逆走のボス部屋と、至福のすいとん
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
地下での探索が続きます。
少し緊張感のある展開ですが、いつも通りの二人のやり取りも楽しんでいただけたら嬉しいです。
「このような仕掛けもあると、おじいちゃんに聞いた事がありました」
ティーナは優しくフォローしてくれたが、日本出身の僕としては「お約束」を見抜けなかった自分が情けなくてたまらない。
すぐに気を取り直し、そっとスライドさせた扉の奥を、一瞬だけ中を覗き込み――
何も言わず、音もなく、そっと扉を閉めた。
……いや無理だろ、あれ。
明らかにとてつもなく巨大な魔物が鎮座していたからだ。
「ティーナ、作戦会議だ」
選択肢は二つ。あの巨大魔物と戦って先へ進むか、無数の蟲が蠢く渓谷へ引き返すかだ。
「幸い、ここは安全圏です。ここを拠点にして魔物と戦うか、時間をかけて蟲の群れを突破するか……」
ティーナが真剣な表情で提案するが、答えは一択だ。魔物との直接対決を決意し、再び扉を開く。
恐竜ほどの巨体を丸め、背を向けて眠っている隙に、壁沿いの通路を抜けてしまおう。足音を殺し、慎重に進む。
しかし、通路まであと二十メートルというところで、ゆっくりと魔物が顔を上げた。バッチリと目が合う。
そこに愛など芽生えるはずもなく、魔物の鼓膜を裂くような咆哮が轟いた。
同時に、進むべき通路も、背後の扉も、上から重厚な壁が降りて完全に封鎖されてしまう。
「ティーナ、打ち合わせ通りに!」
僕がオーガソードを構えて囮となり、正面に立つ。魔物がのっそりと立ち上がろうとしたその瞬間、
「アースディバインド!」
ティーナの土魔法が炸裂し、隆起した土が魔物の四肢を強固な枷となって拘束した。
魔法の詠唱を初めて聞いたな、などと考えながら、僕は魔物の背を駆け上がり、首元へオーガソードを深々と突き立てる。
「やったか!」
――言った瞬間、僕は自分の口を全力で殴りたくなった。
RPGにおいて、この台詞が何を意味するかなど、嫌というほど知っている。
斬り落としたはずの首の断面から、新たな二つの首が鎌首をもたげ、四つの憎悪に満ちた瞳が僕を睨みつけていた。
「ヒュドラか!」
直感で背中から飛び降りた直後、ヒュドラの口から溶解液が吐き出された。強烈な酸の臭いが立ち込める。
酸が地面を溶かし、靴底がじゅっと音を立てた。
一歩でも遅れていたら、足ごと消えていた。
……笑えない。
しかし、僕が回避したことで、その酸はヒュドラ自身の斬り落とされた首の傷口へと直撃した。自らの酸に焼かれ、ヒュドラが激しく悶え苦しむ。
「この隙に畳み掛ける!」
二人がかりでアキレス腱を切り裂き、体勢を崩して倒れ込んだヒュドラの残る二本の首を、見事に切断した。
ヒュドラが完全に沈黙すると、封鎖されていた扉が開き、上へ続く階段が現れた。
「これって……僕ら、ボスの部屋から逆走して入ってきたのか?」
ゲーマーなら誰もが一度は夢見る“裏ルート”。
そして誰もやらない“バグみたいな侵入”。
「……仕様じゃないよな?」
もし仕様だったら、このダンジョンを作ったやつは性格が悪すぎる。
誰にともなく呟き、僕は天を仰いだ。
とりあえず、ヒュドラを無限ポーチに収納した。
一休みしてボス部屋を出る。
その後は、迷路のようなダンジョンをひたすら彷徨うことになった。
下層へ行くほど複雑な構造になっているらしく、分岐をティーナの風を読む感覚に頼りながら進む。
途中で迫り来る魔物を退け、休息を取りながら進むこと三日。単純な造りになっていき、最後はスライムしか出なくなった頃、ついにひときわ大きな扉を発見した。
扉をスライドさせると、眩しい陽光が差し込んできた。
「う〜ん、空気が美味しいですね!」
大きく伸びをするティーナ。振り返ればそびえ立つライオネ山脈。どうやら無事に脱出できたらしい。
「まずは休もう」
三日間の火気厳禁生活から解放され、久しぶりの温かい料理を作る。
小麦モドキを練ってすいとんを作り、ヒュドラの肉とキノコを煮込んだ特製スープだ。最後に味噌を溶かして一煮立ちさせれば、完璧な仕上がりである。
「さあ、食べよう!」
三日間、火を使えなかった。
温かいものを口にしていない。
味噌の香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
だから――この湯気だけで、泣きそうになる。
「美味しいです! ムチムチした食感に、噛むと溢れるヒュドラの肉汁……スープが身体の芯まで染み渡ります!」
見事な食レポを披露しながら、ティーナは満面の笑みでどんぶりを空にしたのだった。
迷宮を抜けた安堵と疲労で、僕は泥のように眠った。
警戒はナビさん任せだ。
翌朝、目を覚ますとティーナは朝の水浴びに出かけていた。近くに川が流れているのを昨日見つけていたらしい。出かける前、彼女が魔法で枯れ枝に火をつけておいてくれたおかげで、僕は湯を沸かして身体を拭くことができた。体感温度は十度前後で、とてもではないが水浴びなど真似できない。一日も早く風呂を造らねばと固く心に誓う。
簡単なスープを用意していると、ティーナが戻ってきた。
艶やかに濡れた薄紫の髪が肩に張り付き、朝日にきらりと光る。
思わず、言葉を失った。
二人で朝食をとりながら、今後の進路を確認した。
「ライオネ山脈を背にして真っ直ぐ進めば、竜の里があるんだよね」
僕が確認すると、ティーナは口いっぱいに頬張ったパンを飲み込み、こくりと頷いた。
「はい。森を抜けると大草原が広がり、その中心を目指せば我らが『竜の里』が現れると、村長が仰っていました」
「そうか、森を抜けて大草原か、まだ先が…」
僕が話している最中だというのに、ティーナは再びパンを無心に頬張り始めた。
……聞いてるよね?
