捜査開始
舞姫女子大の付属高校は全国で二十八校あり、関東では十一校ほど存在している。
雨音真理ちゃんはその中でも舞姫女子大に地理的にもっとも近い高校に在籍していた。
舞姫女子大学第一高等学校。
今、私たちの目の前にある女子高の名称である。
現在、午前十一時。
「女子高に入るのは初めてだ」
桜川さんが嫌そうに呟く。私は「そうなんですか」と相槌を打つ。
「女子高って聞いていたけど、普通の高校と変わりないな。高校時代を思い出す。ちなみに砂原さんの高校は共学だったか?」
「そうですね。共学でした。あまり偏差値が高い高校ではなかったですけど」
「ふうん、そうか。俺も共学だった」
「あれ? 女子高生が嫌いだったんじゃあなかったんですか?」
「男子高は嫌だったんだ。だってホモが居そうだろ?」
桜川さんはまた偏見と差別に満ちた暴言を放った。
「男子高に通う人たちに失礼ですよ。実例があるわけでもないのに」
「俺の知人が中学生のとき、学校見学で男子高のトイレ内でいらんことをしている音を聞いたらしいぞ」
「……マジですか?」
私個人は同性愛に理解がないわけではないけど、せめて場所を選んでほしいと思った。
「それを聞いて共学で良かったと心底痛感したよ。まあ俺なんかがホモに好かれるとは思えないが」
「そうは言い切れないと思いますけど……」
そう言うと桜川さんはなんともいえない顔になった。
「砂川さんは――おっと、青木が来たな」
私たちが学校の裏門で中身のない会話を続けていたのは単なる暇潰しだった。
青木さんが学校の事務職員に事情を説明して入校証を貰うまでの暇潰し。
「待たせたな二人とも。これが入校証だ」
青木さんが早足で近づいて、入校証を私たちに渡す。
「意外と早かったな。まあ事前に言ってあるんだから、当たり前か」
桜川さんは入校証を首にかけて早速校舎の中に入る。それに続いて私も入る。
「今、授業中だから静かにな」
青木さんの注意に桜川さんは「そっか」と短く答えて、それから何も喋らなかった。
私も自然と黙ってついていく。
青木さんの先導で校舎内に入って、来客用の入り口へと向かう。授業中とはいえ、水を打ったような静けさではなく、話し声や物音が響いてくる。
学校特有の雑音。
靴を脱いで来客用の下駄箱にしまい、スリッパに履き替える。
「まず始めは同級生の子たちからだ。坂井あかりと本多はじめ。二人とも空き教室で待っている」
廊下を歩きながら青木さんはぼそぼそ声で言う。
「担任の先生と校長も立ち会っているから発言には気をつけてくれ」
「そうか。できれば二人だけに訊きたかったが、まあ青木の仕事としては上等だな」
「お前マジで何様だよ」
私も、あんたは王様かよと思った。けど黙っておく。
しばらく歩いて、青木さんは「ここだ」と言って止まった。
「もう一度言うが、絶対に余計なこと言うなよ」
再度の注意にも耳を貸さず、桜川さんはドアを数回ノックして「失礼します」と言って入室した。
そこにいたのは、女子高生が二人、妙齢の女性が一人、初老の男性が一人、計四名が椅子に座っていた。
入り口から近いほうから説明すると、まず妙齢の女性。ワイシャツにレディーススラックスのシンプルな服装。つり目で厳しい印象を受ける。
女子高生の二人ともおとなしそうな顔つきをしていた。というより何か怯えているようだった。
向かって左の女の子はツインテール。
右の女の子はサイドテール。
座っていて判断できないけど、サイドテールの女の子は背が高い。バレー部員でもおかしくないくらい大きい。
ツインテールの女の子は、変わったところはなく、垂れ目なのが特徴だった。
二人とも色は違うけど同じデザインのシュシュをしていたのが気にかかった。
初老の男性は一目で高級だと分かるスーツに身を包んでいる。頭頂部がうっすら禿げていた。
私たちが教室に入ると四人が一斉に立ち上がる。
「本日はわざわざ時間を割いていただき、ありがとうございます」
青木さんが言うと初老の男性は「いえ、構いません」と応じた。
「我が校の生徒が痛ましいことになってしまったのですから、捜査に協力するのは当然です」
この初老の人が校長先生かな?
