忍び寄る魔人族の影と、新たな仲間(?)ポチ
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時は少し遡る。僕らが遺跡探索へと向かっていた頃、魔人族の領土であるディガル領では、三人の男たちが密談を交わしていた。
領主であるゲルヒは、私室のテーブルに置かれた一通の密告書を囲み、太った身体を揺らしてカップの茶を飲み干した。
「まさか、あの迷いの森に隠れ住んでいたとはな」
「事実だとしたら、莫大な利益に繋がりますな。それも百五十人規模。他にも近隣に潜んでいるやもしれませんぞ。最近では魔人領でも竜人など滅多にお目にかからん。はぐれがたまに見つかる程度ですからなぁ」
頬に大きな傷のある男、ギャバンが下劣な笑みを浮かべて同調した。
「百五十……か。村ごとなら、宝玉は桁が違うな」
ゲルヒは脂ぎった指で密告書を叩いた。
「中央に食い込むには十分だ。――女は持ち帰れ。上玉はワシに回せ」
「はっ。男は全て処分します」
ギャバンの口元が、獲物を前にした獣のように歪んだ。
竜人は死ぬと宝玉を残し、それが極めて希少価値が高く莫大な富をもたらすのだ。
「そうだな、富はいくらあっても困らん。ワシはさらに上へ行く。中央へ上がり、富と権力を集めてのし上がるのだ。この手柄を我々の物にできれば、中央への影響力も増すだろう」
ゲルヒは「我々」と口にしながらも、その腹の内では利益を独占することしか考えていない。
彼は密告書を指先で叩き、もう一人の男へと視線を向けた。
「これは信用できるのか?」
領主の問いに対し、深くフードを被った男、グリードが静かに答える。
「迷いの森方面を商いとしている商人の一部が、頻繁に荷を空にして戻ってきていることを確認しております。ルートと積み荷の内容から推測するに、何者かに物資を融通している可能性が極めて高い。彼らが竜人と繋がっていると考えれば、密告書の内容とも辻褄が合います」
密告書には、竜の村へ至る詳細なルートまでが記されていた。
「そうか。ではギャバンよ、兵千と騎馬五百を連れ、竜の村へ赴け!」
「はっ。必ずやこのギャバンが、竜人どもを刈り取って参りましょう」
恭しく首を垂れる傷の男を見て、ゲルヒは満足そうに頷き、再びフードの男へと顔を向けた。
「のう、グリードよ。このような密告書があったなどと王都に知られるわけにはいかんな。あくまでも、竜の村は『偶然見つけた』ことにせねばならん」
「密告者の目星は付いております。片付けるなり、こちらの駒にするなり、いかようにも致しましょう。それでは」
グリードは短く答えると、静かに部屋を後にした。
ゲルヒはギャバンに向かって醜悪な笑みを向ける。
「ちゃんと、分かっておるな?」
「ええ。男は殺し、女は持ち帰りましょう。上玉は領主殿に献上いたしますとも……」
ギャバンは猛獣のような獰猛な笑みを浮かべた。この男は、犯すよりも殺すことに悦びを見出す異常者であった。
同時刻、街の裏路地。
「何で俺が追われなきゃいけないんだ!」
マスケスは荒い息を吐きながら逃げ惑っていた。大通りを歩いていたところ、突然、屈強な男たちに囲まれたのだ。
『お前がマスケスだな』
そう問われた瞬間、背筋に悪寒が走り、男の一人を突き飛ばして裏路地へと逃げ込んだ。人を突き飛ばし、物をなぎ倒しながら必死に走るが、追手は執拗に迫ってくる。
「俺は悪くねぇ……あいつらが悪いんだ!」
ティーナを奪われた。だから奪い返そうとしただけだ。
それの何が悪い――?
