森の主と銀髪の少年
ここでついに――
ヒロインが登場します。
強くて、真っ直ぐで、ちょっとズレてる(?)竜人族の少女。
そして主人公の運命も、ここから大きく動き始めます。
ぜひ、この出会いを見届けてください。
「きゃー!」
川のそばで、僕が一息ついていると、突然少女の悲鳴が森に響いた。
森の中から、何かに追われている様子の女の子が飛び出してきた。
彼女の背後には、巨大な影が迫っている。
熊のような姿をしていた。
しかし、異様なのはその巨躯だけではない。
一つの肩から三本ずつ、計六本の腕が生えているのだ。
「グリーズベアーです。ご主人様の現在の能力では、生存確率13.7%。速やかな退却を申請いたします」
ナビさんが状況を正確に伝えた。
生存確率、13.7%。
……悪くないな。
そう思ってしまった自分に、わずかに笑う。
僕にとっては甘美な響きすらある。
南海トラフ地震で家族を喪い、生きる希望を失った。家族を天国へ送るという条件と引き換えに、この世界で生き続けることを約束したが、僕自身に生きる目的などないのだ。
『誰でもいい、助けよう。最善を尽くし今、僕の目の前にある命を救うんだ』
そう自分を鼓舞する。
しかし、心のどこかで『このまま死んでもいいか』という思いがよぎる。
心の中の負の感情より先に体が動いていた。
少女が逃げてくる方向へ向かって駆け出し、グリーズベアーと少女の間に割って入る。
しかし、勝算や希望といったものは、グリーズベアーの圧倒的な威容の前に吹き飛んだ。
「デカすぎる。どうしろって言うんだ」
勝てるビジョンが全く見えない。少女にこちらへ来るよう促す。
「腕が六本って、反則だろう」
僕は間一髪で少女の元へたどり着いた。
彼女は満身創痍の様子だ。よくぞ捕まらずに逃げ延びたものだ。
グリーズベアー。
体長三メートルを超える熊型の魔獣。
六本の腕が振るう膂力は大木をも容易くへし折る。
雑食性で極めて獰猛。
この森の生態系の頂点に君臨する、いわゆる「森の主」だ。
ナビの解説はそこまでで、弱点については教えてくれない。
「僕の後ろへ!」
少女に声をかけると、彼女は僕の背後に隠れ、祈るようにしゃがみ込んだ。
近くで見ると、とても可愛らしい。
薄紫色の髪に、アメジストのように輝く瞳。
そして、腰のあたりにチラリとシッポが見えた気がした。
「木の陰に隠れて、できるだけ離れていて!」
少女に指示を出し、僕はグリーズベアーと対峙する。威嚇の姿勢をとっているため、三メートルという数字以上に巨大に感じる。
グリーズベアーが咆哮と共に襲いかかってきた。
右側の三本の腕、計十五本の鋭い爪が迫る。
腕の外側へ逃れようとするが、巨体に似合わぬ器用さで体を捻ってきた。
「……裏拳まであるのかよ」
オーガソードを盾にして防ぐが、圧倒的な膂力の差により、僕は見事に吹き飛ばされた。
背中から大木に激突する。
肺の空気が一瞬で吐き出される。
息が、できない。
肺から空気が強制的に絞り出され、背中に走る激痛に顔が歪んだ。
「マズいな、強すぎる。知能も高そうだ。正面から打ち合うのは無謀か」
なんとか立ち上がると、今度は左側の三本の腕が襲いかかる。
腕の下をくぐり抜け、オーガソードで脛を打ち据えながら低い姿勢で背後へ抜ける。
脛への一撃が牽制になったのか、裏拳の追撃は来なかった。
しかし、攻撃を避けられたことがよほど気に食わなかったらしく(脛へのダメージは皆無のようだ)、激しい咆哮を上げた。
再び対峙。攻撃を掻いくぐり一撃を入れ、回避する。その繰り返しだ。完全に防戦一方のジリ貧状態である。
距離を詰められる。
一歩、遅い。
……まずい。
「このままじゃ押し切られる。熊なら眉間が弱点のはずだが、この武器じゃ相性が悪すぎる!」
そう、熊の急所は眉間だ。しかし、僕の武器はナタの形状をしている。斬撃や打撃はできても、「刺す」という攻撃には不向きなのだ。完全に詰んだ。
「持ち手にある突起を押してください」
ナビの声が響く。