「青木から聞いていると思いますが、私は探偵の桜川元春といいます。こちらは助手の砂原めぐみです」
「砂原です。よろしくお願いします」
なんだか最近、自己紹介してばかりだと思った。
「私は本校の校長を務めております、岩木高志です」
「雨音真理の担任の不二曜子です」
岩木さんと不二さんは名刺を差し出す。桜川さんは「どうも、ご丁寧にありがとうございます」と言って自分の名刺と交換した。
「こちらの二人は坂井あかりと本多あかりです。二人ともご挨拶なさい」
そう不二さんに促されて、まずツインテールの女の子が「坂井です」と言い、サイドテールの女の子は「本多です」と言った。
「よろしくお願いします。では時間もありますし、早速お話を訊いてもよろしいでしょうか」
社交辞令もそこそこに、椅子に座る桜川さん。私も何か言われる前に、隣に座った。
青木さん以外の全員が座り「さて、今回の事件のことですが」と桜川さんが言い切る前に不二さんが「ちょっと待ってください」と遮った。
「失礼ですが、本当にあなたは信用できるんですか?」
「それは――どういうことですか?」
桜川さんは軽い感じで返す。
「警察ならまだしも、探偵ができることと言ったら、簡単な調査だけでしょう? 我々の話を訊いただけで、真相が分かるだなんて、ドラマじゃあるまいし……」
「ええ。不二さんの言うとおりです」
てっきり反論すると思ったが、意外と冷静に受け答えする。
「探偵。人の秘密を覗く下種な仕事です。こそこそ人の後ろを嗅ぎ回っている情けない仕事です。推理小説と違い、現実の探偵にできることなんて限られています。事件を解決するどころか、さらにややこしくしてしまうこともあるでしょう。しかし――」
桜川さんは笑みを添えて断言した。
「私は雨音夫妻に約束しました。『必ず解決させてみせます』と。一人の人間として、一度決めたことを守ります。それが私の信念です」
「……それは精神論でしょう。私が言いたいのは技術についてです」
随分手厳しいことを言う不二さん。仕事を休んで捜査協力をしている以上、間違ってはいないけど……
「うーん、そうですね……つまり、私がどれだけ有能か教えなければいけないんですね。まるで学校の先生のように」
桜川さんは肩を竦めて、青木さんのほうへ振り向く。
「青木、俺が解決してきた事件の数を言ってくれ」
「百十二……くらいだな」
百十二!? 予想だにしない数だった。
精々五十ぐらいだと思っていたけど……
「これは警察に協力して解決した事件です。実績はあると思いますが」
その言葉に、不二さんは「しかしですね」と更に言う。
「実績があると言っても――」
「先生、私は話してもいいと思います」
不二さんが言う途中でツインテールの女の子、坂井ちゃんが口を挟んだ。
「さ、坂井さん――」
「私、真理ちゃんが本当に好きでした。大好きだった真理ちゃんが死んで、本当に悲しくて胸が張り裂けそうでした。その一番悲しいのは、自殺かもしれないってことでした。真理ちゃんが自殺なんかするはずないのに!」
話すたびに涙が零れ落ちていく。
「わ、私なんかの、話で、犯人が分かればいいと、思います」
「あかり、無理しないでいいから」
本多ちゃんが坂井ちゃんの肩を抱いた。それで涙腺が決壊したのか、泣き出してしまった。
「えーと、そうだな。本多はじめさんはどう思う?」
「……あたしは犯人が捕まえれば、それでいいと思います」
坂井ちゃんを慰めながら毅然としていた。
「先生方、生徒たちの意見を尊重することも教育に必要なことだと考えますが」
桜川さんの言葉に「教育を引き合いに出されてしまったら何も言えませんね」と岩木さんが言った。
「不二先生、良いではありませんか。このまま真相が分からないのなら、託してみるのも悪くないと思いますよ」
「……納得はできませんが、仕方ありませんね」
不承不承といった感じで不二さんは矛先を収めた。
「ありがとうございます。それでは話を聞かせてもらいます」
本題に入ると、これで見るのは三回目になるのだけれど、テープレコーダーと手帳とペンを取り出した。
「失礼ですが記録を録らせていただきます。捜査が終わればすべて破棄します」
そう言って、テープレコーダーのスイッチを押すとすぐに質問を始めた。
「まず、雨音真理さんの性格を聞かせてくれるかな?」
「……性格、ですか? そうですね……つかみどころのない、不思議な性格をしていました」
本多ちゃんが思い出すように話し出した。
坂井ちゃんも涙を拭きながら「うん。変わってた」と同意した。
「変わっていたとは、具体的にどんなことかな?」
「変な子ってわけじゃあないんです」
坂井ちゃんは言葉を選びながら話す。
「普段は良い子なんですけど、どこか浮世離れしているというか、足元がふわふわしているというか、なんていうか、お嬢様みたいな子でした」
「とにかく純粋な子だったんです」
本多ちゃんが割り込むように言った。
「天国だったり天使だったりメルヘンなことを本気で信じているような子です。それは真理がクリスチャンだったことも関係していると思います」
クリスチャン? キリスト教徒?
