いざ、お掃除
さて・・・私の目の前には、大きな本棚と、ぬいぐるみとか人形とか小物がたんまり入った木箱とか、そういったものが積まれていて、もうお掃除を開始する前からすでにやる気はほぼないわけなのだが・・・。
とりあえず絵本を読んでいるオルガを見物して、しばし心を落ち着けよう。
「なにジロジロ見てるのよ」
迷惑そうにオルガに言われる。
「今、現実逃避しております。やはり人間は過酷な現実を前にすると、弱いものですね・・・そう、私たちなんて宇宙の中では塵も同じ・・・」
私は窓から外を見る。
「そんなこと考えている暇があったら、さっさとやった方がいいわよ」
オルガは淡々とした口ぶりだった。
仕方ない・・・。まあ独りぼっちじゃないのはよかった。話し相手もいることだし、退屈になったら小粋な話でもして、楽しめばいいんだ。
そう思うと、ほんのわずかだけど体が軽くなってきた気がする。
よし、まずはこの大きな本棚からきれいにしていくか!
ぎっしりと収まっている本を一冊ずつとり出して、ほこりを拭きとっていく。分厚くてしっかり作られたものが多くて、けっこうこれだけで腕の筋肉が鍛えられそう。
もしかして、マルゲリータさんがここを私に掃除させたのは、腕の筋力トレーニングも兼ねているのか?彼女のことだから、ありえる。
ただ拭いているのもおもしろくないので、どさくさにまぎれて、どんな本があるのかも見ちゃおう。どれどれ・・・
『これ一冊でよく分かる!貴族の心得』
・・・なんか、意外とポップなタイトルだな。丈夫そうな革張りだから、さぞ難しそうな学問の本かと思ったら、いわゆる貴族として注意しなきゃいけないことが書いてある入門書的な感じなのかな?
いや、この題名で、中身はけっこう硬派なのかもしれない。そして、貴族はこれを読んで頑張って勉強して、常識を身に着けていたりして。
おもしろそうだから、中を確認してみよう。
え~と・・・『第一印象は、笑顔が大切!』とか『相手の話をちゃんと聞こう』とか書いてある。
・・・これ、貴族とかあんまり関係ないのでは?
あれ?なんか・・・普通?
もっとこう・・・『最初は、インパクトが大事です。相手の家柄を聞いて、バカにしていきましょう』とか、『いきなり出合い頭にパンチを食らわせ、床に這いつくばらせて見下ろしてやりましょう』とか、そういう過激なのを期待していたのに・・・思ったよりも常識的な本だった。
つまらん。
さてと、もっと過激な本は・・・と、いろいろな本のページを開きそうになったけど、そんなことしていると時間が無くなるので、名残惜しいけど掃除に戻ろう。
何冊か拭き終えた後で、そびえ立つ本棚を見あげた。なんだかものすごい強敵を前にしている気分になってくる。
・・・このペースだと絶対今日中に終わらないな。でも、たしかマルゲリータさんも無理に終わらせる必要はないって言ってたし、できる限りやればいっか。
ということで、早速休憩。
大きなソファに寝転ぶ。一仕事終えた後の休息って大事だよね。
「はじめてから、全然時間が経ってないんだけど!」
隣にいるオルガから、冷たい言葉が飛んでくる。
「まずは英気を養いませんとね」
そう言いながら私は、さっきキッチンからくすねてきたクッキーをとり出す。やっぱり疲れた時には甘いものだ。腹が減ってはなんとやらだ。
「掃除に来たメイドが、部屋汚してどうするのよ」
私が豪快にクッキーを頬張ったせいか、ボロボロとクズが落ちた。
「すみません。私のワイルドな一面をお見せしてしまいました」
「ただ行儀悪いだけでしょうが!」
そう言われ、袋ごととりあげられる。
「自分も食べたいならそう言ってください。はい、こっちにありますよ」
もう一袋ある。こっちは焼き菓子で、フィナンシェ的なやつがぎっしりと入っているぞ。
「メイド服の中に、いったいどれだけお菓子隠しているのよ・・・」
ため息とともに、オルガが肩を落とした。
「さてと」
食べ終えると、私は体を起こした。
「やっとやる気になったみたいね」
やれやれといった様子で、オルガは言った。
「お茶でも飲みますか」
私の言葉に、オルガはズッコケた。
「掃除してるよりも休んでいる時間の方が長いじゃないの!」
「大丈夫ですよ。人生は長いんですから・・・そのうち本気出します。・・・そう、来年には」
「今すぐやりなさい!」
絵本で頭をはたかれる。
しょうがないな~。
めんどくさいが、やるか・・・。ちょっと休んで、元気になったし。
箒を手にとって、床を掃いていく。
パッと見ると気づかないけど、案外ほこりってあるものだ。一か所に集めていくと、そこそこの量になる。
やりはじめると、なんとなく集中してきて、気づいたら無言で掃き続けていた。
う~ん・・・しばらく黙々とやっているとなんだか気持ちがいい。掃除してるぞ~て感じがする。
「へえ・・・ちゃんとやればできるのね・・・意外だわ・・・」
独り言みたいに小さな声で言いながら、オルガは立ちあがって、絵本を棚に戻すためにこっちにやって来た。
「もっと褒めてくださっていいんですよ」
「調子に乗らない」
呆れたような顔だが、微妙にその表情は優しげ・・・な気がしないでもない。
私の真横に立つと、オルガは手を出して言った。
「ちょっと貸しなさい。目の前でちんたら掃除されたら、迷惑だわ」
おっ・・・珍しい。手伝ってくれるようだ。さすがのオルガでも、広い物置を一人で掃除しているメイドを見て、心動かされたんだな。
「明日は、嵐ですかねえ」
しみじみと言う。
「あ・な・た・ねえ!素直にありがとうございますでしょう!」
ムスッとした顔でひったくるように箒を奪われた。
「すみません。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる。
「そ、そうよ。それでいいのよ」
「私も雑巾がけしますね」
「ええ、私がきれいにしたところから、やりなさい」
いつの間にか協力することになった。なんだかうれしい。
部屋の隅を掃除しようと二人で並んで歩いていく。
・・・すると視界の端っこで、なにやら小さな物体が動いたような気がした。
ん?なんだろう。
その物体がいたと思われるところを見てみる。
素早く移動する影のようなものがいる。・・・いや、影じゃない。影みたいに黒いけど光沢がある。そして、カサカサ動いている。
横にいるオルガの様子を確認すると、その場で凍ったみたいにとまっている。どうやら彼女は、そこにいるのがなんなのか察したらしい。
オルガは私の肩をガシッとつかんで体を寄せてくる。いつもなら、すごいうれしいんだけど状況が状況なので、全然喜べない。
そう・・・私も気づいてしまったのだ。
私たちは名前を呼ぶのもはばかられる『あれ』
別名・・・”G”
またの名を、ゴキのブリと遭遇してしまったのである。
しばらく、その場で固まったまま二人、顔を見合わせる。
そして、
「うわあ~~~~~~~!!!!」
抱き合った私とオルガの悲鳴が、物置全体を揺り動かすくらいに大きく、響いた。




