決意の帰還と、絶望の赤き竜(後編)
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ティーナの無防備な姿を、レッドドラゴンが舌舐めずりしながらのぞき込む…。
その瞬間、僕の中で何かが決定的にブチ切れた。
「クソが……何見とるんじゃぁぁっ!
ティーナに触れていいのは… 、いや、守れるのは俺だけだ!」
大地が小刻みに揺れ、周囲の温度が急激に上昇していく。周囲から何かが集まってくるような感覚があり、僕の中の何かが変質していくのがわかった。
『警告:ご主人様のフィジカルブーストの倍率が急上昇しています。三倍から六倍、十二倍、十八倍……あかん、コイツぷっつんしとるわ』
ナビさんが久々に俗っぽい毒を吐いていたが、今の僕の耳には全く届かない。
全身から禍々しい赤いオーラを噴出させながら、僕はレッドドラゴンへと歩み寄った。
踏み込んだ瞬間、足元の石畳が砕けた。
「……軽い?」
自分でも制御できていない力に、一瞬だけ違和感を覚える。
だが次の瞬間、その感覚すら怒りに塗り潰された。
レッドドラゴンもこちらを振り返り、警戒するように身構える。
「オラ、おいたをしようとしたのはこの口か? この口かぁ〜!」
僕は凄まじい脚力で跳躍し、レッドドラゴンの左頬へ渾身の右フックを叩き込んだ。巨体が大きく揺らぎ、強靭な牙が数本、虚空へと吹き飛んだ。
レッドドラゴンは驚異を感じたのか、反撃のブレスを吐こうと大きく口を開いた。しかし、その顎を下から膝蹴りで強烈にかち上げる。行き場を失った業火が、ドラゴンの口内で虚しく大爆発を起こした。
「この手か? この手がティーナの○○を、おいたしようとしたんか…」
僕はドラゴンの前足を掴み、容赦なく捻り上げる。絶叫と共に、太い骨がボキボキと砕ける不快な音が広間に響き渡った。
レッドドラゴンの瞳が、明らかに怯えた色に変わった。
「リューイ、様……?」
気を失っていたティーナが目を覚ましたらしい。胸がポロリとはだけたままの彼女の声に、レッドドラゴンが一瞬だけ視線を向けた。それが、ヤツの最大の命取りだった…。
「この期に及んでまだ見るか、駄竜め! これ以上に無い地獄を味わわせてやる」
そこから先の記憶は、途切れている。
殴った感触。
骨が砕ける音。
何かを引きちぎる手応え。
それだけが、断片的に脳裏に焼き付いていた。
すっかり恐怖に震え、尻尾を丸めてすくみ上がるレッドドラゴン。僕はその胸元から、黒く染まった『逆鱗』を力任せに引きちぎった。
空間を切り裂くような断末魔の叫びが響き渡った。
レッドドラゴンは地面に横たわり、無様にピクピクと痙攣している。
僕の心に後悔や慈悲の二文字は微塵もない。何故ならヤツはティーナの秘部を…、僕だけが独占すべき神聖な光景を覗き見たのだ。
「さて、生き証人は消さないとな。トドメを刺すか!」
爽やかな笑顔(内心は殺意の塊だ)でレッドドラゴンへ歩み寄った瞬間、巨体が眩い光に包まれ、急速に収縮していった。
光が収まると、そこには人間と同じサイズの男がうずくまっていた。
先ほどまでの威厳は欠片もなく、ただの怯えた人間に成り下がっていた。
「すいません、すいません、もうしません! 下僕になります、足を舐めます、イスにもなります、なんでもやります! いっそのことひと思いに殺してください……!」
年齢は僕と同じくらいだろうか。
全裸の青年が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ひたすら命乞いをしている。男か……男ならば情けは無用だ!
「良かろう、ひと思いに……」
ヤツの脳天を砕こうと手を振り上げた瞬間、ティーナが駆け寄ってきて僕に背後から抱きついた。
「驚きました、リューイ様がお人が変わったように……! けど、今はいつもの優しいリューイ様ですね」
泣きそうな顔をして、はだけた胸元を両手で必死に隠しているティーナ。僕は慌てて自分のフードコートを脱ぎ、彼女に被せた。
その瞬間、僕の中の「完全殺意モード」は急速に冷却されていった。殺意はまだふつふつと残っているけれど。
「この方は……?」
ティーナが、全裸でうつ伏せになり、今もぶつぶつと命乞いを続ける男を見て不思議そうに首を傾げる。
「ああ、こいつはさっきのレッドドラゴンだ。今すぐなます斬りにして下水に流すから、ちょっと待っててね」
感情の籠もらない冷徹な視線を男に向ける。ティーナのアレを見たヤツは問答無用で下水行きだ。
「すいません、すいません、すいません! 私もしたくて襲った訳ではないのです。操られていたんです!」
男が必死に弁明を始める。面倒くさいので話を要約するとこうだ。
彼は竜神様の眷属の子孫で、自由を求めて故郷を飛び出したものの、集団でリンチに遭って捕獲され、この迷宮に連れ込まれた。
そこで呪いのような魔法をかけられて操り人形にされ、理性を失っていた。
その後、ここに縛り付けられ変な力が身体を蝕んでいたが、僕が逆鱗を引き剥がしたことでようやく自我を取り戻したらしい。
「辛い想いをされたのですね」
ティーナが優しく同情の声をかける。
「ティーナはそこで待っていて。これでも腐ってもレッドドラゴンだ。男同士で込み入った話がある」
僕は元レッドドラゴンの首根っこを掴み、ティーナから十分に距離を取るよう引きずっていった。
「……お前、竜の時に『何か』見たか?」
ドスの効いた低い声で問い詰める。再び俺モード発動だ。
「見たかって、アレのことですか?」
殺害、確定である。僕は無言でゆらりとオーガソードを抜き放った。
「見ていません! ティーナさんは気絶していて、腕で隠れていましたから! うん、誓います、決して見ていません!」
男はガタガタと激しく震えながら必死に弁明する。やはり殺すべきかとも悩んだが、今ここでティーナの前で証拠隠滅するわけにもいかない。
「今後、ティーナの肌を見たら殺す。風呂を覗いても殺す。万が一にも彼女の胸に触れようものなら、細切れのなますにして下水道へ廃棄すると思え!」
「ひぃぃっ!」
「それと、僕に絶対の忠誠を誓え。誓わなければ今すぐ下水行きだ」
全裸の男は首が折れんばかりの勢いで何度も頷いた。
ティーナの秘密を見たのだ、生かしてやるだけでもありがたいと思え。こうして、強大な力を持つ眷属の下僕が手に入った。僕は再び男の首根っこを掴み、ティーナの元へ戻った。
「まぁ、もう大丈夫だろう。彼とよく『話し合い』もしたしね」
僕がそう言うと、足元でガタガタと震え続ける男に対し、ティーナが優しく問いかけた。
「あなたの名は、なんと言うのですか?」
男が何か名乗ろうと口を開きかけた瞬間、僕はすかさず言葉を遮った。
「ポチだよね。違うかな? さっきそう聞こえた気がするけど、気のせいかな?」
凄みを込めて睨みつけると、男は消え入りそうな声で泣きながら答えた。
「はい……私はポチです。どうか、ポチとお呼びください…」
ポチの首を掴んだ腕を見た。
……熱は、もうない。
「あうっ……」
少し、強すぎたか…、まあいい。
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