「えっと、クリスチャンだって言うけど、カトリックなの? プロテスタントなの?」
桜川さんの質問に坂井ちゃんは「前に聞いたんですけど、多分カトリックです」と答えた。
「なるほど。だからさっき、坂井さんは『自殺なんかするはずない』って言ったんだね」
「はい……」
「それってどうしてですか?」
よく理解していなかったので桜川さんに訊くと「カトリックの教えだと自殺は地獄行きなんだ」と教えてくれた。
「純粋な子だって言ったから、天国だけじゃあない、地獄の存在も信じていた可能性がある」
「そうです。よく私とはじめちゃんがケンカしたとき『そんなことしていると地獄に行っちゃうよ!』って仲裁してくれたんです」
坂井ちゃんの言葉通りなら地獄を恐れて自殺しない可能性がある。
そういえば、奥様も自殺なんかしないって言ってたような。
「次の質問だけれど、二人はいつぐらいからの付き合いなんだ?」
桜川さんは手帳にメモしながら質問を続けた。
「私は幼稚園からの友達で、はじめちゃんは小学校からの友達です」
坂井ちゃんはどうしてそんなこと訊くんだろうと不思議に思っているようだ。
「普段は三人でよく一緒にいるの?」
「私は他にも友達がいるので、最近はあまり遊んでいなかったんです……」
「あたしもソフトボール部の部員と遊んでいたから、最近はちょっと」
「でも雨音真理さんは二人しか友達がいないって聞いたけど」
桜川さんの一言に二人は顔を見渡した。
「真理は人見知りが激しくて、あたしたちもなんとか友達を作ってあげようと思っていたんですけど、なかなか上手くいかなかったんです」
本多ちゃんは少し落ち込んでいるようだった。おそらく不本意なんだろう。死んでしまった友達にしてあげることなんてないという現状が嫌なんだろう。
「つまり、心を開いた人は君たち以外いないってことかな?」
「いえ、手芸同好会の先輩たちと仲が良かったんです」
坂井ちゃんが言うと、桜川さんは「手芸同好会?」と反応した。
「その人たちの話とかしたことあった?」
「はい、話題によく出てました」
本多ちゃんは思い出したように話す。
「先輩たちはみんな優しくしてくれるって、楽しそうに話したり、自分一人しか入っていなくて廃部になりそうだって悲しんだりしてました」
「どうして手芸同好会に入ったのかな?」
本多ちゃんは「昔から手芸が好きだったんで、高校で初めて部活で始めようとおもったんじゃないかなと思います」と答えた。
「そっか。他には何か聞いてない?」
「あたしは聞いてません」
「私もです」
二人がそう答えると桜川さんは角度を変えた質問をした。
「二人が雨音真理さんと交わした会話の中で印象に残ったことある?」
「うん? どういうことですか?」
「行動でもなんでもいいけど、とにかく印象に残ったことある? できれば高校からの出来事がいいけど」
質問の意図が分からない。なぜそんなことを訊くのか理解できない。
捜査と関係あるのだろうか?
二人もよく分からないといった感じだったけど、桜川さんは「ゆっくり思い出していいよ」と優しく言う。
しばらく静寂が続いてから、本多ちゃんが「そういえば――」と口火を切った。
「三週間か一ヶ月か覚えていないですけど、真理と久しぶりに三人で集まってお泊り会をしたんです」
お泊り会か。私は児童養護施設の出だから他人を泊まらせる経験があまりない。だから新鮮な単語だった。
「場所はあかりの家で、日にちは金曜日でした。土曜日は一緒に家の近くのショッピングモールで買い物に行こうって約束してたんです。その日、プレゼントでこのシュシュを貰ったんです」
本多ちゃんはシュシュを触りながら、どこか儚げに言う。
「真理がプレゼントしてくれるのは珍しいことじゃあなかったんですけど、いつも自信がなさげに『作ってみたけど、どうかな?』って言ってくれるんですけど『練習で作ったけど、今回は自信作だよ』っていったから、少しおかしいなって思ったんです」
些細なことだけど、それでも奇異に見えたようだ。僅かな変化を友達だから分かったんだろう。
本多ちゃんの話に坂井ちゃんは「そういえば」と何かに気づいたようだった。
「はじめちゃん、真理ちゃんそのとき変なこと言ってなかった?」
それは、布団の中での会話だったらしい。
『あかりちゃん、はじめちゃん。どうしたら幸せになれると思う?』
会話が一通り終わって、なんとなく静かになった頃合に、真理ちゃんが唐突に切り出したらしい。
『幸せ? 難しいこと訊くね。そうだね、毎日が楽しく暮らせたらそれでいいんじゃないのかな』
坂井ちゃんは気楽にそう答えたらしい。
