捜査開始 その2
「真理さんが自殺するとは思えません。探偵さん、どうか犯人を見つけてください」
開口一番にそう言ったのは、手芸同好会の元会長、小西琴音ちゃんだった。
時刻は午後五時。すっかり放課後になってしまってから、手芸同好会の面々と話を伺うことになってしまった。
それに至る前、私と青木さんと桜川さんの三人で女子高の近くのファミレスでご飯を食べて、放課後まで時間を潰した。
その間、桜川さんはあまり口を開かなかった。青木さんは途中で席を離れた。一旦警視庁に戻ってデスクワークをしなければならないらしい。
私から会話を始めるのも、考え事の邪魔になるのも良くないと思ったので、黙ったままでいた。
「砂原さん、友達ってなんだろうな」
二杯目の紅茶を飲みながら、桜川さんが訊いてきた。
「友達、ですか? なんだと訊かれたら一緒に遊んだり、食事したりする間柄だと思いますけど」
「さっきその友人たちに訊いても、仲の良いイメージが湧かなかったな。ただの仲の良い他人という印象だった」
うーん、そうだろうか。
「別段不仲な感じはしなかったですけど」
「砂原さんがそう思うなら、そうだろうな。だけど、友達のパーソナリティを『不思議』だなんていう奴は初めて聞くよ。普通はもっとディープな性格を言うはずだ。これは探偵としての経験から分かるんだが」
「友達だってなんでも話すわけないじゃないですか。一つや二つ、言いたくないことだってありますよ」
そう言っても、桜川さんは解せないようだった。
そして、約束の時間になり、青木さんが再びやってきて今度は手芸同好会の人たちと話をすることとなった。
学校側の立会人はまた岩木さん。
校長先生って忙しくないんだろうかと思ったけど、時間を割いてくれているのだと思った。
そして午前と同じ空き教室で話すことになった。
「――自殺なんかしないって、どういうことかな?」
手帳とペンを用意してからテープレコーダーのスイッチを押して、桜川さんが訊ねた。
小西ちゃんは「絶対しないんです」と毅然としながら言う。
小西ちゃんはショートヘアで目元に泣きぼくろがある。一目でしっかりした性格を思わせる女子だった。
「だって、作品をそのままにして自殺なんかするはずないんですよ」
「作品? 手芸同好会だから織物のことを言ってるのかな?」
桜川さんが訊ね返すと「そうなんです」と今度は加藤小鳥ちゃんが同意した。
「同好会の存続を懸けた作品なんです。普通自殺する人間はやり残して死ぬはずないんです」
同好会の存続。確か三年生である彼女たちが引退した今、真理ちゃんだけが同好会の会員だったはず。
「顧問の先生が廃部にするのを防ぐために、雨音ちゃんに課題を出したんです」
加藤ちゃんは量の多いふるゆわなボブカットをしていて、今どきの女子高生というイメージを受ける。
「その課題って何かな?」
「クロスステッチです。もう少しで完成でした。真理ちゃんは一生懸命縫っていて、クオリティも高くて、まるでデパートで売ってるような作品でした」
そう言ったのは副会長だった熊谷久美ちゃん。ロングヘアなのに縛らず、流れるままにしていた。どこか不安気な表情をしている。
「クロスステッチって刺繍のやり方だよね。それって難しいのかな」
「いえ、初心者でも比較的にできる、簡単で取っ付き易いと思います。顧問の先生も真理のためにこういう課題を出したんです」
外はねが目立つ、ショートボブの活発的で健康的な女の子、如月香織ちゃんが言った。
「とにかく真理さんが自殺するはずがないんです。お分かりですか?」
小西ちゃんがそうまとめると桜川さんは頬を掻きながら次の質問をした。
「四人とも同好会を引退した後、雨音真理さんは独りで手芸をしてたの?」
「いえ、時折様子を見ていました。独りは辛いですし、私たちは全員内部受験で舞姫女子大に進学が決まっていましたので、他の人より余裕もありました」
小西ちゃんは会長らしく後輩に気を使っていたらしい。
他の三人も「そうです」と頷いた。
「じゃあ雨音真理さんが亡くなった当日、誰が最後までいたのかな?」
四人は顔を互いに見て、小西ちゃんが「私は居ませんでした」と答えた。
「その場にいたのは私と小鳥ちゃんと香織ちゃんです」
熊谷ちゃんが代表して言った。
