迫り来る魔人の軍靴と、重すぎる愛の形
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同じ頃、ディガル領軍は迷いの森を強引に進軍していた。時折、強力な魔物が姿を現すが、一千五百という圧倒的な数の暴力で次々と粉砕していく。
とはいえ、一度に全軍が一斉に進めるわけではない。元来、商人の馬車が一台通れる程度の道幅しかないのだ。どうしても縦列で進むことになり、森から飛び出してくる魔物によって、少なからず被害が出ていた。
マリオンたち商人は、魔物が嫌悪する特殊な音を発する「魔物避けの道具」を用いてこの危険な地を渡り歩いている。
むろんディガル領軍もそれを装備してはいたが、一千五百人の縦長な隊列をカバーするには、いかんせん数が絶対的に不足していた。しかも、その貴重な道具は先頭の騎馬隊に優先配備されているため、後方を徒歩で進む一般歩兵たちの被害ばかりが増大していく。
「うわぁっ! 助けてくれ!」
腹を裂かれた兵士が、泥の中でもがきながら叫ぶ。
一般歩兵たちの隊列のあちこちから、悲鳴が上がっていた。
しかし、長大に伸びきった隊列の先頭を行く領軍長ギャバンの耳には、その悲鳴は届かない。
「進軍が遅いな。斥候は何をしている」
ギャバンが苛立ちを口にしたその時、前方から報告が舞い込んだ。
「前方に、小規模な集落を発見しました。おそらく、竜人族の村かと」
報告によれば、二、三十人規模の小さな村だという。
「歩兵は村を取り囲め。騎馬隊は俺に続け、一網打尽にするぞ!」
指示を飛ばし、ギャバンは自ら騎馬隊を率いて村へと向かった。だが、当然ながら騎馬隊の前方には自軍の歩兵たちが列をなしている。
「ええい、何故我らの進軍を邪魔する!」
ギャバンが怒号を上げ、副官らしき男が懸命に道を空けるよう指示を出すものの、歩兵たちは遅々として動けない。
「絶好の機会を逃す気か! 騎馬隊、ついて来い!」
業を煮やしたギャバンは、あろうことか自軍の歩兵を馬で弾き飛ばしながら村へと突進していった。
後には、味方の馬に蹴り飛ばされ、身動きが取れずに呻き声を上げる歩兵たちだけが無惨に取り残された。
「ギャバン様、味方に対していくらなんでも、あまりに……」
思わず進言した副官に対し、ギャバンは獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。
「貴様は俺の楽しみを奪う気か? まあいい、お前はここに残って軍の立て直しでもしていろ。騎馬隊、行くぞ!」
副官は苦渋の表情でその場に留まった。
ギャバンが向かう先で起きるであろう竜人族への惨劇も気がかりだが、今はそれ以上に、踏みにじられた自軍の惨状をどうにか収拾しなければならなかったのだ。
味方の歩兵を踏み躙って進んだギャバンは、まもなく村の目前へと到達した。
「野郎ども、この先にはまだ獲物がいる。こんなちっぽけな村は蹂躙し尽くせ。前祝いだ!」
ギャバンの号令を皮切りに、騎馬隊が雪崩を打って村へと侵入していく。
たかが二、三十人が暮らすだけの小さな村だ。数百の凶暴な騎馬隊によって、瞬く間に蹂躙し尽くされてしまった。
そんな凄惨な村の有様を、少し離れた森の木陰から見守る二人の竜人がいた。
「ちくしょう……村のみんなが! 父さんや姉さんも!」
まだ成人前と思われる少年の悲痛な叫びに、隣にいた兄らしき青年は、燃え盛る村を睨みつけながら強く拳を握りしめて言った。
「……どうしようもない。あれは魔族の軍だ。掟に従い、他の村に知らせに行くぞ」
「でも兄さん!」
「……逃げるぞ」
「何でだよ!?」
「掟だ。戦うな、伝えろ」
そう、竜人族には過酷な掟があった。
その命が宝玉という価値を持つがゆえに、常に他種族から狙われる運命にある。
だからこそ、万が一村が襲撃された場合、生き残った者は絶対に戦わず、他の村へ危機を伝達して種族全体を維持することが義務付けられていたのだ。
彼ら二人が生き延び、掟を果たしたおかげで、竜人族全体は最悪の事態を免れることとなる。
ひとつの村の尊い犠牲を代償として……。
故郷を焼かれた二人は、急ぎ別の集落へと駆け込んだ。
「それは本当か……! よくぞ伝えてくれた」
報せを受けた村の長らしき人物が、息も絶え絶えの少年たちを労う。
「ヨハンの村は全滅か、次はうちの村だな。村の者を集めよ、女子供はリプトンの村に向けて避難! 男衆は迫ってくる魔族の監視と、ほかの村にこの事実を伝える役に分かれろ。急ぐのだ!」
種族の存続に直結するがゆえに、竜人族の掟への忠誠は絶対だった。
長の指示はすぐさま実行へと移される。
そして、各地に散らばった村人が逃げ込むのは、迷いの森のもっとも奥地に位置する『リプトンの村』と決められていた。
