02-05.サバイバル生活:四日目・覚悟
サバイバル生活、四日目。
昨晩は壁際で一夜を明かした。
朝起きて驚いた。見張りを務めていた筈のフララが眠っており、キャンプの位置が変わっていたのだ。
明らかに壁が中心に向かって迫っている。
ダーリャは範囲を狭めるつもりだ。
まるでゲームマスター気取りだ。腹が立つ。
……いえね。わかってるのよ。これは必要なことだって。
ダーリャが必要のないことを強いる筈がない。ちゃんとわかってる。私の考えは甘いのだと。
それはそれとして腹が立つ。会ったら文句を言わなきゃ気が済まないくらいには腹が立つ。
先に一言くらい言っておいてほしいものだ。どうしてこう毎度毎度不意打ちなのだろうか。絶対趣味に決まってる。
魔力修行の時だってそうだ。いきなり縛られてどれだけ怖かったことか。あの時は今ほどダーリャを信頼していたわけでもない。本当の本当に怖かった。
今また同じことが繰り返されようとしている。
私の自由が奪われていく。
「ベティ様」
フララが私の手を握った。
いつの間にか身体が震えていたようだ。もちろん怒りによるものじゃない。それくらいわかってる。トラウマが刺激されたのだ。最初の魔力修行を思い出したのだ。
ううん。それも正確じゃない。忘れたことなんてない。魔力修行の度にトラウマを思い出している。刺激されている。穿り返されている。
これはもっと深い恐怖だ。本能的に蓋をしていた恐怖だ。
今にも泣き出したいくらいの恐怖を感じている。けれどこれは、魔物に対する恐怖ではない。命を奪う恐怖でもない。
私にとって最も怖いのは自由を奪われることだ。
薄暗い部屋に閉じ込められて、手足を縛られて。
一切の反抗も許されず、魔術を唱えなければ叩かれる。
憎き悪魔に打ち込んでみても、ただの一撃も通じない。
私はダーリャが怖い。ダーリャの齎す恐怖が怖い。
けどだからってダーリャを嫌いたくはない。ダーリャの齎す恐怖は愛ゆえのものだと知っているから。
だから私は怒るのだ。
ダーリャの憎たらしい笑顔を引っ叩くために進むのだ。
恐怖を怒りに変えて、ダーリャの待つ高みへと登るのだ。
「ありがとう、フララ。私は大丈夫」
「うん」
「行きましょう。フララ」
「うん!」
「力を貸しなさい。フララ」
「はい♪ ベティ様♪」
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見つけた!
都合良く魔物が一匹だけ近づいてきた。狼だ。
何かから必死に逃げている。こちらに気付いている様子もない。
初戦の相手としては悪くない。お誂向きだ。
都合が良すぎて大好きで憎たらしい笑顔が脳裏をよぎる。お仕置きを楽しみにしていなさい。とか言うと本当に楽しみにされるのよね。変態の相手はこれだから困るのだ。
「ストーンランス!!」
別に必要もないのに呪文名を叫んでみる。
景気づけだ。今回だけだ。初戦の初撃だけだ。こういう甘さも師匠は矯正しようとするかもだけど。
いや。案外と笑ってくれるかも。笑って同意した後に正論ダメ出しでハシゴを外しそう。アイツやっぱ普通に性格悪いわね。
「ベティ様!!」
やばッ!? 外した!? いや!? 避けられた!?
「グルゥゥゥゥラァァァアアアア!!!」
「っ!!」
フララの放ったストーンランスが狼の腹を正確に貫いた。
目と鼻の先で狼が静止した。
断末魔と共に吐き出された血を頭に浴びる。
「ベティ様!?!」
フララが慌てて私を押し倒した。
触診し、私に傷が無いとわかるなり頬を叩かれた。
「バカぁ!! バカベティー!! 油断しすぎだよぉ!!」
「ごめん……なさい……」
「うわぁぁぁぁああああん!!!」
フララは私に抱きついて泣き出した。
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「はんせー!!!」
唐突に泣き止んだフララは、私の上に跨ったまま怒り混じりの声を上げた。
「一つ。必要もないのに呪文名を叫んだ。一つ。避けられた後にも思考を続けて次への対応をしなかった。一つ。そもそも戦闘中に余計な考え事をしていた。……以上です」
「おおばかものー!!!」
「はい……私は大馬鹿者です……」
「もう! 次は絶対許さないんだからね!!」
「はい……反省してます……ごめんなさい……」
「もうもうもうもうもう!!」
牛さんになっちゃった……。
ポカポカと私の胸を叩くフララ。
お互い血塗れだ。全部狼魔物の血だけど。
「……ベティ様、なんでそんなに落ち着いてるの?」
「え? なんで……」
なんでかしら……。
「どうしてそんなに冷静なのに、バカなことしちゃったの」
「……冷静だからこそ?」
「そうだね。きっとそれが悪いんだよ。フララやダーちゃんが守ってくれるって思ってるから? だから冷静なの? 集中出来ないの?」
……どうだろう。
改めて考えてみると何か少し違う気もする。
さっきは私自身、同じことを考えたものだけど。
「……ここがゲームだから?」
「げーむ? この島が? ダーちゃんの仕組んだゲーム盤の上だからって言いたいの?」
やばい……フララの怒りがまた……。
「ち、ちがうの。そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて? なに? ちゃんと話して」
それは……まだフララには……伝えてないことで……。
「ベティ様。話して。話せ。話しなさい」
……はい。
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「ばっっっっっっっかっじゃないの!?」
うぐ……。
「ぜんせの記憶!? 神託は嘘!? だからなに!? ベティはここで生きてるの!! 怪我したら死んじゃうの! なんでわかんないの!? 本当に何言ってるの!? 変なことばっか考えてないでこっちを見て! フララを見てよ!! フララが死んだら嫌でしょ! フララだってベティが死んだら嫌なの!! 泣いちゃうの!! それが全部でしょ!!」
「ごめ……なさい……」
「許さない!! ちゃんと見てくれるまで許さない!! こっちを見て!! 余所見しないで!! フララを見て!!」
「は、はい……」
「フララは何!? おはなしの子!? それともベティの親友!? どっち!!」
「し、しんゆうです……」
「だよね! そうだよね!! 絶対に忘れないで!! 約束して!! もう絶対余所見しないって! 約束して!!」
「約束します……」
「声が小さい!!」
「や、約束する!! 約束するわ!!!」
「約束。約束だよ。破ったら絶対許さないからね」
「は、はい……」
「ならいいよ。一回だけ。今回だけ許してあげるね」
「ありがとう……フララ……」
「うん。ベティ」
……。
…………。
………………。
……こ、こわかったぁ。
フララに叱られたのは初めてだ……。出会ってから今まで怒らせたことだって無かったのに……。
……またトラウマになりそう。……夢に出てきそう。血塗れで迫るフララの顔が脳裏に焼き付いて離れない……。
……けど。
……だから……私は。
……ありがとう、フララ。
目が覚めたわ。あなたのお陰で。




