第四話 仕事とメッセージ
「なに、にやにやしてんのよ」
唐揚げをかじりながら、姉の優美は僕にジト目を向ける。
そんなににやけているのだろうかと顔を触る。
「なんかいいことでもあったの?」
優美はグビグビとハイボールを飲む。
ぷはっと息を吐き、やっぱ唐揚げにはハイボールでしょうと言う。
美味い美味いと優美は唐揚げを食べ、白米を食べ、ハイボールをグビグビとあおる。
我が姉ながら気持ちの良い食べっぷりだ。
そんな優美の感想を聞き流しつつ、僕は伊達小春のことを思いだす。
身長はほとんどかわっていなかったが、可愛さの中に大人の色気をもつ女性に成長していた。
それに特筆すべきはあのエプロンをパツパツにするほどに実った胸の果実だ。
思いだすだけでにやけてしまう。
「ほらまたにやけてる」
ビシッと優美はお箸を突きつける。
まったく我が姉は行儀が悪いな。
「変な優樹」
そう言い、優美は本日3本目のハイボールを空にした。
これまで何度となくあの告白が嘘でなく、真実だったらと妄想してきた。
それが今日、偶然に再会して一応の誤解は解けた。
なんだか長年喉に刺さっていた魚の小骨がとれた気分だ。
伊達小春なりに悩みというか辛いことがあったのだ。
それにしてもあの時、すぐに言っていてくれればと思わなくもない。
しかし、時計の針は戻らないので仕方ない。時間は未来にしか進まないのだ。
僕はスマートフォンのラインアプリをタップする。
そこには伊達小春のアイコンが映し出されていた。
どうやら横顔の自撮りのようだ。
美人のアプリは自撮りということか。
かく言う僕は適当に撮った空の写真をアイコンにしている。
伊達小春のアイコンを見ているだけでにやにやしてしまう。
僕が姉と仕事関係以外の女性とラインでつながるのは初めてかもしれない。
メッセージでも入れた方がいいのかと迷うが、何といれたらいいか思いつかない。
その日はそのまま眠ることにした。
翌日、校正作業をしている僕に先輩の鳥居元夜が話しかけてきた。
「やあ、勤労青年今日もよく働くね」
気が散るから話しかけないで欲しいが、先輩なのであまり邪険にできない
鳥居元夜は五つ年上の先輩で僕の直属の上司にあたる。
いつも黒ジャケット、黒シャツに黒スカート、黒縁眼鏡というスタイルだ。背がすらりと高い。髪型はボブカットで猫のような顔立ちである。
じっと見ていたらにゃあと鳴くのではと思われる。
「なあ勤労青年、うちもやっぱりYouTubeとかやったほうがいいかなあ」
鳥居元夜はこちらが黙っていても話をやめない。
女性は話が長いというのが擬人化したら鳥居元夜になると思われる。
「我が鳴海出版も友臨堂のBRブロッコリーみたいなチャンネル作ったほうがいいかな。ほら今って出版不況じゃん。なんとか別の活路を見出さなくちゃあいけないと思うんだよね」
鳥居元夜は僕の背後にまわり、肩に顎を置いてきた。
ほんのりと漂うタバコの匂いにむせそうになる。今日も今日とて先輩はやに臭い。
本当にこの人は距離感バグっている。
男女逆だったら確実にセクハラだ。
「なあ青年、どうよ。それともTATUYAみたいにオシャレカフェなんか開いちゃう。私あのカフェのエプロンつけるの夢なんだよな」
鳥居元夜の一人語りを耳元で聞かされるとまったく仕事にならない。
エプロンというワードから思わず伊達小春が脳裏をよぎる。あのパツパツに膨らんだエプロンは魅力的だよな。
「鳥居先輩、うちのどこにそんな資金力があるんですか?」
僕は正論を鳥居元夜にぶつける。
我が鳴海出版にはそのような経済的余力はないはずだ。
「はぁ正論おつかれ。勤労青年よ大志をいだけだよ。君は夢がないな」
ぶつぶつと肩越しにつぶやかれる。
それにしてもこんなにも背中に密着されているのに胸の感触がまったくない。
女性にこれほど密着されれば嬉しいはずなのに、鳥居元夜にはそんな気はまったくおきない。
まったく不思議だ。
「YouTubeチャンネルがヒットしてさ、あの富士宮林檎とかさ、ゲストでよんじゃったりしてさ」
なおも鳥居元夜は絵空事をだらだらと語る。
富士宮林檎は今人気実力ともにトップクラスの若手アーティストだ。声優であり俳優であり、歌手であり、バラエティもこなすというマルチな才能をもつ。
しかもとびっきりの美人で昨年末に発売された写真集はかなり売れているということだ。
かく言う僕もその写真集は所持している。
ここだけの話、その写真集には何度かお世話になっている。
そんな人気絶頂の富士宮林檎が仮に鳴海出版がYouTubeチャンネルを開設したとして、ゲストに来てくれるだろうか。
いや、無いな。
「先輩、失踪メールの記事、校正仕上げないといけないんでデスクに戻ってくれませんか」
猫のようにひっついてくるタバコ臭い猫顔の先輩をデスクに追いやり、僕はノートパソコンに向かう。。
僕は仕事に戻る。
その記事はライターの白鷺月子がまとめたものだ。
その内容はとある住所から届いた手紙を開けたものは一週間後に行方不明になるというものだ。
ホラー作家で官能小説家でもある白鷺月子氏の文体は読みやすく、かつおどろおどろしいものであった。
白鷺月子氏には一部熱狂的なファンがいる。
そして僕が校正しているのはキャバ嬢のKAさんがその住所からの手紙を受け取り、失踪したというものだ。
呪いのビデオならぬ呪いの手紙であった。
仕事が一段落して、スマートフォンを確認すると伊達小春からメッセージが届いていた。
「今度映画を見に行きませんか?」
というものであった。




