第五話 これは初デートなのか
伊達小春からのメッセージは映画への誘いであった。
伊達小春が見たいというアニメ映画は最近公開されたものでタイトルを「血の呪いと五人の花嫁」というものであった。
映画のジャンルはFateなどでおなじみのファンタジーバトルロワイヤルである。
生き残るために主人公の血が必要な五人のヒロインがバトルロワイヤルを繰り広げるものだ。
そして五人の花嫁の一人廣川飛鳥役はあの富士宮林檎であった。
前々から見たいと思っていた映画なんだよな。
僕は伊達小春とメールをやりとりして、2月の終わり頃の金曜日にその映画を見に行くことになった。
仕事が終わり、帰宅する僕に鳥居元夜先輩が話しかけてきた。
「青年、最近楽しそうじゃないか」
猫顔の先輩は当たり前のように僕の肩の上に顎を乗せる。
「いやぁ、青年の肩の上が一番落ち着くわ。月額千円で貸してくれないかな。肩のサブスクなんちってね」
貸す気もないし、千円は安すぎる。
それに肩のサブスクってなんだよな。
「鳥居先輩、僕もう帰るんで離れてくれませんか」
猫みたいにひっつく先輩を引きはがす。
「青年は冷たいな。入社したてのころは可愛かったのに。電話の受け答えでカミカミになってた青年が懐かしいわ。お電話ありがとうございますにゃるみ出版でしゅなんて。はぁあの頃の青年は何処へ」
黒歴史を掘り返されてむかついたので、僕はお疲れ様でしたと言い、帰宅した。
そして数日が過ぎて、金曜日の夕方がやってきた。
待ち合わせ場所は南海難波駅の北改札をでたところ左手側のスカイオ入り口である。
5時50分に到着した僕は待ち合わせ場所に向かう。
そこには伊達小春がいた。
遠目でもわかるほどの可愛らしいオーラを放っていた。
この日の伊達小春は桃色のロングカーディガンに花がらのワンピースというスタイルであった。
小柄な伊達小春によく似合う服装だった。
「あ、結城君!」
僕に気づいた伊達小春はぺこりと頭をさげる。
計算なのか自然なのか、動作の一つ一つが可愛らしい。
「ま、待った?」
僕が訊くと伊達小春は顔を左右に降る。
「うんうん、私も今来たところ」
にこやかに伊達小春は答える。
夢にまで見た会話のパターンに目頭がジンと熱くなる。
僕たちはなんばパークス8階にあるパークスシネマニア向う。
伊達小春は発見機でチケットを発券する。
すでにネットで予約しているとのことだ。
席は通路側の真ん中ぐらい並びであった。
真ん中席のだとトイレに行きたくなったらこまるんだよな。
伊達小春の席選びのセンスに感動すら覚える。
僕は自分の分のチケット代金を伊達小春に渡した。
「ねえ、映画館のドリンクって私には多いんだよね。結城君、シェアしない?」
伊達小春の提案にどきりとする。
これは間接キスの提案か。
いや、中学生じゃあるまいし考えすぎだ。
きっと言葉通りにドリンクの量が多いのでもったいないからシェアしようという話だ。
僕は伊達小春の提案を受けて、コーラのLサイズを頼んだ。
たしかにドリンクを二つ買うより、こちらのほうがコスパは良い。
僕たちは座席にすわる。
週末、しかも人気のアニメということもありけっこう座席はうまっていた。
長いCMと予告編が終わり、ようやく本編が始まった。
ストーリーを一言で現すと怒涛であった。
主人公を我が物にしなければ五人の花嫁たちは死んでしまうという設定である。
無茶な設定だが、それを納得させる作画のクオリティと声優陣の演技が圧巻であった。
特筆すべきは五人の花嫁の一人、凶気の花嫁廣川飛鳥を演じる富士宮林檎の声である。その声の力に圧倒させられた。
五人の花嫁で誰を推すかと問われれば富士宮林檎演じる廣川飛鳥になるだろう。
その声には人を強烈に引き寄せるカリスマがあった。
個人的な感想だけどこの映画で富士宮林檎は一つレベルを上げた気がする。
アイドル声優から実力個性派声優になりつつある。
ぎりりという何かが軋む音が隣からする。
ふとふりむくと伊達小春が親指の爪を噛みちぎるのではないかというぐらいに噛んでいた。
目を紅くして、スクリーンを見ている。
こんなに真剣にアニメに集中しているなんて、オタクとして見習わなければいけない。
こうして90分はあっという間に過ぎた。
僕も隣に伊達小春がいることを忘れてしまうほど映画に魅入られた。
それほどこの「血の呪いと五人の花嫁」は面白かった。
エンドロールが終わり、僕たちはシアターを後にした。
スタッフに空になったドリンクの紙コップを渡す。
ありがとうございますと言うスタッフにありがとうと答える。
そんな僕を伊達小春は上目遣いで見る。
背の低い女子の上目遣いはたまらないものがある。
姉の優美は175センチメートルある僕とそれほど変わらないので、こんなふうに見られたことはない。
「お腹空いたね、ご飯食べに行く?」
伊達小春の提案もまた受け入れることにした。
彼女はデートプランを考えて来てくれてのだろうか。
なんだかバッチリなタイムスケジュールなような気がする。
僕たちはなんばパークス6階にある和食屋さんに入る。
ちょうど二人席が空いているということで僕たちは向かい合わせに座る。
「結城君ってお酒飲めるの?」
メニューを見る伊達小春は僕に訊く。
「お酒飲めないんだ」
僕は体質的に酒は飲めない。
姉の優美は毎日飲酒しているが。
優美の辞書には休肝日というワードはないようだ。
「あの…… お酒頼んでいい?」
丸眼鏡越しに伊達小春は僕を見る。
「別にいいよ」
僕が答えると伊達小春は嬉しそうに微笑む。
やはり女子は笑顔に限るな。
伊達小春は冷酒を頼み、僕は烏龍茶を頼んだ。料理は若鶏の唐揚げ、だし巻き玉子、揚げだし豆腐、ホッケの開き、刺身の盛り合わせを頼んだ。
けっこうな量を頼んだけど、伊達小春はもりもり食べて、ごくごくと酒を飲んだ。
気持ちの良い食べっぷりと飲みっぷりだ。
僕は食べている時の女子を見るのが好きという性癖がある。
暇なときはYouTubeでそんな動画を流し見るしている。
伊達小春の食べっぷりはトップクラスの可愛さに値する。
「富士宮林檎の演技すごかったね」
僕が映画の話題をふると、だし巻き玉子を切っていた伊達小春の手がピタリと止まる。
「林檎ちゃんの演技さすがと言わざるおえないわ。ブレスひとつとっても感情がこもってる。表現の幅が半端ないのよね。まさに魂がこもっていたわ。林檎ちゃんの個性を出しながら、キャラクターに生命を吹き込んでいる。それに声が耳に心地よくて、人を魅了する。声だけで人を引きつけるカリスマがあるのよね。才能があるのに努力を惜しまない林檎ちゃんの可能性がまたひとつ開かれたわ」
声優の話題になると伊達小春は口が止まらないようだ。
伊達小春もオタクだということだが、彼女は声優オタクだということか。
まあ、オタクが好きなことに早口になり話が長くなるのは習性のようなものだ。
僕と伊達小春は飲み食いしながらこの後も会話を楽しんだ。




