第7話 毎晩モフっていた黒猫の正体が発覚して大パニックです!
小鳥のさえずりと、窓から差し込む眩しい朝の光で私は目を覚ました。
「ん……朝ですか」
昨夜はベッドで丸まっていた黒猫のノワールを抱きしめたまま、いつの間にか眠ってしまったようだ。
腕の中に柔らかい毛並みを探すが、なぜかそこにあるのは、猫にしては大きすぎる「温かい塊」だった。
ふと視線を下ろす。
私のすぐ隣の枕に、黒髪の男性が顔を埋めて眠っていた。
アルヴィン様だ。
「…………え?」
私の脳が状況を処理する前に、彼がゆっくりと目を開けた。
至近距離で、金色の瞳と視線がぶつかる。
そして次の瞬間、私は致命的な事実に気がついてしまった。
毛布から覗く彼の広い肩と胸元には、衣服が一切見当たらないのだ。
「あ、おはようございます、リゼット……はっ!?」
寝ぼけた声で挨拶をした彼も、瞬時に自身の状況に気づいたらしい。
ガバッと跳ね起きると同時に、毛布を胸の高さまで必死に引き上げた。
顔が首まで真っ赤に染まっている。
「ち、違いますリゼット! これは決して貴女をどうこうしようとしたわけではなく!」
私も完全にパニックに陥っていた。
なんで黒猫がアルヴィン様になっているの? なんで服を着ていないの?
極度の混乱と羞恥が閾値を超え、私の口がまたしても勝手に動いた。
「わ、わかってます! 猫は液体ですからね! 朝になったら蒸発して人間になってもおかしくありません!」
「猫は……液体? いや、それはどういう……」
「と、とにかく着替えてください! 昨日の服を置いておきますから!」
私は椅子に畳んであった彼の服をベッドに投げつけ、両手で顔を覆いながら部屋の隅へと逃亡した。
背後で布の擦れる音と、彼の「申し訳ない」という焦った声が聞こえる。
心臓が口から飛び出そうだった。
数分後。
なんとか服を着終え、身嗜みを整えたアルヴィン様が、申し訳なさそうに私の前に座った。
「……落ち着きましたか?」
「は、はい。なんとか」
私は深呼吸をして、彼と向き合った。
彼は気まずそうに目を伏せ、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私は、重度の『魔力過多症』だったのです。過労とストレスで魔力が暴走し、夜になると獣……つまり黒猫の姿に変わってしまう呪いを受けていました」
「黒猫……じゃあ、ノワールは」
「はい。私です」
彼は恥ずかしそうに手で顔を覆った。
「毎晩、貴女の部屋に忍び込んでしまって本当に申し訳なかった。ですが……貴女の膝の上で撫でられているあの時間だけが、私にとって唯一の安らぎだったのです。貴女の温もりに触れると、暴走する魔力が静まるのを感じました」
彼の告白に、私の顔も再び熱くなる。
毎晩、「お腹ぽんぽん」と言いながら無防備に撫で回していたあの猫が、目の前の青年貴族だったなんて。
穴があったら入りたい。
「昨日の夕方、貴女が私を看病し、『頑張らなくていい』と言ってくれた。あの言葉で、私を縛っていた心の鎧が完全に砕け散ったのです」
彼はそっと手から顔を離し、真剣な金色の瞳で私を見つめた。
「心からの安心感を得たことで、長年の呪いが完全に解けました。だから今朝、猫から人間の姿に戻ってしまったのです。服がない状態で」
最後の一言は余計だったが、彼の言葉の重みに私の胸は熱くなった。
「私、ただ自分のためにノワールをモフっていただけですよ」
「それでも。君にモフられる時間だけが、私の救いだったのです」
アルヴィン様は赤面しながらも、真っ直ぐに私を見た。
それはまるで、命を救われた者のような、深く切実な告白だった。
恥ずかしさで爆発しそうだったけれど、それ以上に「彼を救うことができた」という確かな幸福感が私の心を満たしていった。
誰かの期待に応える完璧な令嬢としてではなく、ただ等身大の私として、彼の役に立てたのだ。
私たちはしばらくの間、顔を真っ赤にしながら、互いに視線を逸らしたり合わせたりを繰り返していた。




