第三話 過去の理由
突然にして偶然の再会に僕がおろおろしていると、伊達小春は手早くレジかごの中の商品をスキャンしていく。
「1823円になります。ポイントカードはお持ちですか?」
伊達小春の声はあくまでも事務的であった。
僕はポイントカードと二千円を備え付けのトレイにおく。
「177円のお釣りです。ありがとうございます」
伊達小春は僕にお釣りとレシートを手渡す。彼女はお釣りが落ちないように僕の手のひらの下に手を添える。
そっと温かい手がふれる。
「七時に仕事が終わるの。お願い、待っていて」
囁くような声が聞こえる。
どうやらそれは僕にだけ聞こえているようだ。
伊達小春は潤んだ瞳で僕を見上げている。
伊達小春は中学時代から身長はそれほど変わっていないようだ。おおよそ150センチメートルと少しといったところか。
胸のサイズたけは店員のエプロン越しでもわかるほどにおおきくなっている。
僕はレシートとお釣りを受け取り、レジ後のテーブルに向かう。
伊達小春は何気ない顔で次の人の接客をしていた。
お願いというワードが頭の中をこだまする。
腕時計を見ると午後6時45分であった。
僕はエコバッグに購入した商品を入れ、スーパー「常陸屋」を出た。
常陸屋の出入口横に鉄製のベンチがある。
もともとは喫煙スペースだったのが、昨今の禁煙化のながれで灰皿は撤去されていた。
今は四角のあとだけが残っている。
僕はそのベンチに腰かける。
このまま帰宅したら、おそらく伊達小春とは他人のままだろう。
彼女は何かを話したがっているように見えた。
今さらという気持ちは確かにある。
ただあの涙に潤んだおおきな瞳とお願いという言葉に気持ちが引っ張られる。
本当に今さら何なのだろうか。
嘘告白で僕を陥れ、笑いものにした伊達小春が10年もたった今現在何のようなのだろうか。
でも、もう一度深く考える。
他の三人、石田弥生、小西マリア、前田沙織は笑っていた。伊達小春はうつむいていただけだ。
いやいや、伊達小春もあのグループの一人だ。後になって僕のことを馬鹿にしていたに違いない。
そんなことを頭の中でぐるぐると回転させていたら、やや高い声が聞こえてきた。
耳に心地よい美声だ。
「よかった、待っていてくれたのね」
声の方に視線を送ると伊達小春が立っていた。短めのダッフルコートにブラウンのロングスカートという装いだ。
丸眼鏡の奥の大きな瞳を細めている。
中学生時代の面影を残しつつ、大人びた雰囲気をもつ伊達小春の美しさに心臓が痛くなる。
いや、彼女は僕を馬鹿にしたうちの一人じゃないか。
「はい、これよかったら」
伊達小春は僕に缶コーヒーを差し出す。
僕は遠慮なくいただくことにした。
缶コーヒーはクリームたっぷりの甘いものだった。
伊達小春はプルタブを開け、缶コーヒーを一口飲む。
「結城君、背伸びたね」
上目遣いで伊達小春は僕を見る。
憎んでいた相手とはいえ、美人に見つめられると否応なく体温が熱くなる。
「そ、それで……」
僕は絞り出すように言う。
「えっとね。なにから話したらいいかな。自分でお願いしていて、情けないな」
伊達小春は視線を缶コーヒーに移す。
三秒後に僕を見る。
「10年前、私は石田さんたちのいいなりだったの。石田さんたちとは二年生の時に同じクラスになったの。それで彼女たちはある女の子をターゲットにしてイジメてたのよね。その子は不登校になったわ。それでね、石田さんたちは小春はかわいいから近くにおいてあげるって言ったのよ」
そこで伊達小春は言葉を一度区切る。
そして缶コーヒーを一口飲む。
「正直ほっとしたわ。あのグループのターゲットにならずにすんだって。私、卑怯者なの。あの子たちに逆らうことなんてできなかった。でも三年生になってあの子たちと違う高校にいくことがきまって、ある種の踏ん切りがついたのよね。それで前から好きだった結城君に告白したの……」
伊達小春は僕の目をじっとみている。
感覚的に思うのだが、伊達小春は嘘をついていないように思える。
僕がどう返していいものかと迷っていると伊達小春は話しをつづけた。
「私もアニメとかライトノベルが好きだったの。教室で楽しそうに話している結城君たちが羨ましかった。私も結城君とオタクトークしたいって思ったのよね。それで卒業前に結城君に思いきって声かけたの。でも石田さんたちに見つかって……」
そこで伊達小春はうつむいた。
そのうつむいた顔は10年前と同じだった。
おおよその事情は飲み込めた。
伊達小春は石田弥生たちと同じスクールカーストトップのグループだと思っていたが、その内情は違ったようだ。
伊達小春は凄惨なイジメを見て、自分もああはなりたくないと保身に走った。
その人間的な弱さは分からないでもない。
外側から見るのと内側とでは見えている景色が違うというわけだ。
でも、それなら卒業式までのわずかな時間の中でそれを言ってくれてもよかったのではないか。
いや、そんなこともできないほと伊達小春は石田弥生たちを恐怖していたということか。
10年前のこととはいえ、なんだかやりきれない。
「大阪に帰ってきてよかった。ねえ、結城君。私やり直したいの。いいえ、まだ何も始まってなかったわね。もし、もし仮にでもよかったら私と始めてみませんか?」
始まるとは何をだろうか?
疑問が頭の中を駆け巡る。
だが、気がつけば伊達小春が差し出したスマートフォンの画面のQRコードに自分のスマートフォンをかざしていた。
僕たちはラインを交換していた。
「ありがとう。気軽にメッセージ入れてくれていいからね」
そう言ったあと、伊達小春は小さく手を振ってこの場を立ち去った。