「そのとき、様子はおかしくなかった?」
「おかしくなかったですけど、関係あるんですか?」
不審げに如月ちゃんが言うと「一応訊かないといけないから」と桜川さんが弁解した。
「警察がよく言う関係者に必ず訊いています的なものだよ。他意はないさ」
「そうですか……」
「それで、おかしいことあった?」
桜川さんが改めて訊くと加藤ちゃんは「別に変わったことはありませんよ」と言った。
「私は途中で抜けたので、様子がおかしいのは分かりませんでした」
「どうして途中で抜けたのかな?」
「学校の図書館で借りた本を返すのを忘れるところだったんです。期限が過ぎるとしばらく新しい本が借りられないから、急いで行きました」
加藤ちゃんの言葉に「なるほど」と納得すると「じゃあ最後にあったのは誰?」と桜川さんが訊いた。
「私です。今後の同好会の運営について訊きたいことがあるって言われたんです」
熊谷ちゃんが手を挙げて言うと「如月さんは残らなかったんだね。どうしてだい?」と桜川さんは訊いた。
「私はその日、母の誕生日だったんです。急いで帰らないといけなかったんですけど、話に夢中になって、気づいたら約束の時間になったから、そのまま帰ったんです」
「小西さんは何か用事があっていなかったのかな?」
桜川さんが小西ちゃんに訊ねた。
「クラスの友達と勉強してました。私以外の三人がいるって知っていたので、だったら私が居なくてもいいかなと思って行かなかったんです。それが、まさか……」
小西ちゃんが目を伏せて、悲しげな表情を見せた。後悔をしているのだろう。最後に会えなかったのだから。
「最後に会った熊谷さん。そのとき雨音真理さんの様子と言動に何か普段とは違うところはあった?」
「……いえ、ありませんでした」
熊谷ちゃんは目を逸らして言う。
「では他の三人にも訊くけど、その日以外で変わったことはなかった?」
桜川さんの言葉に「いえ、ありません」とそれぞれが答える。
「そっか。雨音真理さんは何か重大な悩みを持っていたらしいけど、それについては知らない?」
重大な悩み? ああ、好きな人がいることかなと思ったけど、口に出さなかった。
「特には聞いていませんね。真理さんはそういうことを言う人ではありませんでした」
小西ちゃんがそういうと三人も同意見なのか「そうだよね」と頷いた。
「内に秘めるというか、自分だけで押さえ込もうとしていたタイプだったよね」
如月ちゃんが言うと加藤ちゃんも「いつか暴走しそうだったよね」と肯定した。
「なるほどね。話を変えるけど、先輩の立場から見て、雨音真理さんはどういう後輩だった?」
「素直で従順な後輩でした」
小西ちゃんは率直に言った。
「私たち先輩に逆らったことはありませんでした。もちろん理不尽なことはしたことはないですけど、私たちの意見を無碍にしたことはありません。おそらく命令したらできうる限りですけど従っていたはずです」
後輩としては美徳だけれど、人としてはどうだろうと思う。
「そんな命令をしたことは?」
「ありませんよ! そんなこと!」
小西ちゃんは、少し怒ったような声を出した。
「たった一人の後輩だったんです! 可愛がって、やさしくして、旅行に行ったり、楽しいこともたくさんして――」
小西ちゃんの両目から大粒の涙が溢れる。
如月ちゃんが「大丈夫、大丈夫だから」と頭を撫でながら慰める。
「あー、嫌な質問だったね」
そうは言うものの、謝りもしない桜川さんだった。
小西ちゃんが泣き終わるまでしばらく時間が経過した。その間、私たちの誰も声を発しなかった。
「すみませんでした。取り乱したりして」
頭を下げて謝る小西ちゃんに「いいよ。まだ時間あるし」とどうでも良さそうに言う。
「話を変えようか。雨音真理さんの性格について教えてもらえるかな?」
これは坂井ちゃんと本多ちゃんにも聞いた事柄だった。
友人と先輩。二つの視点から真理ちゃんの性格を分析するつもりなのだろうか。
「優しくて内気な子でしたよ。人に恨まれるような性格でもありませんでした」
加藤ちゃんが代表するように言った。
友人たちと同じようなことを言っているように思えた。
「優しくて内気か……」
「私は真理さんのことは大胆な人だと思ってました」
小西ちゃんは内気と間逆のことを言った。
