熱意
怪しい男のポケットからぬいぐるみが出てきた。
「何だ? これは!?」と早乙女華恋は焦げ茶色のぬいぐるみを手に取って言った。
「マスコットのぬいぐるみです。そこにある飲み屋の『開かずのマン』で売ってるコラボ商品の『庵子ちゃん』なんですよ。バウッ」と怪しいぬいぐるみ男は言った。
「何で逃げたのよ?」
「46にもなる、いい歳こいた、おっさんが、ぬいぐるみを買って持っているのが恥ずかしくて……」
「恥ずかしがるな。部屋に飾るだけなんだろう?」
「いいえ。友達がいないから話し相手にしようかなと思いまして」
「どんな感じで会話するのか、ちょっとやってみてよ」
「えっ!? わ、わかりました……。恥ずいな。では。コホン。庵子ちゃん庵子ちゃん、元気にしてまちゅかー? サトシは元気でちゅーう。庵子ちゃん、どうしたのさ? 何も言わないで。いつもみたいに話してよん。具合いでも悪いんでちゅか?『ううん。大丈夫だお。ちょっと日射病になりかけただけ』そりゃ、大変だわい! 今からホスピタルに行くかい? 今だと夜間緊急センターに行くしかないでちゅよ!『大丈夫だお。水分補給してから、たこ焼き食べてウンコしてから横になれば治るから。ありがとうね』本当に大丈夫でちゅか? 『ウンコしたら全ては大丈夫よ。うん。そうだ。サトシくん、一緒に歌わない?』何の歌でちゅか?『僕たちの失敗とかだお』暗いなぁ〜。庵子ちゃん、戦争を知らない子供たちにしようよ。『いいわ。平和を願うために歌おうかしらねー』庵子ちゃん、そうこなきゃ!『やっぱり歌うの止めてランバダ踊らない?』庵子ちゃん、ゴメンご。僕の半月板がさ、前にね、ぶっ壊しゃちゃってお釈迦だよ。『えっ? それって裕二のマーティでしょう?』あ、あ、あ、庵子ちゃん、まさか通なんだね。そ、そうさ、イエス・アイ・ドゥ。庵子ちゃん、今から登山しない?『真夜中に登山はしない主義』じゃあ、庵子ちゃん。一緒にカラオケしない?『カラオケならいいよ』よっしゃ! 庵子ちゃんのために歌うよ!『わーいわーい』」とサトシは必死に夢中になって人形劇を繰り広げた。
早乙女華恋は泣いていた。あまりにも不憫なおっさんの姿に胸が苦しくなったからだった。早乙女華恋は、このサトシに女を紹介するべきだと考えた。早乙女華恋は豚山ビルの屋上をボンヤリ見た。『あの悪質なブスを紹介しようと思ったが危険だから止めようかな。まあ、サトシくんには勇気を持って頑張って貰うしかないな』と考えながら、熱心に人形劇を繰り広げている不審な46歳のサトシを見つめていた。
つづく