食事と片付けを済ませた僕らは、ライオネ山脈を背に森の中へと歩を進めた。
意外なことに、森の中は豊かな恵みに溢れていた。かつて竜人族が追われ、長らく捨て置かれた土地ゆえに不毛だろうと予測していたが、足元の土は柔らかく、踏むたびに草の香りが立ち上る。
まるで迷いの森に匹敵するほどの豊穣さだった。
「リューイ様、森が開けます」
ティーナの声に顔を上げると、視界の先には見渡す限りの青々とした大草原が広がっていた。まもなく冬を迎えようという時期にもかかわらず、陽光は暖かく、凍えるような寒さは微塵も感じられない。
この一帯は、もともと年間を通じて温暖な気候なのだと、ナビさんが脳内で解説してくれる。
しかし、竜人族への凄惨な迫害——いや、虐殺の歴史があるため、他種族も忌避してこの地を治めようとはしなかった。交易路としても極めて不便な立地であったことも一因だという。
不便なうえに、血塗られた過去を持つ忌まわしき土地。
しかし――
なぜだろう。
完全な異邦人であるはずの僕までが、同じ感覚を抱いている。
「今日はここでキャンプを張ろう」
見晴らしの良い場所を選び、僕は四次元ポーチからテントを取り出して設営した。これまでは魔物の襲撃リスクや迷宮の狭さから使う機会がなかったが、ようやく落ち着いて野営ができる。とはいえ、密室に若い男女が二人きりという状況に、僕の羞恥心は限界に達しようとしていた。
テントの設営後、ティーナは川へ水浴びに向かい、僕はテント内で身体を拭いて汗を流した。
夕食は、ヒュドラのステーキに、茹でた芋モドキ、そして新鮮なサラダだ。
「ここへ来て、ティーナは何か感じるかい?」
食事をしながら尋ねると、彼女は少し首を傾げて答えた。
「そうですね……とても安心感があります。親近感を覚えるのは、きっと私が竜人族だからでしょう」
それは納得のいく理由だ。だが、完全な異邦人であるはずの僕までが同じように親近感を抱いているのはなぜだろう。もしかして僕も竜人族なのでは? と一瞬疑ったが、そんなはずはない。互いに何か通じ合うものがあるのだと、都合よく解釈することにした。
「もう寝ようか」
焚き火の始末をして、僕がテントに入ると、頬を赤らめたティーナも静かに後に続いた。入り口を閉じると、そこには夜の静寂だけが残された。
——翌朝、僕らはひどく気まずい空気に包まれていた。
誓って言うが、間違いは一切起こしていない。横になりながら今後の計画を語り合っているうちに、ティーナは安心したようにすやすやと寝息を立て始めたのだ。邪な気持ちが全く無かったといえば嘘になるが、無防備な寝顔を前に鬼畜の所業に及ぶことはできなかった。
結果――僕は一睡もできなかった。
これで四徹である。笑えない
心身ともに限界を迎えた僕は、テントの永久封印を固く決意した。今後彼女からテントを使わないのかと問われれば、「今夜は星空が綺麗だから」「流星群が来る気がするから」「巨大隕石の大群が今夜だけピンポイントで降ってきそうだから」などと、ありとあらゆる口実を並べて空の下で寝てやるのだ。
「リューイ様、見つかりました!」
ティーナの弾んだ声に視線を向けると、黄金色に輝く草原の向こうに、石造りの建物の群れが姿を現していた。ついに目的の『竜の里』にたどり着いたのだ。
その瞬間…
安堵と、四徹の代償が同時に襲ってきた。
視界がぐらりと揺れる。
「あ、これダメなやつだ」
そう思ったところで、意識は途切れた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
強敵との戦闘を乗り越え、なんとか脱出成功です。
そしてやっぱり最後はごはん。
なんとか竜の里に向かい、目前まで辿り着きました。
ここからの旅で、本当の意味での竜神族のいわれの解明が始まりますので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです!