実のところ、竜人族の文化には木造建築もある。襲われた村もそうだった。
では、なぜリプトンの村だけが崖に穴倉を開けて生活しているかと言うと、人や魔物に襲われたときの竜人族全体の避難所としての意味もあったのだ。
それゆえに彼らだけは原始人のような暮らしを強いられていたのである。
一方、ギャバン達ディガル領軍は、完全な自業自得によってすでに歩兵の三割を戦闘不能で失っていた。
——敵ではなく、味方によって。
「これだから一般兵は不甲斐ない!だが、潰れて道が空くなら役に立った方だな」
その半分以上は自軍を踏みにじったギャバン自身のせいなのだが、当の本人はその事実を綺麗さっぱり忘却している。それよりも彼は今、別のフラストレーションを溜めていた。
進軍中、領軍は各所に村を発見し、制圧してきた。しかし、生活していた形跡はあるものの、竜人は一人として発見できなかったのだ。
すでに魔族軍襲来の情報が知れ渡っていると考えていい。
「まぁいい、この先は袋のネズミだ!」
密告書の地図によれば、この一番奥に本命の村が存在する。そこを抜けたとしても、背後には峻険なライオネ山脈がそびえ、越えることの不可能な大渓谷が口を開けているのだ。
それ以外は凶悪な魔物がひしめく森。彼らに逃げ場などない。ギャバンがそう確信するのも、もっともな理であった。
僕達は竜の村へたどり着いた。
村に入った瞬間、違和感に息を呑んだ。こんなにいたの? と言うぐらい大量の竜人族がひしめき合っている。千人以上はいるだろうか。
「どうやらすべての竜人の村人が集まっているようです……」
ティーナも一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに酷く沈痛な面持ちでそう答えた。僕はてっきり、竜人族の生き残って暮らしている村はこの村だけだとばかり思っていたのだ。
「へえ、こんなにいたんだ……」
僕が純粋な驚きを口にした瞬間だった。
「すいませんでした! 竜人族には、他の村の事は殺されても他言しないと言う掟があります。私はリューイ様を深く愛しております。それは命に代えてもと思っています。しかし、掟を破る事は出来ません…。でも、リューイ様に言えなかったことは事実。死をもって償いましょう……。リューイ様、永遠に愛しております……」
悲壮な覚悟を叫ぶや否や、ティーナは腰から抜いた二振りのサーベルを自らの首に当て、躊躇いなく首を切り裂こうとした。
「ストップ、ストップ、すとっぷぅ〜!」
僕は全力で飛びつき、刃が皮膚を裂く寸前でティーナの手を強く掴み留め、ギリギリのところで彼女を現世に引き止めた。物理的な重さとは違う、別の意味でティーナの愛が重すぎる!
僕は冷や汗を拭いながら、必死に彼女を諭した。
「いいかいティーナ、お願いだから金輪際こんな馬鹿な真似はしないでくれ」
「でも、私はリューイ様に愛と忠誠を誓った身。それを掟だからと言って、伝えていなかったのです。死して償う他ありません」
いや、純粋に「何でこんなに竜人族多いかな〜?」って感心しただけなんですよ、はい! 頼みます、昔のサムライじゃないんだから、簡単に死なないで!
「ティーナ、誰にだってどうしても言えない事はある。理由があるならそれでいいんだ。けど、簡単に死のうとするのは絶対にダメだ! 今回は、不幸なすれ違いが生んだ結果だ。しかし、今後同じ事が起きたら、僕は土下座してティーナにお願いするぞ! 『死なないでティーナ!』って、鼻水垂らしながら、地面に頭を擦り付けて、どうかやめてくださいって、絶対そうするぞ!」
そのあまりに情けない(しかし決死の)僕の脅し文句に、ティーナは顔を蒼白にして首を横に振った。
「ダ、ダメです! リューイ様がそんな事を……してはなりません! 私の考えが足りませんでした。二度としないと誓います!」
ティーナは泣きながら僕に抱きついて来た。背後では、全裸に布を巻いただけのポチが冷ややかな白い目で僕達を見ている。すかさずヴァルちゃんがポチの足にガブリと噛みついた。ヴァルちゃん、グッジョブ!……いや今それどころじゃないな。
ひとまず落ち着きを取り戻した僕らは、現状を確認するため村長リプトンさんのところへ向かった。
「おぉ、リューイ殿! 戻られましたか。ずいぶん早かったですな、良いのか悪いのか……」
村長は複雑な表情でそうこぼすと、僕らを自らの家へと招き入れてくれた。
「村長、今の状況を説明して欲しい」
外では、ざわめきが広がっていた。
——逃げてきた者たちの恐怖が、村全体に伝染している。
席についた僕がそう言うと、村長はお茶の指示を出しながら重い口を開いた。
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