密告書を送ったのは他ならぬマスケス自身だった。自分が手に入れるはずだったティーナを、あの男が奪ったのだ。許せない。
その身勝手な憎悪は、次第にリューイのみならず竜人族全体へとすり替わっていた。
「なぜだ、追われるのはヤツらのはずだ! なぜ俺が!」
逃げ場を失い、マスケスの瞳はさらにどす黒く濁っていく。
「いい目ですね、とてもいい」
ふと顔を上げると、目の前にはフードを被った男が立っていた。周囲は完全に囲まれている。
「いいでしょう、資格は十分です。連れて行きなさい」
フードの男の合図とともに、マスケスは闇の中へと引きずり込まれていった。
「フフ、良い駒になりそうですね。あ奴らに預ければ……」
男は顎先に右手を当てて思案する。その手の甲には、円の中に黒く塗り潰された『六芒星』の刺青が不気味に刻まれていた。
場面は戻り、僕たちの迷宮探索。
茶褐色の髪をした、僕より少し背の高い元レッドドラゴンの「ポチ」君が仲間に加わった。
男同士の語り合いを経て快く仲間になった彼だが、いかんせん全裸である。このままティーナたちの前に出しておくわけにもいかず、悲鳴を上げるポチに無理やり服を着せ(その過程で全身の骨がポキポキと鳴ったが)、ひとまず休憩を取ることにした。
僕はおにぎりと味噌汁、ヴァルちゃんも同じメニュー、ティーナは例の不思議なパンを頬張っている。そしてポチには、バケツ一杯の「ネコマンマ」を恵んでやった。
ポチは涙を流しながらネコマンマを貪り食っている。話によれば、奇妙な魔法をかけられてこの部屋に連れてこられて以来、一切の食事を与えられていなかったらしい。変な力が働いて力が湧き上がるのを感じる一方で、腹は空く一方だったという。
ポチは涙を流しながら、ネコマンマを貪った。
久しぶりの食事だったらしい。
食べ終える頃には、砕いたはずの腕が元に戻っていた。
「……便利だな、お前」
もう一度折るか、少しだけ悩んだ。
人心地ついたところで、周囲の探索を開始する。
部屋は東京ドーム一個分ほどの広さがあった。
「リューイ様、扉があります!」
ティーナの声に呼ばれて向かおうとした時、僕の足が何かに当たり、カランカランと乾いた音を立てて転がった。
「これは……」
レッドドラゴンの逆鱗だ。拾い上げてよく見ると、中心に幾何学模様が刻まれている。円の中に描かれた、黒く塗り潰された六芒星。詮索は後回しにして、僕は逆鱗を懐にしまい、ティーナの元へ急いだ。
扉の前に立つ僕と、ヴァルちゃんの視線が交差する。
『行けよ、想うがままに!』
ヴァルちゃんがそう言って背中を押してくれたような気がした。僕は思い切って、扉を左右に「押し開き」した。
開いた! ついに日本、いや地球の常識が異世界に通用した瞬間だ。僕は一仕事を終えた肉体労働者のような、爽やかな笑みを浮かべていた。
「下へ続いていますね」
ティーナが扉の先を指差す。まさかこの下に二匹目のポチがいるなんてことは勘弁してほしい。
僕らは通路を進む。ナビさんの報告によれば、渓谷のさらに下を這うように進んでいるらしい。しばらく歩くと、今度は上り勾配に変わった。
「一度、休憩を挟もう」
かなりの距離を歩いた。ナビさんによれば、すでに渓谷を抜け、竜の村側へ到達しているとのこと。
どうやら、こちら側はごく普通の通路のようだ。対岸は凶悪なダンジョンだったのに、はたしてどちらが異常なのだろうか。
何度か休憩を繰り返し、ついに終点らしき場所にたどり着いた。
一応、ヴァルちゃんには石で出来たハンマー、ポチには石で出来たバットを持たせてある。ヴァルちゃんはヘルメット付きだ! どれもティーナの力作である。
少し開けた空間の先に、一つの扉がある。僕らは扉を開けようと力を込めたが、ビクともしない。
「これは今までの扉とは違うな。開けようとすると、隙間から土がこぼれてくる。つまり、扉の先が土砂で覆われて開かないんだ……ティーナ、頼めるか?」
「分かりました、やってみます」
外側の土を魔法でどかすのだ。ティーナが土魔法の詠唱を始め、しばらくすると額に汗を浮かべながら振り返った。
「多分、これで大丈夫だと思います」
かなりの土が埋まっていたのだろう。僕らが扉を開けて外へ出ると、扉を中心にして三十メートルほどの巨大な円錐状のくぼみが形成されていた。一体何トンの土砂を魔法で動かしたというのか。
扉を抜けた先は、ライオネ山脈の中腹だった。
「ズレたな……」
竜の里への帰路は大幅にずれた。
だが問題は、それだけじゃない。
懐に入れた逆鱗が、微かに――脈打っていた
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