夜ごはんを決める・・・それはもう一つの戦い
長い戦いが、ひとまず・・・・・・終わりを迎えた。数学と戦い・・・格闘すること数時間。
そこには、もはや人という名の屍しか、残っていなかったのであった。
オルガの教え方は、なかなかに、厳しかった。
問題をいきなり出されて、制限時間以内に答えられないと、教科書の角で頭を小突かれ、頬っぺたをつねられ、強烈なデコピンが飛んできた。
一人が間違えると、最初からやり直し。そして、全員が連帯責任で怒涛のデコピン攻撃を食らうことになる。
それが、何時間にもわたって、何べんも続いた。
デコピンって・・・・・痛いんだね。しかも、一度食らった場所に、二発目がくると悶絶しそうになる。痛みが単に二倍になるんじゃなくて、べき乗的に、どんどん倍増していく。
・・・あれ?数学の勉強の成果が、ちょっと出てる?
「「「つ、つかれた・・・・」」」
三人同時に、同じセリフが口から出た。
私とアルベルト、イングリッドの三人は、示し合わせたみたいに同じポーズで机に突っ伏していた。
オルガからのデコピンを食らいすぎて、全員のおでこが真っ赤になっている。なんとも、情けない光景だ。
口から魂が飛び出るんじゃないかってくらいの大きなため息を、一斉に吐いた。
満身創痍・・・・・・そういう表現が今、私たちには一番似合っている。
でも、まだまだこれは前半戦。休憩をはさんで、勉強会は再開するのだ。
私が泊りだと楽しそう~とか気軽に計画したばかりに、とんでもない地獄の勉強キャンプになってしまった。
後半戦へ向かって、夜ご飯というエネルギー補給の時間がやってきた。やっと休憩できる。
「ハンバーグとかどうかな?嫌いな人もあまりいないだろうし、おいしいと思うんだけど」
ギュスターヴが、何を食べるのかという話し合いの口火を切った。
彼はやんわりと自分の食べたいものを伝えつつ、『嫌いな人が少ない』とみんなに配慮する姿勢もアピールしている。なかなかの策士である。
「あの・・・私、実はシチューがすごく好きで・・・」
遠慮しながら、はっきり好みを口にするアリス。その姿勢、嫌いじゃない。と言うか、好き。
「ダメよアリス!今日、私の口はカレーなんだから!」
イングリッドは、食べたいものをはっきりと主張してくる。しかもイメージがかぶるシチュー派のアリスをけん制している。なかなか、アグレッシヴだ。
「なに言ってやがる!男なら、ステーキに決まってんだろ!」
『男なら』と、女子に向かって言われても困るのだけど・・・ツッコんだら負けなんだろうな。しかしスポーツマンのアルベルトは、やはりボリューム満点のチョイス。『決まってんだろ!』と強引に突破しようとしてくる。
「ふん、ステーキでは重すぎるわ。やはり、ここはパエリアがいいわね。・・・理由?そんなの簡単・・・・・私が好きだからに決まっているわ!」
オルガは目を見開いて、堂々と言った。彼女に、他の人への遠慮とか配慮なんてものはない。さすがである。むしろこういう清々しいところが好き。
アルベルトもイングリッドも、他の人への遠慮はないんだけど・・・。
しかし・・・
みんな好みがバラバラ!
勉強して疲れている私としては、この夜ごはんが、これからのテンションを左右すると言っても過言じゃない。
やっぱり好きなもの食べて、モチベーションをあげていきたいもんね。
ハンバーグやシチューは好きだけど、ステーキって気分じゃないし・・・・・カレーは別に嫌いじゃないけど・・・どうしようかなあ。
・・・ん?・・・カレー?
「イングリッド様・・・・カレーはこの前のキャンプで食べたのでは?」
最近、みんなで食べた記憶があったので、一応指摘する。私としても、なんか前食べたな~ってものよりかは、別のが食べたいし。
「大丈夫!私ってそういうの気にしない人だから」
イングリッドは、えへんと胸を張った。いや、そういうことじゃなくて、私の気が進まないって話なんだけど・・・。
「う~ん、記憶に新しいから、ぼくは他のものの方が・・・」
ギュスターヴが、やんわり私に加勢してくれたけど、イングリッドはめげない。
「うわ!そんなこと言うんだ~?カレーに飽きたんだ。あ~あ、ギュスターヴはカレーに嫌われたな~これ!もう、カレーの方から遊んでくれないよ~」
「え?ぼくが、カレーに嫌われるの?」
イングリッドはカレーの立場に立って話をしていた。好きすぎると、こうなるの?
「ならパエリアで決まりね。パエリアだわ!パエリアよ!パエリアしかないわ!パエリアを食べないなんて、もはや人間のクズよ」
もう、説得するとか、よさをアピールするとか、そういった面倒なものは全て捨て、ただ言いまくるという、ごり押し戦法で攻めている人が一名。
それは、私のご主人のオルガである。
ここは、彼女の家なので、みんなにはない圧倒的なアドバンテージがある。ただ一言、『私の家だから、こちらで決めるわね』と、言えばそれだけで話はおしまいになる。
その必殺技を使わずに、話し合い(力押し)で解決しようとしているところは、えらい。でも、絶対意見は曲げなそう。
アルベルトも引き下がらないだろうし、イングリッドも、この調子だと譲ってくれる望みは薄い。アリスやギュスターヴは、ほかのみんなに合わせてくれそうだけど・・・・う~んどうしよう・・・。
ええいっ面倒くさい!私は思い切ってズバリと提案する。
「こうなったら・・・・・カレーパエリアにステーキとハンバーグを乗せて、シチューを添えましょう!」
もう、このままじゃ決まらないから、全部やっちまえ!そうすれば、文句の言いようがないだろう。
「え?」
みんな、困惑しているが、そんなものは放っておく。
「ただし時間がかかりますので、全員総出で、作りますよ!はい、立って!用意してください」
「うお~~いくぞ~~~!」
イングリッドは雄たけびをあげながら立ちあがった。カレー味のパエリアは、どうやら許される範囲だったみたい。
「いきますよ!突撃~~~~!」
鬨の声をあげて、私たちはキッチンへなだれ込んでいった。
・・・・・・・・
キッチンでの苦闘は、なかなか一言では言い表せない。
跳ねる油・・・・・・ひっくり返されるフライパン・・・・・・何度もお皿を割りかけては、アルベルトやアリスのファインプレーによって、ギリギリで踏みとどまった。
宙を舞う食材。塩と砂糖を間違えそうになって、激甘の料理が爆誕しそうになったりした。
やっとできた頃には、みんな、人間として一回り大きくなったような気がした。
私たちは、黙って握手して、ありがたくいただくのであった。




