第二話 姉との日常
あれから10年が過ぎた。
伊達小春からの嘘告白は若干のトラウマめいたものを残したものの、時間が解決してくれた。
大学を卒業した僕は大阪にある鳴海出版という出版社に就職した。
ホラーやカルトな話題を実話として出版するそんな会社だ。
オタクな僕は給料は安いが、今の仕事をかなり気に入っている。
しかしながら、不規則な仕事のため彼女なんて気の利いたものはいない。
いや、それは単に僕自身がモテないだけだ。
25歳になった僕は彼女いない歴と年齢はイコールであった。
二月後半のある日、仕事が早く終わった僕は近所のスーパーで食材を購入して帰宅した。
この日は寒いので鍋にしようと思う。
僕の両親は淡路島に住んでいる。
淡路島の祖母の家を受け継ぎ、そこでカフェを営んでいる。
脱サラしての飲食業なんてうまくいかないだろうと思っていたが、なかなか繁盛しているようだ。
現在、僕は自宅マンションで姉の優美と一緒に暮らしている。
僕が豆乳鍋を煮込んでいるとガチャガチャという音がする。
鍵があけられる音がする。
どうやら姉の優美が帰ってきたようだ。
姉の優美は看護師をしていて、僕よりも不規則な暮らしをしている。
「優樹ただいま」
ハスキーな声がする。
振り向くと姉の優美がいた。
優美は背の高い美人だ。しかもグラビアアイドル顔負けのグラマーである。
この日もスタイルのよくわかるニットのセーターを着ている。
「はー疲れた疲れた」
優美はそう言うと冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出す。
プルタブを開けるとごくごくと飲みだした。
「ちょっと姉さん、手を洗いなよ」
看護師なのに帰宅して手を洗わない姉の優美に注意する。
「はいはい、あんたはだんだん母さんに似てくるね」
愚痴りながら、姉の優美はシンクで手を洗う。
「お、今日は豆乳鍋か。私の好物だねえ。優樹あんたいい嫁になるよ」
にやにやする優美に皿の準備をするようにうながす。
優美はへいへいと三下っぽい口調で食事の準備を手伝う。
因みに優美は看護師になるほど頭が良くて手先も器用なのに、料理だけは下手だった。
僕はそんな姉とのふたり暮らしをそれなりに気に入っていた。
「それじゃあ食べようか、いただきます」
僕が言うと優美はいただきますと言いながら鍋の豚肉を自分の小皿によそう。
僕も野菜とお肉を小皿に入れて、それを食べる。
豆乳の優しい味わいが具材の旨味を引き立てている。
疲れた体に染み渡るうまさだ。
「それで優樹、あんた彼女の一人でもできたのかい?」
優美はビールをぐびぐびと煽りながら、あまり聞きたくない質問をする。
僕は目を伏せて、味のしみたお揚げを口に頬張る。
出汁の味が口に広がり美味い。
「今は仕事が忙しいから」
僕は適当な言い訳をする。
本当はシンプルにモテないだけだ。
彼女というワードが出るたびに伊達小春の端正な顔がどうしても頭をよぎる。
あの嘘告白が本当だったらと妄想したことは一度や二度ではない。
しかし、あの告白は嘘だった。
卒業までのわずかな日数、伊達小春からは何も言われることはなかった。
やはりあの告白は僕を見世物にするためのものだったのだ。
伊達小春は私立の女子高に行き、それ以来会ってはいない。
もう思い出の中の人物だ。
「ほら私たちって血がつながってないじゃん」
優美は豚肉を頬張り、それをビールで流し込む。
ぷはっと優美は行儀悪く息を吐く。
たしかに優美は母さんの再婚相手である父親の連れ子だ。
まるで僕の好きなエロゲーのような設定だけど事実だから仕方がない。
「あんたが30歳まで彼女がいなかったら結婚してあげるよ」
それは優美がことあるごとに言うことだ。
「考えとくよ。それよりも姉さんの方こそ彼氏とかいないの」
僕が優美に尋ねると姉はそれセクハラという。
ハラスメントって立場をつかって無理強いすることじゃないか。
僕と優美の力関係はどちらかといえば姉の方が上なんですけど。優美のほうが給料も高いし。
「だって私、あんたが好きだもの」
その言葉のあと、優美は四本目の缶ビールをあける。
優美のような美人に好きだと言われて、正直嬉しい。しかし、僕はそれは姉弟の好きだと解釈するようにしている。
それでも30歳になったら姉と一緒になってもいいかもしれないという考えが頭をよぎる。
血のつながらない姉と結婚できるのか?
今度法律に詳しい先輩にきいてみようか。
締めの雑炊まで平らげた姉はシャワーを浴び、自室でバタンキューと眠りについた。
看護師という仕事がいかにハードなものかこの寝姿を見て分かる。
キャミソールにショートパンツという肌色成分多めの優美の寝姿を堪能したあと、僕も休むことにした。
次の日、僕はいつものように仕事帰りにスーパー「常陸屋」にたちよった。
今日の夕飯は姉の好きな唐揚げにしよう。
ちょうど鶏もも肉がセールになっていた。
優美の好物は揚げ物だ。
特に唐揚げをよくリクエストする。
その唐揚げのレシピは父親が考えたものだ。生姜をきかせたご飯のすすむ味付けだ。
優美はあんなに揚げ物を食べるのにまったく太らない。
前に訊いたらカロリーは全部胸に行くと言っていた。たしかに優美は立派な巨乳だ。
思わず寝ている姿をのぞいしまうほどスタイルが良い。
あんなにスタイルも良くて美人なのに彼氏かいないのは不思議だ。
そんなことを考えながら、レジに並んでいたら「こちら空いてますよ」という女性の声がする。
レジの順番が僕になったようだ。
僕は呼ばれたほうのレジに向かう。
背の低い、可愛らしい感じの店員さんが僕のレジかごを受け取る。
絹のように美しい頭髪に三角巾が乗せられている。その前髪は眉の上できれいに切り揃えられていた。
縁のない丸眼鏡の下は大きな瞳で、僕はその瞳に見覚えがあった。
「伊達小春……」
僕がそう言うと同時にスーパーの店員は「結城君」と言った。