「だって、友達も誘わずに独りで手芸同好会に入ったんですよ。改めて不思議だと思いませんか?」
不思議な性格か。それも友人たちの感想と同じだ。
「不思議ちゃんっていうほどじゃないんですよ。でも現実離れしているような、子供がそのまま高校生になったような、そんな性格をしていました」
小西ちゃんの言葉に三人とも「そうだね」と同意した。
如月ちゃんは「だから、恨まれたり、殺されたりする人ではなかったんです」と断言した。
「ふうん。自殺でも他殺でもありえない、そう言いたいんだね」
桜川さんは手帳に何やらメモしている。
「それと感受性の強い人でもありました」
加藤ちゃんが思い出したように言う。
「私とか如月ちゃんは怒りっぽいところがあって、ある日、とある出来事でイライラしていたら雨音ちゃんは『先輩、どうかしたんですか?』とすぐに訊いてきたんです。感情が顔に出やすいこともあったと思いますけど、それでも人の感情を読み取りやすい子だったと思います」
感受性の強い子は児童養護施設には意外と多く居た。親から悲しいことや痛いことを教えられた子ほど、感受性が強かったと私は思う。
それに感受性が豊かな人ほど傷つけやすい傾向がある。
「なるほど。感受性が強いんだね。それって手芸に影響あるかな?」
「影響って、どういう意味ですか?」
熊谷ちゃんが訊くと桜川さんは「たとえばの話だけど――」と前置きをして言った。
「絵画とか彫刻だとか、芸術って作者のメンタルに影響して作品が完成していくと思う。手芸にも同じことが言えるんじゃないかなと思って」
「それも捜査に関係あるんですか?」
如月ちゃんが疑わしげに訊ねると桜川さんは「少しだけあるんだ」と嘯いた。
「何が捜査に関係あるか分からないからね」
「……メンタルは関係ないと思います」
小西ちゃんがきっぱりと言う。
「手芸は芸術ではなく技術なんです。日によって調子が出たり出なかったりするのはあります。でも精神的なブレがあるとは思えません」
「そうとも限らないよ」
そういったのは加藤ちゃんだった。
「真心を持って、渡す相手のことを思えば、技術以上に作ることができると私はそう思います」
当然だけど意見が分かれてしまう。これはメンタルの中でも前向きな感情、すなわち心がけが大事なんだと思った。
小西ちゃんの考え方だと、コンスタントに良品を作れる。加藤ちゃんの考え方だと十個に一個は最高級のものが作れる。
どっちが正しいんじゃなくて、どっちも正しい。敢えて答えを出す必要はないんだと思う。
「つまり、感受性は手芸に関係あるかもしれないし、ないかもしれない。なかなか興味深かったよ」
そう言って手帳をぱたんと折りたたみ、テープレコーダーのスイッチを切った。
「ありがとう。時間を取らせたね。こちらからは以上だ」
「それくらいで良かったんですか?」
熊谷ちゃんは目をぱちくりして訊ねた。
「ああ、もういいよ。だいたい分かってきたからいいんだ」
本当に真相に近づいているんだろうか。自分のことではないのに、だんだんと不安になってきた。
「是非、犯人を突き止めてください。お願いします」
小西ちゃんが立ち上がり、テーブルにぶつかるくらい深く頭を下げた。
「お願いします」
他の三人も同じように下げた。
「任せておいて。真相を明らかにしてみせるから」
桜川さんはにっこり笑って、続けてこう言った。
「一番に知らせてあげるから」
「それで、どこまで真相に近づいているんですか?」
時刻は午後七時。
事務所に戻ってから気になったので桜川さんに訊いたら「さあねえ」と適当に返事された。
さあねえって……
「誤魔化さないでくださいよ。分からないなら分からないって言ってください」
「三分の一ぐらいかな。分かったのは」
安楽椅子に腰掛けながら、紅茶を飲みつつ軽い感じでそう言われた。
「三分の一って……よく分からないんですけど、何が分かっているんですか?」
「それはトップシークレットだ」
柳に風と言わんばかりにのらりくらりとかわす桜川さん。
私はやれやれと肩を落とした。
「じゃあ逆に、分からないことってなんですか?」
「どうして駅で死んだのか、だな」
「うん? 駅で死んだ……? ああ、真理ちゃんのことですね」
どこがどうおかしいんだろう?
