02-08.悪夢の終わり
私たちは戦い続けた。後先考えずに魔術を放ち続けた。
魔力はすぐに枯渇した。一撃で何十体もの魔物たちを纏めて吹き飛ばせる巨大な岩塊を幾度も放てば当然だ。
魔物たちはまだまだ残っている。岩塊に阻まれて近づけはしないものの、既にこちらを敵と定めている。明確な脅威に気付き、パニックすらも忘れて敵意を向けてくる。
「ベティ!」
フララの放り投げてくれた木剣を手に、岩の隙間から頭を出した魔物に向かって斬りかかる。
魔力枯渇によってズキンズキンと痛む頭を振りながら、霞む視界を必死にしかめて注視する。
速度と手数で、足りない膂力と重さを補い、幾度も魔物たちの頭を打ち据えていく。
魔力が少しでも戻れば魔術を放ち、枯渇に喘ぎながら木剣を振り続ける。
こちとら限界を超えることには慣れている。どれだけ苦しくたって意識を手放すこともない。
吐いても漏らしても攻撃の手を緩めることだけはあり得ない。そのように教育を施されている。
もう何体殺したのかも数えていない。迫る壁に追い立てられて、次から次へと魔物たちが集まってくる。いつしか私たち自身も島の中央に進んでいた。四方八方から魔物たちが襲ってくる。私たちの放った岩塊は、いつの間にか土壁の向こう側に置き去りになっていた。
木々が巻き込まれ、まるで棘付きリングみたいに壁から生えている。会場が狭まったことで、魔物たちは木々の上をも足場とし、立体的に攻め込んでくる。
馬鹿げた光景だ。まるで酷い悪夢だ。
しかし観察している余裕はない。四方八方から浴びせかけられる敵意に反応して、身体が勝手に駆け回る。
私は何故まだ生きているのだろう。何故まだ戦えているのだろう。
精神が肉体に宿っていない。まるで俯瞰して見ているかのようだ。
身体は勝手に動き続けている。私の意思を伺うこともせず、目の前に差し出された命を摘み取り続けている。
何分。何時間。何日。どれだけ戦い続けたのだろうか。
とっくに限界は越えていた。最初から限界を越えて戦っていた。
血が足りない。手足が冷えていく。細かな傷が数え切れない程に刻みつけられた。脳細胞がブチブチと音を立てて破裂していく。血管はとっくにぶつ切りだ。
魔力が足りない。酸素が足りない。睡眠が足りない。食事が足りない。水分が足りない。身体がありとあらゆるものを求めている。求めているのに満たされない。かろうじてひねり出した全てが即座に放出されてしまう。とっくに底をついているのに、もっとよこせと空皿の底と壁をギリギリギャリギャリ削り取っていく。
これは決して比喩じゃない。肉体の一部が魔力に変換されていくのを感じる。生きるために必要な最低限の蓄えだってお構いなしに根こそぎ奪い取っていく。
取り返しのつかないラインはとっくに越えた。この身体はもう二度と元には戻らない。
もはや待つのは破滅だけだ。どんな回復薬だって、例え伝説に謳われる万能回復薬だって、この身体を完全に癒すことはないだろう。
馬鹿げてる。本当に馬鹿げている。
私はいったい何をしているのだろう。
この平和だった島を地獄に染め上げて、いったい誰が得をするというのだろう。
そう思っても後の祭りだ。最早殺し尽くすまでこの悪夢は終わらない。
撃って。殴って。斬って。飲み干して。
出口に向かって突き進む。
ただひたすらに。ガムシャラに。直向きに。
前へ前へと踏み込んで。
無我夢中で。懸命に。手を伸ばし続けた。
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「……あれ?」
知ってる天井だ。我が家のベッドだ。
おかしい。記憶が飛んでいる。意味わかんない。
「おはようございます♪ ベルベル様♪」
……。
「ったぁ!? いきなり裏拳ですかぁ!?」
鼻を押さえて縮こまるメイドが一人。
「誰の許可を得て主のベッドに潜り込んでいるのかしらね。この駄メイドは」
「ぎゃぁ~~!? 鼻! 鼻ぁ!! 摘まないでぇ~!! ベッド汚れますからぁ~~! 鼻血! 垂れますぅ~~! メイド長に殺されるぅ~~~~~~!!!」
鼻の痛みよりも、ベッドを汚すことの方が問題らしい。
「惜しいわね。それが忠誠心からのものであれば見直してあげたのに。自己保身だなんてガッカリだわ」
「ぐふふ♪ むしろダーリャの血でベルベル様を汚せるなら本望♪ そう考えればベッドのシミも悪いものではーーあたたたた!? 流石に痛いですぅ~~~!!」
そう。鼻の穴に指を突っ込めば痛みを感じるのね。
ダーリャに痛みを忌避する感情があったなんて驚きだけど。
「説明なさい」
鼻から指を抜いて、ちろりと飛び出した舌を掴み取る。
「もががももがが!?」
流石のダーリャも舌を引っ張られていては話せないのね。
私は襟首を掴んで引き寄せるように、ダーリャの舌を掴んだまま引き寄せる。
「みゃぁ~~~~~!!!」
流石に痛かったらしい。
けどなんか嬉しそう。
「私はどうなったの?」
違和感は感じない。まるで島での出来事が全て夢だったかのように健康そのものだ。あれは間違いなく不可逆のものだったのに。私の身体から損なわれているものは一切ない。強いて言うなら少し視界がおかしいくらいだ。けれどこれは喪失というわけでもなさそうだ。
「フララは? 無事かどうかは心配してないけど、何故あなたはあの子を放って一人で私のベッドに潜り込んでいたのかしら? ことと次第によってはただじゃおかないわよ」
そこまで伝えてからダーリャの舌を放す。
うへ。ばっちぃ。
ふきふき。ベタベタになった指をダーリャの服に擦り付ける。
「ふひゃひゃは」
なんですって?
