さあ特訓だ!
ep41『メイドの心得』に文章を少しだけ追加しました。
芝生に寝転がって昼寝したら気持ちいいだろうな~。
でも今日はトレーニングに来たので、そういうのはおあずけ。また今度、オルガも一緒に誘おう。
腕をブンブン振って気合が入っている様子のマルゲリータさん。
さあ、まずは腕立て伏せだ!でも、どうやってやるんだっけ?私は運動の習慣がないので、よくやり方が分らんぞ。
「え~と・・・」
突っ立ったまま動かないでいると、
「どうした?はじめていいぞ」
不思議そうな顔をして、マルゲリータさんは私を見てきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ここは、冷静に状況を説明しよう。私は呼吸を整えて、口を開く。
「腕立て伏せって・・・どうやるんでしたっけ?」
「・・・・・・は?」
虚を突かれたみたいな反応。私が言っていることが信じられないのか、ポカンとしている。
「待て・・・それはどういう意味だ?」
どういう意味って、そのままの意味なんだけど。マルゲリータさんは、腕立て伏せができない人がいることを想定していないらしい。そういう人もいるんですよ!
「えっとですね。どんなフォームなのかとか、腕はどっち向きにするのかとか、そういう・・・まあ、全部分からないと思っていただけると」
「マジか?」
「大マジです」
マルゲリータさんは頭を抱えた。分からないものを分かるとは言えないので、申し訳ないんだけど、はじめから、ご教授お願いしたい。
「わあったよ!教えてやんよ。クソめんどくせえな」
この人・・・ほんとにメイドかしらと、そう思いたくなるくらい口調が荒っぽい。
でも、私的には礼儀正しそうなイメージのメイドという職業と、言動のギャップが、非常にトキメクので、全然オーケーである。
「まず、腕はこう!足はこうだ」
自らやってみせてくれる。そのたくましい腕を広げ、手のひらを地面につけて、背中をピシッと伸ばした。フォームがきれいだ。
「え~と、こうですか?」
見よう見まねで、同じようにやってみる。
「そうじゃねえ。手の位置はこう。まず肘伸ばせ」
「肘を伸ばすんですね」
「膝はつかねえぞ」
難しいな。あっちを気にすると、こっちが上手くいかない。
「あ、分かりました!こうですね?」
「今度は手がバラバラだ。きっちり揃えろ」
「こう?」
「違ぁう!だあ~~~!イライラする!」
特訓は、はじまる前にすでに試練を迎えていた。特訓がはじめられないという試練である。
マルゲリータさんは、イラつきながらも、イチから教えてくれた。腕はどこに置くのか、足はどうするのか、そしてどう腕を曲げるのかまできっちり。さすが、面倒見がいい。こういうとこ、好きです。
そうして、悪戦苦闘(主にマルゲリータさんが)の末に、なんとかかんとかトレーニング開始までこぎつけた。
運動が得意じゃない私みたいな人は、こういう基礎中の基礎・・・『そもそも腕立ってなに?』ってとこから分からないのである。
すでに今の時点で、達成感がある。今日は、これでもういいんじゃないかしら・・・と思ったけど、そういうわけにもいくまい。
それでは、気をとり直してやっていきましょう。腕立てだ。
「おらおら!腰が曲がってんぞ!」
腰をバッシンバッシン引っぱたかれる。指導目的ってより、まともに腕立てがはじまるまでめちゃくちゃ時間がかかったから、その恨みもこもってるような気がする。
しかし、筋肉モリモリの腕でやられると、なかなかに痛いなあ。
でも痛いんだけど・・・なんだろう・・・なんかこのシチュエーション・・・ちょっといいかもしれない。そこはかとなくイケない雰囲気が漂っていて、グッとくる。
と、一瞬なにかに目覚めそうになるが、まじめにやらないと怒られそうなので、あんまり余計なことは考えずに、ちゃんとやろ。
「ふぐぐぐぐぐ~」
力を入れて踏ん張ってみる。でも、腕が全然あがらない。
「おい、まだ五回目だぞ。シャキッとしろシャキッと!」
またぶったたかれる。これでも、私の人生最多腕立て回数を更新中なんですけど。
「サボってきたツケだ。おら!ケツが下がってんぞ」
途中で休憩をはさみつつだけど、なんとか言われた回数をやり遂げる。
「ふう~充実したトレーニングでした」
汗をぬぐった。いやあ、よく頑張ったな!私。
「なに言ってんだ?次は腹筋だぞ」
「ん?」
「その後はスクワット、そんでその次が・・・」
と次々とメニューが発表されていく。
「ほう・・・」
う~む・・・これはなかなかハードだぞ。分かっていたつもりだけど、想像以上にキツい。もしや私ってここで死ぬのかしら?
死因、トレーニングは、なんかマズい気がする。
そう思ったけど、やり終えるまで解放してくれそうもないので、体を起こし、気合を入れ直して、いざ腹筋だ。
「お~い、全然あがってねえぞ」
体が持ちあがらない。お腹がつっかえてる。
「これ全力で~す」
「この腹の肉のせいだろうが~!」
お腹の肉をつままれて、プルプルされる。
「あいででで!」
「食いすぎなんだよてめえは!聞いたぞ、メイドのクセに毎日、おかわりしているらしいな!」
「私は悪くないです。おいしすぎる料理を作るコックさんのせいです」
「人のせいにしやがってこの野郎。なら、回数を倍にしてやる」
「え・・・」
口は災いの元ってこういうことなんだ・・・とても勉強になる。
腹筋の後はスクワット、そして柔軟体操、その次はダッシュ・・・トレーニングは、その後もしばらく続いた。
時々怒られ、時々叩かれ、時々数をごまかし、それがバレて回数を倍にされたりと、いろいろありつつ・・・・・
私は、なんとか言われたメニューをこなして、仰向けに寝転がって空を見あげていた。
疲れた・・・。これはたぶん、明日は全身筋肉痛だろうな。果たして、ベッドから起きあがれるのか、今から不安しかない。
「おい、なにやってんだ?行くぞ」
マルゲリータさんは、のんびりと、まるで散歩にでも行くみたいなテンションで言った。
「やっとごはんですか?いやあ、さすがに疲れましたよ」
ふう、キツかったけど、無事にできた自分を褒めてあげたい。
「なに言ってんだ?ここからが本番じゃねえか」
ん?言っている意味がよく分からないけど・・・なんだろう?
「さっき言ったろうが・・・もう忘れたか?楽しい楽しいイベントだ」
嫌な予感しかしない・・・。
「えっと・・・どこへ行くんですか?」
なるべく平静を保ちつつ尋ねてみる。
「はあ?決まってんだろ!山にだよ!」
明るく笑うマルゲリータさん。その笑顔が、私にはとても怖く見えた。
「ええ~~~~~~~~!」
私の叫び声は、空しく青空の中にこだましたのであった。




