03-03.暗躍型悪役令嬢
リリアーナ・シフォンは小心者だ。
そして何より普通の少女だ。普通の平民の少女だ。
聖女以前に、貴族としての教育なんてまるで施されてはいなかった。
そりゃそうだ。だってリリアーナがシフォン子爵に拾われたのは入学の数日前だもの。しかもその後は教会やら王家やらから引っ張りだこだったんだろうし。
これで勉強についてこいなんて無茶が過ぎる。なのに周囲の者たちは全く理解していない。聖女なのにと、リリアーナに失望の眼差しを向けるだけなのだ。
特に教師の態度なんて酷いものだ。リリアーナが授業で良い結果を示せなければため息までつくほどだ。すっかり問題児扱いだ。入学式の件が尾を引いているのもあるのだろうけど、それにしたってあんまりだ。
そんな悪循環を繰り返しているうちに、リリアーナはすっかり縮こまってしまった。元は平均的な平民として、貴族に囲まれた生活に恐怖する程度だったのに、今はそれ以上に皆を避けてしまっている。
おかげで全然ヒロインたちが集まらない。イベント自体は相変わらず発生しているのに、リリアーナがすぐに逃げ出してしまうので結局破綻してしまうのだ。
皆聖女をなんだと思っているのだろうか。
「リリアーナ様。随分とお困りのようですのね」
放課後の空き教室で、一人塞ぎ込む傷心の少女。
私はその背中に声を掛けた。
「っ!?」
あ、逃げた。
「ひっ!?」
しかし回り込ませてもらった!
もちろん逃げることはわかっていた。いつものことだ。先にダーリャを配置しておくくらいはするともさ。まあ、ここまで含めていつも通りなんだけれども。なんならこの先も。
「こら~~~~!! リリィを虐めるな~~~~!」
ほら。アイツがやってきたわ。
「リリアーナ様がお困りのようでしたので」
「必要ないもん! リリィにはわたしがいるんだもん!!」
貴女もどっこいじゃない。
「なんでしたらお二人纏めてでも構いませんのよ」
ダーリャとフララに勉強を見てもらいなさいな。それで少しはマシになるでしょ。
「ふ、二人で!? なんてハレンチなの!!」
何を考えてるんだか。このメインヒロインちゃんは。
「無理やり迫っちゃだめなんだよ!」
「いえ、ですから」
「行こ! リリィ!」
あ……行っちゃった……。
……ほんと、アイツにも困ったものだわ。
唯一リリアーナと接点を持てているメインヒロインちゃんだが、私の話はまるで聞いてくれないのだ。何故だか既に私を悪役令嬢として警戒しているのだ。
お陰でリリアーナとの話も出来ていない。多少強引に迫ろうとしても、どこからともなくアイツがやってくる。今だってフララが足止めしてくれていた筈なのに。
メインヒロインちゃんも女神から何かしらの干渉を受けているのかしら。そうでもないと説明がつかないくらいタイミングが良すぎるのよね。
「ごめん、ベティ」
遅れてフララがやってきた。
「いいわ。どうせタイミングよく教師が話しかけてきたんでしょ」
「うん~……」
「気にしないで。フララのせいじゃないわ」
こればかりは仕方がない。上位存在からの干渉なんて、今の私たちにどうこう出来るものでもないんだし。
しかし困った。流石に聖女は拐えない。ダーリャなら簡単だろうけど、それで騒ぎになったり、女神がキレたりしても都合が悪い。
極力悪役令嬢らしい方法であの子を支えていくしかない。
「ダーリャ。今夜あの子の部屋に忍び込みなさい」
「仰せのままに♪」
「なにするの?」
「聖女は拐えなくても、同室の問題児を拐うことは出来るでしょ」
「メインヒロインちゃんを? それこそ危険なんでしょ? 女神が干渉してるかもしれないんでしょ?」
「ちょっとした勉強会に招くだけよ。悪役令嬢らしいお勉強会にね」
「魔力修行でもつけさせるの?」
「いいえ。学ばせるのはただの一般常識よ。いくら学園内とはいえ、男爵令嬢が侯爵令嬢と話すなら、相応しい口の聞き方ってものがあるでしょ」
「骨身に染み込むまで叩き込みましょう♪」
「程々にね、ダーちゃん」
思う存分やりなさい。ダーリャ。
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さっそくその晩から深夜のマナーレッスンが始まった。
田舎者の男爵令嬢に身の程をわからせるため、前提となる一般常識を叩き込むことにした。
常識を持たぬ相手にいくら道理を説いても意味はない。先ずは同じ土俵に上がってもらわねばならない。
「ひっぐ……えっぐ……帰りたいよぉ……」
泣き言を口にする余裕があるだなんて。ダーリャったら手を抜いているのかしら。追い込みが足りないみたいよ。
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「ベティの言ってた悪役令嬢ってこういうのなの?」
「人知れずヒロインを虐めて泣かせているんだから間違ってはいないでしょ」
「泣かす相手が間違ってると思うんだけど」
「必要な行為よ。悪辣な女神の洗脳を解いてあの子を救い出すためにね」
「ベティ、たくましくなったね」
「ありがとう、フララ。あなたは少し落ち着いたわね」
「ダーちゃんもベティもやりすぎるんだもん。もうフララしか止められる人が残ってないでしょ」
「頼りにしているわ」
言う程フララも安定はしてないけどね。未だにすっとぼけたことは口にするし、基本呑気だし。けどたまにこうして落ち着きを取り戻すのよね。考えたら昔からそうだったわね。結局あまり変わってないわね。フララは最初からいざとなったら頼りになる主人公気質なのよね。
こんな言い方はあれだけど、リリアーナの精神性はあんまり主人公に向いてないのよね。主人公が不屈過ぎるだけかもだけど。
「程々にしてね。ベティが皆に嫌われちゃうなんて嫌だよ」
「もしかして噂が?」
「……うん。最近は。ベティがリリアーナを虐めてるって」
「ある意味想定通りね。悪役令嬢らしく振る舞えている証拠だわ」
「でも知らない人だけだよ。ベティのお友達は皆ベティの味方だから」
「そうね。噂もすぐに消えるでしょう。なにせ大貴族の令嬢は軒並み私のお友達だもの」
「やっぱりなんか悪役令嬢っていうのと違う気がするの」
「鋭いわね。流石フララよ」
「開き直らないでよ」
「いえ、本当に感心しているのよ」
だってそうでしょ。フララはお約束なんて知らないもの。私の話を聞いただけでそんな細かいニュアンスの違いまで読み取れるだなんて驚きだわ。伊達に八年も側付きを務めていないわね。共に死線をくぐり抜けた大親友でもあるものね。
「こういうのは『暗躍』というのよ。私は暗躍型の悪役令嬢なの。単なるジャンル違いよ」
「矜持があるんだね」
「いいえ。単にそれしか打てる手がないだけよ」
「そこはウンって言ってほしかった」
「うん」
「もう。ベティったら」