「へろが~……あーあー……ごほん」
自身の頬をグニグニしてから舌の調子を整えるダーリャ。
「フララは元気いっぱいです♪ ベルベル様より先に日常生活へ復帰しました♪」
「そう。私はどれくらい寝ていたの?」
「一年です」
「……うん? 今なんて言ったの? ちょっとよく聞こえなかったわ」
「一年です。ベルベル様は丸々一年眠っておられました。既に十三歳の誕生日は過ぎています」
「……は?」
「いや~♪ あの時ばかりは流石のダーリャも死ぬかと思いましたね~♪ 旦那様とメイド長の怒りようときたら♪ むしろ屋敷中? 総スカン? みたいな♪」
「……冗談よね?」
「本当ですよ?」
「……」
「……♪」
こ、こいつぅ……。
「頑張りましたよ~♪ ベルベル様のお身体は責任を持って完璧に治してみせると大見得切りまして♪ いや~~♪ ぶっちゃけ無理じゃないかな~とは思ってたんですよ~♪ けどやってみれば意外とどうとでもなるもんなんですね~♪」
「あ……アホじゃないの?」
……駄目だ。他にもっと言いたいことがあるのに出てこない。呆れすぎて言葉がまとまらない。
「も~ちょっとも~ちょっとって♪ ついつい回収するタイミングを逃してしまいまして♪ あんまりにもベルベル様が頑張るものですから♪ ほんとすんません♪」
……。
「なんへまひゃしひゃふかふんへふは?」
舌が一番ダメージ通りそうだからよ。
なんか目覚めてから目が変なの。ダーリャの身体が膨大な魔力でガッチガチに固められてるのが視えるのよ。
これは死線を彷徨った影響かしら。何か新しい力に目覚めたのかしら。
「ひゃぎっ!?」
ダーリャの口の中に冷気を流し込む。
やっぱ駄目ね。身体の内側からでも大したダメージにはならなそうだわ。
けどまあ、少しお仕置きするくらいなら十分でしょ。
「ぎゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!?」
今度は電気を流してみた。
うん。なんか出来る気がしたのよね。魔力で電気を起こすって。以前の私なら地水火風以外の魔術は使えなかった筈なのに。そもそも魔術自体がこんな繊細な操作が出来るようなものではなかったのに。
「う~ん。おかしいわね。私の裏拳程度で鼻血が出る筈もないのだけど。いったい私の隣で何をしていたのかしらね~」
「びゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!?」
これでは話せないわね。
仕方ない。
指先で舌を摘んだまま電気だけを止めてみる。
「暴れない方がいいわよ。舌、まだ氷で固めてあるから」
「ひゃ! ひゃい!!」
よろしい。
「そうだわ。折角だから答えてもらいましょう。ダーリャ。あなたは何者なの?」
「ひゃひゃ!?」
「早めに答えた方がいいわよ。でないと」
「ぎゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ~~~!?」
「こうなるから」
再び電気を止める。
「身体の中から丸焦げになりたくなければ素直に答えることね」
「ひゃ! ひゃい!!」
未知の刺激に流石のダーリャも困惑気味だ。
この世界、まだ電気通ってないものね。コンセントにピンセット突っ込んでみたなんて経験はないものね。
もちろん静電気くらいは経験あるでしょうけど、すぐさま結びつくものでもないでしょうし。
「……ふみゃみゃ~♪」
……おいこら。




