第六話 伊達小春という女
※伊達小春視点
三月のはじめ頃、難波は日本橋にあるカフェ「すみれ」を小春は訪れた。
そのカフェに来たのは、一年ぶりに旧友に会うためである。
すみれのマスターにカフェオレを注文し、テーブル席で待つ。
スマートフォンでXをみて時間を潰していると耳に心地よい魅力的な声がした。
「春のん、久しぶり」
小春が声の方に視線を送るとメジャーリークのキャップをかぶった背の高い美人が立っていた。
桃色がかった金髪に宝石を連想させる青い瞳をしている。MA-1フライトジャケットにスリムのデニムという服装ながら、女性的な魅力に溢れている。
出るところはでていて、細いところは細い。ウエストなどは小春の頭ぐらいの細さしかない。
女神が降臨したのではないかと思わせるほどの美貌の持ち主であった。
「林檎ちゃん、久しぶり」
小春は顔の横で小さく手をふる。
背の高い女神級の美人は伊達小春の高校時代の同級生である富士宮林檎であった。
富士宮林檎は小春の向かいに腰かける。
オーダーを聞きに来た老婦人にデザートトーストとコーラを注文した。
「いやぁここのデザートトーストすっごく食べたかったんだよね。マネージャーに無理言って抜けてきてよかった。それに春のんにも会いたかったしね」
富士宮林檎はウインクする。
それだけで映画のワンシーンみたいだと小春は思った。
「林檎ちゃん、お仕事忙しい?」
小春は林檎に、そう尋ねた。
今の小春はスーパーのパート店員なので、それほど忙しいわけではない。
対して富士宮林檎は今や売れっ子声優なので超多忙であろう。
「まあ、忙しいっちゃあ忙しいかな。楽しいからいいんだけど」
林檎がそう答えたあと、料理が運ばれてきた。
林檎はいただきますといい、トーストに生クリームをたっぷりつけて頬張る。
「う〜ん、幸せの味がするわ」
林檎のセリフと所作もCMのようだと小春は思う。
林檎は生きているだけで花やかで周りを楽しくさせる存在であった。
「それで春のん、最近どうなの?」
唇についた生クリームをぺろりと舐めて、林檎は近況を訊く。
「えっとね、前にいってた嘘告白してしまった人に再会したの……」
小春は結果的に嘘告白になってしまった相手と再会したことを林檎に告げた。
そしてその経緯と最近一緒に映画を見に行ったことも話した。
「ちょいちょい、春のん。あんたその人に謝ってないじゃん。ずっと言い訳してるみたいになってるよ」
林檎は小春に人差し指をたて、注意する。
「だって私、悪くないもん」
ぷっと小春は頬をふくらませる。
少しは悪いと思うが、本当に悪いのは力で支配していた石田弥生ら三人組だ。
自分はかわいそうな犠牲者だ。
小春はそう考える。
「いやぁ相変わらず他責思考だね。まあそれが春のんの防御手段なんだろうね。私からのアドバイスとしては、どこかのタイミングで謝っといたほうがいいよ」
林檎はずすっとコーラを飲む。
ふうっと息を吐き、林檎は眼鏡の奥の小春の大きな瞳を見る。
「それで春のん、あんた戻ってこないの?」
林檎は真剣な顔をしている。
そんな顔も美人だなと小春は思う。
小春は半分ほど飲んだカフェオレの表面を見る。
五秒ほどの沈黙。
「まだあのこと気にしてるの? あんなの無視しとけばいいんだよ。春のんは仕事をしただけなんだからさ」
にこりと林檎は微笑む。
小春はこの林檎の笑顔が好きだ。
人を幸せにする笑顔だと小春は思う。
高校を卒業した伊達小春は夢である声優になるため養成学校に通った。林檎も同じ養成学校の出身である。
恵まれたルックスと類まれなる表現力をもつ林檎は養成学校に通いながらも仕事のオファーが来ていた。
小春は養成学校に通い、技術をみにつけながら林檎の背中を追いかけていた。
そして養成学校を出た小春はとある仕事を受ける。
それはいわゆるエロゲーのヒロインの一人の役であった。
他にも小さな仕事をいくつもこなし、小春はようやく名前のつくキャラに声を当てられるようになった。
そんな小春に林檎ともう一人の声優七瀬結愛と三人で声優アイドルグループでデビューしないかという誘いがあった。
七瀬結愛は父親が声優で母親が女優というサラブレッドの家系の出である。
小春の所属事務所やレコード会社もかなり気合いの入ったグループとなる予定であった。
しかし、デビューしたのは林檎と結愛の二人組みという結果になった。
デビュー寸前に小春がエロゲーに出ていたということがネットに広がり、炎上した。
誹謗中傷がネットの中で渦巻き、所属事務所にも抗議の電話が寄せられた。
子どもに見せられないだの、汚れてるだのとひどい言われようであった。
それを見た小春はパニック障害をおこし、声優業を休業し、地本の大阪に帰ってきた。
「私、あんたの声好きだよ。春のんの萌ボイスって聞いてたらきゅんきゅんするんだよね。それにあんたは受けた仕事をやっただけだよ。それも真面目にね。だから気にすることないよ」
林檎はそう言い、またウインクする。
なおも黙っている小春に林檎は語りかける。
「エロゲーだって立派な仕事だよ。私もやってみたいと思ってるのよね」
そう言う林檎を小春はにらみつける。
「だって林檎ちゃん、いきなり売れたじゃない。私、頑張ったんだよ。追いつきたくて、来た仕事は何でも受けたの……」
「春のんのそう言うところ、私好きだよ。私だってオファーがあったらやってたよ」
「嘘いいなよ。皆のアイドル富士宮林檎がエロゲーのヒロインなんてするわけないじゃん」
「エロゲーのヒロインなんてって、言い方良くない。私だってできるわよ。あんっあんうふんっ♡♡いゃあらめぇそんところに出さないで♡♡赤ちゃんできちゃう♡♡」
いきなり女神のような美人が喘ぎ声を出したことに小春は驚愕する。
周囲を見渡すが、誰もこちらを見てはいない。
暗闇語りか、と小春は豊かな胸を撫で下ろす。
暗闇語りとは特定の人物だけにむけて話す手法である。
小春と林檎の師匠筋にあたる芸歴30年の18歳森原愛美から教えられたものである。
その森原愛美は昭和の大女優山崎ゆり子から教えられたという。
それはかなり由緒ただしい手法なのである。
「林檎ちゃん、私四月から大阪近畿万博のパビリオンのコンパニオンになるの」
うつむいていた顔をあげ、小春は林檎の端正にして美麗なる顔を見る。
林檎はただでさえ大きな瞳をさらに見開いた。
「へえ、楽しそうじゃない」
林檎はにこりと微笑む。
「うん、私も楽しみ。もう一度人前に出るために私、パビリオンスタッフの仕事頑張ってみる」
小春は豊かな胸の前で拳をギュッと握る。
「私たちってさ、鮫みたいなもんだね。止まると死んじゃう。なにかを表現しないと死んじゃうんだよ。そういう生き物なんだね」
林檎はそう言うと残ったデザートトーストを食べきった。




