迷い人と先人の遺産
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〈閑話〉
白亜の空間で、地球の女神とリンネは果てしない作業に追われていた。
「魂の数、まだ950万人以上ありますね。さっき大台を切ったはずでは?」
「ええ、二次災害で被害は現在進行形ですから」
二人は魂の光球を、天国、地獄、輪廻、転生と記された箱へ次々と仕分けていく。
「それにしても、なぜリューイ君の転移は弾かれたのでしょう」
「どうやら、あれの意識がまた干渉しているようね。到着した場所は悪いけれど、生きていれば何とかなるわ。あれの思い通りにはいかないでしょうね」
二人は小さく息を吐き、こればかりは成り行きに任せるほかないと、再び魂の選別へと意識を向けた。
――グリーズベアーの脅威から逃れた僕たちは、川沿いの見晴らしの良い場所へと移動していた。
ナビによれば、周囲三百メートルに魔物の気配はない。
ちなみにあの直後、ナビからオーガソードの真の能力――槍の射出と五秒での再充填という、ロケットパンチさながらの機能を事後報告され、生存確率十三パーセントの絶望は何だったのかと、僕は心の中で盛大にツッコミを入れていた。
安全を確保し、ひと息ついたところで改めて向かい合う。
「遅くなったけど、僕の名前はリューイ。どうやら、この世界でいう異世界の存在らしい。地球という世界の、日本という国から来たんだ…」
こんなこと、いきなり言われても、信用できるわけないよね!
でも、僕がそう告げると、ティーナは鞄から一冊の冊子を取り出した。
それはなんと、アラビア語や日本語で書かれた「迷い人のための手引書」だった。
「この世界にいらした方は、本来ならこちらの言葉が話せません。これは、かつてこの世界に迷い込んだ言語学者様が、私たちに残してくださった保護マニュアルなのです」
ティーナの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
僕が違和感なく会話できているのは、ナビのチート機能による自動翻訳のおかげだ。
見知らぬ異世界で、先人が残してくれた偉大な遺産。そのおかげで、僕は警戒されることなく、すんなりとこの世界に受け入れられたのだった。
という事は、僕がこの世界に初めて来た異世界人ではないって言うことか。
あの女神、何を隠してて、何をしてるんだ…。
ぐうぅ。
不意に、可愛らしい音が鳴り響いた。
ティーナがお腹を押さえ、恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
無理もない。これだけ森を逃げ回っていたのだから、腹も減るだろう。普通の人間ならとっくに満身創痍のところだ。
「まずは食事にしようか」
僕がそう提案すると、ティーナは僕の足元に置かれた野ウサギを見つめ、おずおずと申し出た。
「僭越ですが、このウサギは私が捌いてもよろしいですか?」
はい、ウェルカムです! 現代日本の高校生に野ウサギの解体などできるはずがない。
「頼めるかな? 調理は僕がするよ!」
手慣れた手つきで野ウサギを解体していくティーナを眺めながら、僕は食事の準備に取り掛かる。
両親がレストランを経営していたこともあり、妹の世話を焼いていた僕の料理スキルはそれなりに高い。
ラピ◯タバッグの中を確認すると、なぜかキャンプ用の調理セットと、胡椒や塩、その他調味料揃っていた。
これだけあれば十分だ。
周囲に生えている草花から香辛料になりそうなものを摘み、ティーナに毒がないか確認をとる。
解体が終わった肉を部位ごとに分ける。
胴体は骨を外し、香草と塩胡椒をまぶして腹に詰め、裁縫セットの糸で縫い合わせた。
これを粘土で包み、即席の竈で蒸し焼きにする。
砕いた骨は煮立たせてスープの出汁をとり、食べられる野草と山百合の根のようなものを加え、塩胡椒で味を調える。
脚肉は香草と塩胡椒をすり込み、フライパンでじっくりとソテーにした。
ナビに確認すれば手っ取り早いのだが、ティーナとのコミュニケーションも兼ねて、あえて彼女と相談しながら作った野ウサギのフルコースだ。
「おいしいです! こんなお料理、食べたことありません!」
ティーナは目を輝かせ、夢中で料理を口に運んだ。あの言語学者のおじいさんは、どうやら料理が苦手だったらしい。
満足げな彼女の姿に、僕も安堵の息をついた。
お腹も満たされたところで、僕は気になっていたピコピコ動くシッポを見つめつつ、この世界について尋ねてみることにした。
「ティーナ、この世界はどういう世界で、ここは何処なんだい?」
「はい。この世界は『アルヴェール』、ここはランドル大陸の北方にある魔人族領の一部です。今いる場所は、通称『迷いの森』と呼ばれています」
迷いの森…。
迷い人がよく保護されるからそう呼ばれているらしいが、これだけ過酷な環境で生き残れる者は少ないだろう。
種族は大きく分けて四つ。
序列順に、魔人族、亜人族、人族、そして最下層が竜人族だという。
ティーナは14歳で、今年の秋に成人を迎えるらしい。成人すれば、あの可愛らしいシッポは隠せるようになるとのことだ。
日が暮れ、辺りが薄暗くなってきた。
僕はバッグから毛布を取り出し、ティーナの肩にそっと掛けた。
焚き火に枯れ木を焚べながら、ティーナはぽつりぽつりと、竜人族が最下層に位置する理由を語り始めた。
「……私たちは、神を殺した種族なんです」
ティーナの声は、震えていた。
遥か昔、この世界には四柱の神が存在し、そのうちの番いである「竜の神」と「人の女神」が人々を導いていた。
ある秋の収穫祭。竜人族は人の女神に、人族は竜の神に御神酒を捧げることになった。
しかし、竜人族が捧げた御神酒を口にした直後、女神は苦しみ出し、そのまま息を引き取ってしまう。
最愛の伴侶を失った竜の神は深く絶望し、三日三晩の天変地異を引き起こした後、姿を消した。
女神を死に至らしめ、竜の神を怒らせた竜人族は「神殺し」として全ての種族から迫害され、故郷を追われて辺境の地へと追いやられたのだという。
「……でも、竜人族は皆さん優しいのですよ。それが私たちの誇りです」
ティーナの頬を涙が伝う。
「リューイ様が行くところがないのでしたら、私達の村にいらっしゃいませんか? きっと皆、歓迎します」
彼女は涙を拭い、満面の笑みを浮かべて僕の手を握った。
故郷を追われ、不当な迫害を受けながらも、他者を思いやる心を失わないその姿に、僕は深く心を打たれた。
「ありがとう。この世界のことももっと知りたいし、お世話になってもいいかな」
その夜。すやすやと眠るティーナの傍らで、僕はひとり思考を巡らせていた。
神を殺す毒など存在するのだろうか?
竜人族が自ら罪を被り、一方的に迫害を受け入れていることにも違和感がある。
あの言語学者の先人も、その謎を追っていたのかもしれない。
家族を天国へ送るためとはいえ、この理不尽な世界でどう生き抜くべきか。
竜人族の村へ行けば、何かが分かるかもしれない。
僕は静かに目を閉じ、深い眠りへと落ちていった…。
この時の僕は、まだ知らなかった。
竜人族が持つ…、本当の価値を。
読んでいただき、ありがとうございます!
ここから物語は、少しずつ深みを増していきます。
登場人物の想いや行動が、これまで以上に意味を持ち始めるタイミングです。
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