「死ぬんならもっと方法があったはずだ。自殺なら飛び降り、他殺ならそれこそいろんな方法がある。なのにだ、どうして雨音真理は駅で死ななければならなかったのか、不思議でしょうがない」
そう言われれば不可解だ。自殺にしても他殺にしても、死に易かったり殺し易かったりするような手段ではない。
「それと、なぜ死ななければならなかったのか」
それは――根本的な疑問だ。
「人に恨まれたりしない性格だったらしい雨音真理が殺される動機も分からないし、自殺する理由も分からない」
「もしかしてほとんど分かっていないんですか?」
「だからさっき言ったろう? 三分の一しか分かっていないって」
考えてみれば当たり前の話だった。関係者に話を聞いただけですべての真相が分かったら名探偵だ。
桜川元春は名探偵ではない。
それは自身でも言っている通りだ。
「さて、今後の予定を決めておこうか」
桜川さんは紅茶をぐいっと飲み干して、安楽椅子から身体を起こし、明るい声で言う。
「砂原さん、足りない情報を集めるにはどうしたらいいと思う?」
「……私に分かるわけないじゃないですか」
「深く考えなくていいさ。適当に言ってくれればいい」
あなたは深く考えたほうがいいですよ、と言いたかったけど言わないことにする。
「そうですね……竹尾駅に行くのはどうでしょうか」
捜査の定石と言えばいいのか、実際の現場を訪れることは推理小説でよくあることだ。
何らかのインスピレーションを与えられるのかもしれないし。
「あ、ごめん。日曜日にそこ行っちゃったんだよ」
「えっ? 土日は休みじゃないんですか?」
土日は休むと公言していたはずだ。
まあ休日に何しようと勝手だけど。
「本当は行くつもりなかったが、暇だったこともあってな。俺の感想だと、普通の駅だったな。自殺しやすいとは思えないし、他殺しやすいとも思えなかった」
そんな目線で駅を眺めるのは嫌だなあと思った。
「もう二週間も過ぎたから、掃除されていて事件の痕跡がなかった」
「痕跡って、なんですか?」
「血とか臭いとか。綺麗に掃除されて、まるで少女が死んだこと事態、隠蔽されてしまったようだったよ」
「……そうしないと利用客が減りますから」
「雨音夫妻は話を持ってくるのが遅すぎたのだ」
「娘が亡くなってからすぐに探偵に依頼しないでしょう」
当たり前のことを言うと「そうだけどさ」と口を尖らせた。
「事件には鮮度があることを理解しない素人が多いんだ。腐らせたら誰も解決できない」
「そんな魚介類みたいなことを言わないでください」
弱気なことを言われたら、どう対処していいか分からない。
しばらく桜川さんは黙って宙を睨み、考え込んでから、こう言った。
「とりあえず、一回雨音真理の家に行くしかないな」
「どうしてですか?」
「俺はまだ、雨音真理という人物を知らないんだなあと思ったからだ」
「…………」
「死因が自殺にしろ、他殺にしろ、被害者のことをよく知るのは大切だ」
桜川さんは推理小説に出てくる探偵と間逆だと思った。
フィクションの探偵は動機よりもトリックやアリバイ崩しに焦点を当てる。動機は度外視して犯人を特定することに尽力を注いでいる。
桜川さんは違う。すべての行動に理由があり、その一つ一つを丁寧に仕分けすることで真相を明らかにするのだ。
このとき、私は勘違いをしていた。
今、現実に起こっている事件の全貌に恐ろしい背景があると勘違いしていた。
目撃者がいない飛び込み。
自殺しそうにない少女の、自殺もしくは他殺。
これらの出来事に一つの結論が出せるとして、何が目的なのか。
私には分からなかった。
その後、桜川さんは雨音さんに電話をかけて、自宅の探索をしたい旨を伝えた。
どうやら快諾されたようだった。
それから私は調理室に行ってしまったので途中からしか聞いていなかったけど、青木さんにも何やら頼みごとをしていたようだ。
そして新しい紅茶を注いでから、帰宅していいと言われた。
「分かりました。ところでまたどこか行くんですか?」
「そうだな。まずは雨音真理の家に行ってから、とある男に会いに病院に行く」
とある男とぼかさないで、はっきり言ってほしかった。
「名前は分からない。まあ青木が後で教えてくれるだろう」
できれば病院なんかに行きたくないけど、雇用主の命令には逆らえない。
「じゃあ、また明日」
「お疲れ様でした」
別れの挨拶をして、事務所の玄関から外に出る。
「大丈夫かな……」
急に不安になってきた。
はたして残り四日で事件は解決できるのだろうか。
名探偵どころか探偵ですらないただの助手には、予想ができなかった。




