィアは腰のポーチから小さな瓶を取り出し、少年に手渡した。これは彼女が冒険者時代に手に入れた高品質な回復薬である。風邪程度なら一瞬で治る代物だ。
「え、でもこんな高そうなもの……」
「いいから。妹さんを大事にしてください」
「ありがとうございます! あの、お名前は?」
「シルヴィアです」
「シルヴィア……もしかして、第五騎士団の団長の!?」
「ええ、そうですけど」
少年の目がさらに大きく見開かれる。
「すごい! こんなところで会えるなんて! 俺、あなたに憧れてるんです!」
「あら、嬉しいですね」
「俺、大きくなったら騎士になるのが夢なんです! だからいつか、あなたみたいな強い騎士になりたくて!」
少年の真っ直ぐな眼差しにシルヴィアは少しだけ照れくさくなる。こんなに純粋に憧れられると、悪い気はしない。
「そう。なら、その夢、諦めないで頑張りなさい」
「はい! ありがとうございます! あ、俺、アルトっていいます! 妹の名前はアリアって言います!」
「アルトくんね。覚えておくわ」
「はい! じゃあ、妹のところに戻ります! 本当にありがとうございました!」
アルトは深々と頭を下げると今度こそ走り去っていった。その後ろ姿を見送りながら、シルヴィアはふと首を傾げる。
(アルト……アルト? どこかで聞いたことあるような……)
だが、その考えもすぐに眠気に溶けて消えていく。
「まあ、いいですか」
再び草の上に寝転がる。しかし、今度は先ほどまでの静けさはどこかへ行ってしまったようで、なぜか胸の奥がそわそわと落ち着かない。
(アルトにアリア……なんだか、すごく大事なことを忘れている気がする……)
もやもやとした感覚を抱えながらも、シルヴィアは目を閉じる。やがて訪れる穏やかな睡魔に身を委ねながら、彼女は夢の中で見たこともない物語の続きを彷徨うのだった。
数日後、シルヴィアは王城内の廊下でふと足を止めた。
(そういえばあの時の少年……アルトって、確か……)
記憶の片隅に引っかかっていた何かが、ようやく形を結ぶ。
(漫画の主人公……名前は確か、アルト・レイヴン)
そして、彼が王都に来るのは物語が大きく動き出す直前。
(え、じゃあ私、主人公に会っちゃったの?)
だが、原作を読んでいないため、その先の展開がわからない。
(とりあえず……様子を見ておくべき?)
まあ、考えても分からないものは分からない。なるようになるでしょう。




