第4話 緊張のあまり謎の助言をしてしまいましたが、なぜか感謝されました
数日後。
私の住むボロ家の前には、ちょっとした行列ができていた。
「リゼット先生、うちの亭主が働き詰めで腰を痛めちまって……」
「先生! この近衛隊の巡回シフト、どう削れば一番バレずにサボれますか!?」
平民街の八百屋の奥さんから、アルヴィン様の部下であろう立派な鎧を着た騎士まで。
みんなどこか疲れた顔をして、私にすがるような視線を向けている。
私は家の敷居に立ったまま、ひきつった笑顔を浮かべていた。
「あ、あの……私は先生ではありませんし、ただ適当なことを言っているだけで……」
後ずさりしようとするが、彼らの期待に満ちた眼差しは私を逃がしてくれない。
公爵家にいた頃、大勢の視線を集める夜会は常に息苦しかった。
誰かに期待され、それに応えなければならないという状況は、私の心臓を嫌なリズムで叩き始める。
どうしよう。
一人一人に的確なアドバイスなんて無理だ。
みんな真剣に悩んでいるのに、私が適当に答えたら怒られるかもしれない。
「完璧にやらなきゃ」という前世の記憶とプレッシャーが、再び私の胸を締め付けた。
呼吸が浅くなり、頭の中が真っ白になる。
何か、何か全員が納得するような、立派な解決策を言わなければ。
焦りが頂点に達した瞬間、口が勝手に動いた。
「ふ、布団の温もりこそが最大の防御力です!」
静寂。
路地裏の風の音だけが虚しく響いた。
やってしまった。まただ。
極度の緊張が引き起こす、私の最悪の癖。
鎧を着た騎士からの「防御」という言葉に引っ張られ、意味のわからない謎理論を叫んでしまった。
私は顔から火が出るほどの羞恥に襲われ、両手で顔を覆った。
もうおしまいだ。
「何を馬鹿なことを言っているんだ」と呆れられ、みんな帰っていくに違いない。
エドワード殿下なら絶対にそうする。
しかし。
「……そうか」
最初に声を上げたのは、あの騎士だった。
彼は目を見開き、震える手で自分の胸当てを掴んでいた。
「我々は剣や鎧といった目に見える防具ばかりに頼っていた! だが、真に心身を守る盾とは、十分な休息……すなわち『布団の温もり』だったのだ!」
「えっ?」
「さすが先生だ! 我々の本質的な疲労を見抜き、これほどわかりやすい言葉で導いてくださるとは!」
騎士の言葉に、周囲の平民たちも次々と頷き始めた。
「そうだね、亭主にはまず温かい布団で休んでもらうよ」
「俺たちもシフトを減らして、防御力(睡眠)を高めようぜ!」
皆の顔がパァッと明るくなり、私に向けて深いお辞儀をして去っていく。
中には、お礼にと野菜やパンを置いていく人までいた。
私は顔を覆っていた指の隙間から、その光景を呆然と見送った。
「……誤解、されてる」
私のただのテンパった謎発言が、なぜか「深い教え」として完全に信じさせてしまったのだ。
「ぷっ、あはははは」
不意に、少し離れた場所から押し殺したような笑い声が聞こえた。
振り返ると、路地の入り口でアルヴィン様が口元を手で覆っていた。
彼の肩は小刻みに震えている。
「ア、アルヴィン様! 笑わないでください、私は真剣に答えようとしただけで……!」
恥ずかしさで涙目になりながら抗議すると、彼は咳払いをして歩み寄ってきた。
目の下のクマは数日前よりずっと薄くなり、顔色も良い。
「失礼しました。しかし、貴女の言葉は不思議と人の心を解きほぐす。彼らの顔を見れば、それが最高の助言だったとわかりますよ」
彼はとても優しい、穏やかな目で私を見た。
その視線には、かつて王宮で向けられたような「評価」や「品定め」の冷たさは一切なかった。
ただ、失敗して慌てる私の等身大の姿を、面白がり、そのまま受け入れてくれている。
「……布団の防御力は、本当に高いんですよ」
私が拗ねたように唇を尖らせると、アルヴィン様は「ええ、私も今夜試してみます」と微笑んだ。
恥ずかしさで胸がバクバクしているのに、この温かくてゆるい空気が、たまらなく居心地が良かった。