「突起を押してください。槍形態に移行します」
ナビさん、ナイスアシスト! でも、勝手に心を読まないでほしい。
「緊急事態につき、一時的に思考を同調させました。平常時は行いません。ていうか、常に思考が筒抜けなんてこっちがキモいっス」
ナビさん、ごめんなさい。反省しつつ、持ち手の突起を押し込む。
ガシャッという金属音と共にナタの刃が持ち手側へスライドし、先端から三十センチほどの、返しがついた巨大な針のような槍先が飛び出した。
「これなら……!」
僕はグリーズベアーへと向き直る。
「このまま仕掛けるのは分が悪い。でも、タイミングを合わせれば……」
じりじりと後退し、姿勢を低くして待ち構える。
グリーズベアーが天を仰いで咆哮し、左側の三本の腕を同時に振り下ろしてきた。
「今だ!」
僕は攻撃を後方へ跳んで躱す。三本の腕が地面に深く突き刺さった。
その腕を足場にして跳び上がると、すかさず右側の腕が襲いかかってくる。
空中でさらに身をよじって右腕の攻撃を避け、背後の大木の幹を蹴る。その反動を利用して、グリーズベアーの頭上はるか高くへと跳躍した。
「これで終わりだぁっ!」
全体重を乗せ、オーガソードの槍先をグリーズベアーの眉間めがけて突き立てる。
「グァァァァァァッ!」
グリーズベアーは左腕をガードのために交差させていたため、上空からの急襲を避けきれなかった。
槍先は眉間ではなく右目に深く突き刺さる。
脳まで達したのだろう。巨体がぐらりとよろめき、轟音と共に崩れ落ちた。
「ようやく、終わった……」
僕は全身の力が抜け、その場へたり込んだ。
しばらくの静寂の後、不意に声がかけられた。
「あのぅ……」
すっかり失念していた。助けた少女が、おずおずと近づいてきたのだ。
「あの、助けていただき、本当にありがとうございました」
鈴の転がるような、凛とした美しい声だった。
地面に座り込む僕の前に屈み込み、丁寧にお礼を言う。恐怖の余韻か、安堵からか、そのアメジストの瞳はうっすらと涙ぐんでいた。
至近距離で見つめられ、柄にもなく少し照れてしまう。
それにしても、可愛い。
リンネの華やかな美しさとは違う、清楚で可憐な可愛らしさだ。
森の中を必死に逃げ回ったのだろう、簡素な服は泥に汚れ、あちこちが破れている。
しかし、それがかえって彼女の儚げな魅力を引き立てていた。
「あの、お怪我はありませんか?」
彼女はさらに身をかがめ、下から僕の顔を覗き込むように見上げた。
……近い。
こんな距離で、女の子に見つめられたことなんてない。
「だ、大丈夫。どこも怪我してないよ!」
僕は少し顔を引きつらせながら、愛想笑いを浮かべた。
無理もないだろう。これまでの十七年の人生で、こんな美少女から至近距離で心配されたことなど一度たりともないのだから。
僕自身、自分の容姿を卑下しているわけではない。
平均よりは少し上だという自負もある。しかし、生まれつきの銀髪と少しつり上がった目つきのせいで、不良だと勘違いされ、日本の女子高生からは常に距離を置かれていたのだ。
「よかったです。本当に安心しました。改めて、命を救っていただきありがとうございます。私はティーナと申します」
ティーナは心底ホッとしたように、花が綻ぶような微笑みを浮かべた。
その背後で、さわり心地の良さそうな大きなしっぽが、嬉しそうにピコピコと揺れていた。
……触りたい。
いや、ダメだ。絶対ダメだ。
そのしっぽを無性に触りたくなったが、命の限り我慢した。
あれ? 僕ってしっぽフェチだったのか…。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ついにティーナが登場しました。
ここからは、二人での旅が本格的に始まっていきます。
・戦闘
・サバイバル
・少しずつ変わっていく関係
このあたりを軸に、どんどん面白くなっていく予定です。
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