『あたしは良い男と結婚して、子供を産んで、孫たちに囲まれる人生だと思う』
本多ちゃんは内心どうしてそんなことを訊くんだろうと思っていたけど、真面目に返したほうがいいと考えて、こう言った。
『そうだね。それも幸せの形だと思うよ』
真理ちゃんはニコニコ笑いながら、続けてこう言ったらしい。
『私は愛されることが一番の幸せだと思う』
真理ちゃんが哲学的な物言いとか自身の宗教観を語ることは珍しくなかったので、二人とも黙ったまま、聞いてたようだ。
『愛される対象もたくさんあるね。親が子供に、子供が親に感じる家族愛。友人同士の友愛。恋人同士の恋愛。そしてイエス様の無賞の愛。世界は色々な形の愛に満ち溢れているんだよ』
二人とも、まるで神父様の説教を聞いている感覚になっていたらしい。
『さて、二人とも。どの愛が一番、幸せに近いのだと思う?』
その質問に二人は少し悩んで、坂井ちゃんが最初に『友人同士の愛、かな』と答えた。
『だって、たくさんの人に備わっていて、たくさんの人に分け与えるじゃない?』
『あたしは家族愛だと思う』
本多ちゃんは断言した。
『一番下心とか見返りを求められない愛だと思うしね』
二人の意見に真理ちゃんは満足したようだったけど、『私はそれじゃないと思う』と否定した。
『もっとも幸せに近いのは、恋愛だよ』
それは女子高生という立場から見て、別段おかしくはないと思ったけど、敬虔なクリスチャンかつそういうことに疎そうな真理ちゃんからそんな言葉が出たのに、二人はとても驚いたらしい。
『深いことは言うつもりはないよ』
真理ちゃんは驚く二人に対して、肩を竦めて言ったらしい。
『愛したい人に愛されたい気持ちが一番幸せに近いのだと、最近思うようになったの』
『真理ちゃん、誰か好きな人がいるの?』
坂井ちゃんがそう訊ねると真理ちゃんは顔を赤くしたらしい。
まるで完熟トマトのようだったみたいだ。
『いないことはないけど、多分実らないよ』
真理ちゃんが恥ずかしがりながらそう弁明すると、坂井ちゃんと本多ちゃんが『一体誰なの?』と訊いたらしい。
二人は嬉しかったようだ。高校は恋愛禁止って訳ではなく、現に二人とも他校に彼氏がいたこともあったし、浮いた話もない真理ちゃんの初めての恋に応援したい気持ちがあったらしい。
『今は言えないけど、いつかは言うよ』
二人の追及に根負けしたのか、消え入りそうな声で約束したようだ。
『で、いつ告白するの?』
坂井ちゃんが大胆にもそう訊くと真理ちゃんは『……内緒』と言った。
『とにかく、恋愛は幸せに近いの』
照れ隠しのように結論を出した。
そして二人の印象に残る一言を言ったらしい。
『私は、幸せに包まれながら、死ねたら嬉しいの』
笑顔でそんなことを言って、真理ちゃんは布団の中に潜った。
話はおしまいとばかりな行動だった。
二人は、けらけら笑いながら、真理ちゃんの初恋を応援してあげようと思ったらしい。
それが死ぬ前にした最後のお泊り会だったようだ。
「それが気になった言葉でした」
坂井ちゃんの言葉に、桜川さんは頷きながら「なるほどね」と小さく呟いた。
私の抱いた感想としては、真理ちゃんの死の真相に近づいていくような話ではなかったと思う。
多感な時期だから簡単に死にたいとかいうと思うし。
率直に言って、得たものはなかった。
「他には何か、気になったことある?」
桜川さんが訊くと「ありません」と本多ちゃんが言った。
「そっか。ありがとう。辛いことを思い出させてしまったね。岩木校長、不二先生、もういいですよ」
桜川さんはテープレコーダーのスイッチをオフにした。
「もう、よろしいのですか?」
岩木さんは困惑したようだった。私もそんな短い質問で事件の真相が分かったとは思えない。
「ええ、いいんです。後は手芸同好会の人に話を聞きますから、大丈夫です。それにもうすぐ昼休みですよね」
教室に掛けてあった時計を見ると、十二時を少し越していた。
「一時間の約束ですので。二人ともありがとう。貴重なお話だったよ」
にこやかに話す桜川さんに、坂井ちゃんは「本当に犯人を見つけられるんですか?」と訊いた。
「信用がないわけではないんですけど――」
「安心して。必ず真相を明らかにするから」
言葉を遮って約束する桜川さん。
「俺は漫画に登場する名探偵じゃないし、推理小説みたいな名推理するような人間じゃあない。だけど、事件は必ず解決してみせる」
「その、根拠はどこにあるんですか?」
本多ちゃんが訊くと桜川さんは胸を張ってこう答えた。
「なぜなら、俺が探偵だからだ」
言っている意味が分からない。
けれど、どこか説得力もあって。
誰もが否定できなかった。




