村長の泥酔とすれ違う想い
ついに辿り着いた竜人族の村。
しかしそこは、想像していた「村」とはまったく違う場所でした。
文化の違い、生活の違い、そして――価値観の違い。
リューイはこの地で、新たな発見と出会いを重ねていきます。
そして物語は少しずつ、静かに動き始めていきます。
どうぞお楽しみください。
終わりの見えない肉焼きの無限ループからようやく解放され、僕は一息ついた。
さすがに村の人たちと親睦を深める時間も必要だろう。まずは村長たちの席へと向かい、「お口に合いましたか?」と尋ねてみた。
「はひ、ふふふひほほ、はひ、ほへほ、ほひひはっはへふ!」
見事にハ行だけで完結した返答だった。どうやら「美味い」と言っているらしい。
「アッハッハッ! リプトンは昔から酒が弱くてね。普段は飲まないのだが、よほど機嫌が良いのだろう」
隣で快活に笑うマリオンさんは、かなり酒に強そうだ。
僕が二人に酒を注ぐ間も、村長はずっと意味不明な呪文を唱え続けていた。
マリオンさんから行商の裏話を聞いた。竜人族との取引が露見すれば、彼らは間違いなく他種族に蹂躙されてしまう。
そのため、わざと売れ残るような品質の悪い塩や、麻を混ぜた絹の布などを用意し、「行商の売れ残り」という名目でこの村へ運び込んでいるのだという。
「手間がかかりますが、確実な方法ですね。でも、その手間に見合う見返りはあるんですか?」
僕の問いに、マリオンさんは苦笑いを浮かべた。
「竜人族はね、価値の有無に関わらず、キラキラしたものが大好きなんだ。宝石の時もあれば、ただのガラクタの時もある。彼らが自分で選んで、荷物を全部置いていってくれるんだ。トータルで見れば十分な利益になるからね」
ガハハと豪快に笑うマリオンさんは、根っからの良い人だ。それにしても、竜人族の習性はまるでカラスである。今回も質の悪い絹の布などが残っているらしいので、後で村長に交渉して譲ってもらおう。
ふと視線を巡らせると、少し離れた場所でティーナがマリオンさんの息子、マスケスと話しているのが見えた。
しかし、どうも様子がおかしい。マスケスが一方的に詰め寄り、ティーナは困ったように首を横に振っている。
マスケスの口調がヒートアップしてきたのを見て、僕はたまらず二人の元へ歩み寄った。
「前に村長には許可してもらったはずだ! どうしてダメなんだ、あの男のせいか!」
「私が決めたことです。あの方には関係ありません!」
僕が近づいたことに気づくと、マスケスは憎々しげに僕を睨みつけたまま、舌打ちを一つ残し、最後にティーナの腕を掴みかけて…、思いとどまるように手を引っ込め、立ち去っていった。
「ティーナ、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です……」
ティーナは寂しげな表情を浮かべていた。理由を尋ねても「なんでもないんです」と答えるだけで、彼女はマスケスとは逆の方向、料理の鍋が並ぶ方へと走り去ってしまった。
僕よりも料理に慰めてもらうつもりなのかと邪推してしまう自分が、少し情けなかった。
やがて宴は終わり、村人たちはそれぞれの家路についた。
静かになった川原の石に腰掛け、ティーナのこと、マスケスのこと、そしてこれからの自分の身の振り方について思考を巡らせていた。
「まだ、お休みにならないのですか?」
背後から足音が近づき、ティーナが僕の隣に腰を下ろした。二人の間に、穏やかで静かな時間が流れる。
「リューイ様。私にできることは少ないかもしれませんが、私で良ければ何なりとお申し付けください。それが、私の『務め』なのですから!」
ティーナはそう微笑むと、立ち上がって家へと帰っていった。
『務め』とは何だろう。村長に命じられたのか、それとも僕の料理に対する執着からくるものなのか。この時の僕は、彼女の言葉の真意を盛大に勘違いしていた。
翌朝、マリオンさん親子による荷物の引き渡しが行われた。
「前回の借りがあるから、今回はこんなものか……」
とマスケスが不満げに呟くのが聞こえた。彼と目が合うと、再び鋭い敵意を向けられる。
村長から聞いた話によれば、マスケスは以前この村を訪れた際、「ティーナが成人したら連れ帰りたい」と申し出ていたらしい。
竜人族は他種族の町へは行けないため、事実上の現地妻という扱いだ。恋愛は自由であるため、村長は「ティーナ自身が望むなら」という条件で許可を出していた。
しかし、竜人族の掟では、成人の儀を終える前に想いを伝えることは厳禁とされている。
掟を破れば、同族間での交際が永遠に認められなくなるのだ。
部外者であるマスケスが祭りの熱に浮かされて詰め寄ったため、ティーナは村長に相談し、毅然と断りを入れたのだった。
「次に来るのは半年後、雪どけの頃になるだろう。その時は、ぜひまたリューイさんの味噌料理をご馳走になりたいものだ」
すべての取引を終え、マリオンさんが笑顔で僕と握手を交わした。
しかし、馬車に乗り込むマスケスが、すれ違いざま、ふと足を止めたかと思うと――
低く澱んだ声で呟いた。
「……必ず後悔させてやる。この村も、あいつも、ティーナも……必ずだ。 あの力を使えば…、準備は済んでいる
その呪詛のような声は風にかき消されたが、彼の濁りきった瞳は、すでに何かを終わらせた者の色をしていた。そして、僕の胸の奥に底知れぬ不安の影を落としていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回のエピソードでは、竜人族の生活や価値観、そしてリューイの立ち位置が少しずつ見えてきたかと思います。
穏やかな日常の中にも、どこか引っかかる違和感――その正体は、これから徐々に明らかになっていきます。
この先、物語は少しずつ大きく動き始めます。
よろしければ、ぜひ続きもお付き合いください!




