勉強会は、阿鼻叫喚
どでかいリビングには、余裕でみんなが座れる机と椅子がデデーンと鎮座している。ここで、顔を突き合わせて勉強していくわけだ。教科書を出して、筆箱もきちんと横に置いて、ノートもすぐ見られるように近くに準備しておく。
なんだか、こうして勉強の用意を整えるのは、少しワクワクする。
なにからはじめようかと、みんなで相談して、苦手な人が多い数学からはじめることになった。嫌なことは先にやっておくに限ると、そういうわけだ。
呼吸を整え、覚悟を決めて、教科書のページを開く。
「うわっ!」
数式が、私の視界にドバーと飛び込んできた!
まぶしい!
思わず、目をふさいだ。
「なにやってるのよ」
オルガからの冷めたリアクションに、ちょっと傷つく。
「あまりの敵の勢いに、目がくらんでしまいました」
「敵ってなに?」
向かい側を見てみると、アルベルトも私と同じように、両目を手で覆っている。
「ふう~危うく目がつぶされるとこだった。間一髪、助かったぜ」
冷や汗をぬぐっている。私たちは、あまりにも数学が苦手すぎて、教科書を開くことがもう、それ自体命を賭けた、言わば死闘なのである。
「ええ・・・私たち、九死に一生を得ましたね」
「だよな・・・」
二人で拳を突き合わせて、お互いを労う。よく生きてたな、兄弟よ・・・。
「友情を育んでいる場合じゃないわ。このままだと、日が暮れるわよ」
オルガからの残酷な言葉。私たちは、この問題と向き合っていかなきゃならないのか・・・。
「ほら、いくわよ。ページを開きなさい」
オルガが、パシパシ教科書を叩いて私たちを促してきた。
私は精神を集中し、いざページを開こうとした・・・
したのだが!
ページが重い。ものすごく重く感じるぞ・・・全然開けない。
「あの~急に教科書が、重くなりました」
ピクリとも動かない・・・。
「うおっ・・・俺もだ・・・なんだ、これ・・・」
アルベルトにも同じ現象が起きている。気が重すぎて、開けないのである。
「ふざけてないで、早く開きなさい!」
頭を思いっきり、丸めた教科書でパコーンって叩かれた。
「ページをめくるまで、やり続けるわよ」
たしかに、このまま駄々をこねていても、よくない・・・。気は進まないけど、やらねば!
意を決して、
「アルベルト様、気合を入れましょうか」
「マジかよ・・・けど、このままだと赤点だよな」
「そうです。間違いなく赤点です」
アルベルトと顔を見合わせ、覚悟を決める。
せーので、ページを開いて、私たちは、びっしりと並んだ数学の問題に立ち向かっていくのだった。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「x軸とy軸との交点が、結局αになって、それでπの二乗が・・・・」
私は、教科書とノートを交互に凝視していた。いくら見ても、答えは分からない。いや、逆だ。答えは模範解答を見れば分かるけど、その導き方がさっぱり分からない。頭がクラクラしてきた。
視界の隅に、私みたいに頭を抱えているイングリッドの姿が見えた。
「え~これがああで・・・・・・正の実数αが放物線で・・・・xで座標軸が・・・・・・あ~~~~~!!それが・・・・・こう!!ピューとなって、バーンていって、あげくにドーン!!!!!」
イングリッドは、少し離れた席でアリスに教えてもらっていたんだけど、難しすぎて、ついに頭がパンクした。
教科書やら、ペンやらを、めちゃくちゃに四方八方へとぶん投げている。
「あはははは~!」
「い、イングリッドちゃん、落ち着いて~」
アリスが、イングリッドが散らかしたものを拾ってあげている。気の毒なので、手伝おう。そして、手伝うことで、数式から一時的にでも目をそらすのだ。
「一緒に拾います」
「ありがとうございます。お願いします」
「ぐわあ~~~~!」
今度は別の場所から、猛獣みたいな雄たけびが聞こえた。
「を・・・sinθが・の値?が・線分・・・定義・・証明せ・・せよ・・・証・・・・・しょ・・め・・・うがあ~~~~~~!」
アルベルトは勢いよく立ちあがって教科書をつかんで、引き裂こうとしている。
「ちょっと待ってアルベルト!破っちゃダメ!教科書はマズい!」
ガブガブと教科書に噛みつきはじめたアルベルトを、ギュスターヴが慌てて駆け寄って来て、羽交い絞めにしている。
「放せえ~~~~!死んでやる~~~~!」
「おい!目を覚ませ、このバカ!」
エドワードもビックリして、ギュスターヴの助けに入る。ビンタで正気に戻そうとしたり、肩を揺さぶってみたりする。なんだか、極寒の地で寝そうになってる人を必死に起こそうとしているみたい。
もう勉強どころではなく、暴れだしてしまった猛獣を、なんとかみんなでなだめるのに必死だった。
「あなたたち・・・!」
オルガは怒りで身を震わせた。そして次の瞬間、
「やかまし~~~~い!!!!!」
その一喝で、みんな凍りついたみたいに、ピタリと動きをとめた。
オルガは、すごい顔でジロッと見回すと、
「そこ!席へ戻りなさい!そしてあなたは、投げたものを拾うっ!」
次々と指示をとばす。
「え、え?」
「さっさとする!」
「は、はい~!」
私たちは急いで散らかったもの片づけた。そうしないと、まずいことになると本能的にみんな察したのだ。
「なんで俺まで・・・」
エドワードはつぶやいていたが、オルガにキッとにらまれて、すぐに口をつぐんだ。
「とほほ、ぼくは散らかしてないんだけどな・・・」
勉強を優しく教えていただけのギュスターヴも、イングリッドとアルベルトが放り投げたペンやノートを拾う手伝いをさせられている。
お気の毒としか言えない。これから、この二人が勉強会に参加してくれなくなったらどうしようかと、すごく気がかりだ。
きっちりと、散らかしたものを片づけ、それぞれ自分の席に座った。アルベルト、イングリッド、そして私の三人は、姿勢を正してオルガの言葉を待った。
「あなたたちには、一番最初からトコトン教えてあげるわ・・・覚悟しなさい・・・」
オルガは、悪役みたいなおそろしい笑顔を浮かべ、教科書のページをゆっくりめくりはじめた。
背筋に、いや~な汗がつぅーと流れた。なんだか、嫌な予感がする・・・。私たちは、どうやら本気で怒らせてはならない人を、怒らせてしまったようだ。
「おらぁ!十二ページを開け!さっさと解けえええ!」
「ひぃ~~~~~!」
私たちは恐怖で身を寄せ合った。
こうして、オルガの超スパルタ授業の開始のゴングが鳴ったのである。




