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奈落への転落と暗闇の邂逅

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


順調に進んでいた旅路ですが、今回は一転。

予想外の事態が、リューイを襲います。


少し緊張感のある展開になりますが、

最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

 視界が、一瞬にして反転した。

 足場を失った感覚と、内臓がせり上がるような強烈な浮遊感。僕は背中から、魔物たちが跋扈する地獄の底へと吸い込まれていった。

「リューイ様ーーっ!」

 崖の上から、ティーナの悲痛な絶叫が届く。必死に僕の方へと手を伸ばす彼女の姿が、遠ざかる視界の中で急速に小さくなっていく。

(ああ、ティーナじゃなくて、本当に良かった……)

 死を覚悟した瞬間に浮かんだのは、そんな安堵だった。


僕は、両手で頭だけをかばって、落下の勢いに身をまかせた。

何かが腰にあたる、その瞬間、弾かれて方向が変わっていく。

衝撃のたびに、体中に激痛が走る。

丈夫に産んでもらった体とは言え、さすがにこの落下の衝撃はきつい。

できるだけ体を丸めて、衝撃を受け流すようにした…。



 どれほどの時間が経っただろうか。

 凄まじい衝撃とともに、僕は冷たい水の中に叩きつけられた。肺の中の空気が全て押し出され、意識が混濁する。それでも生存本能に突き動かされ、無我夢中で水面を目指して手足を動かした。

「カハッ……、ゴホッ、ゴホッ!」

 ようやく水面に顔を出し、激しく咳き込む。どうやら渓谷の底を流れる地下水脈の澱みに落ちたらしい。全身を打ち身の激痛が走るが、骨折は免れたようだ。


 周囲を見渡すと、そこは淡い発光植物が岩肌を照らす、不気味な地下洞窟だった。


「ナビさん、状況を教えてくれ……」


『警告:深刻なダメージを確認。バイタルは安定していますが、装備品の損傷が激しいです。また、ティーナ様との通信は遮断されました』

 ナビさんの無機質な声に、孤独感が加速する。あの上から、今の僕が登攀して戻るのは不可能に近い。


 その時だった。

 暗闇の奥から、無数の「カチカチ」という硬質な音が響いてきた。

 目を凝らすと、そこには上空で見たあの「G」の成れ果てや、異形に肥大化した蟲たちが、獲物を見つけたと言わんばかりに複眼を光らせて集まってきていた。

「……休憩はおしまいか。接待にしては、少々趣味が悪いな」


 僕は震える手でオーガソードを抜き放った。

 ティーナが待っている。こんなところで、この気色の悪い連中に食われるわけにはいかない。


 暗い洞窟の中に、オーガソードの禍々しい赤光が灯る。

「お前ら、まとめて片付けてやる。道を開けろ」

 僕は重い一歩を踏み出した。


 オーガソードを構え、迫り来る異形の蟲たちへ一歩を踏み出したその時だった。


「リューイさまあああっ!」

 暗闇を引き裂くような悲痛な叫び声とともに、一陣の強風が洞窟内に吹き荒れた。


 突風に煽られ、蟲たちが次々と吹き飛ばされていく。その隙を縫うように舞い降りた影が、僕の頭を力強く、そして優しく胸に抱き寄せた。

 ティーナだった。


 彼女は僕をかばうように抱きしめたまま、その場から急速に離脱していく。薄れゆく意識の中で、彼女の背中に光る羽のようなものが見えた気がした。

(ティーナ、どうして……)

 死を覚悟し、どこか安心すら覚えていたはずなのに、彼女の温もりを感じた途端、どうしようもない安堵感に包まれる。落下の衝撃のせいか、それとも極度の緊張が解けたせいか、僕はそのまま深い意識の底へと沈んでいった。




 ――ぽっかりと空いた、蟲たちが決して寄り付かない安全な空間。

 そこでティーナは、僕を優しく膝枕しながら泣き続けていたらしい。落下する僕の瞳に「悪い意味での覚悟(死への渇望)」を感じ取っていた彼女は、僕がいなくなってしまう不安に押しつぶされそうになっていたのだ。


「うっ……」

 鈍い頭痛とともに目を覚ますと、視界いっぱいにティーナの顔が飛び込んできた。

「お目覚めですか!」

 彼女は花が咲くように微笑んだが、その目元は微かに赤く腫れ、どこか寂しげだった。


 状況を確認すると、ティーナが僕を救い出し、蟲たちが避けて通るこの安全圏を見つけてくれたのだという。

「ティーナ、助けてくれてありがとう」

 僕は身を起こし、まずは腹ごしらえをすることにした。お馴染みの不思議なパン(空袋をバッグに戻すと中身が補充される例のアレだ)を取り出し、二人で分け合う。ティーナの視線はパンに完全にロックオンされている。


 パンをかじりながら、僕は静かに語り始めた。

「僕はこの世界に来る前、大きな地震に遭って、家族を亡くしたんだ。だから……時々、すべてがどうでもよくなる時がある。さっき落ちていく時も、死ねば家族のところへ行けるって、少し納得している自分がいた」

 ティーナはパンを食べる手を止め、真剣な瞳で僕を見つめている。

「だけど、ティーナが助けに来てくれた時、本当に嬉しかったんだ。だから、改めて言わせてほしい。助けてくれて、本当にありがとう」


 その瞬間、ティーナの顔がくしゃくしゃに歪んだ。

「ひぐっ、うわああぁぁん!」

 彼女は号泣し始めた。ただし、手にしたパンは決して手放さず、パンを「はむはむ」と頬張りながらの号泣である。喉に詰まらせてむせながらも、彼女は泣きじゃくった。僕はいま、感動的な告白のタイミングを盛大に間違えたことを猛烈に後悔していた。


「ありがとうございます……。本当は私も不安でした。リューイ様が、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと……。でも、お気持ちを打ち明けてくださって、本当に嬉しいです!」

 僕が背中をさすってやると、ティーナは涙とパン屑にまみれた顔で、とびっきりの笑顔を見せてくれた。パンは絶対に離さないけれど。




 食後、僕らは周囲の散策を開始した。

 岩場だらけの壁沿いを進むと、不意に平坦な地面が現れた。その視線の先に、何かの金属でできた半楕円形の扉が見える。

 さらに扉の前には、不気味な光を放つ幾何学模様が描かれていた。


『人為的な魔法陣を発見しました』

 ナビさんの無機質な声が脳内に響く。それは蟲たちを共食いさせ、より強大な魔物を生み出すための「蠱毒こどく」の魔法陣だった。


 ナビさんの指示に従い、慎重に手順を踏んで魔法陣を無効化する。

「ふぅ……」

 ひと仕事を終えて息を吐く僕の汗を、ティーナが優しく拭ってくれた。

 次なる難関は、この扉だ。蝶番のついた重厚な金属扉。僕は力いっぱい押したり引いたりしてみたが、わずかにガタつく程度で一向に開く気配がない。鍵穴も見当たらない。


「私にやらせてもらっていいですか?」

 ティーナが進み出る。竜人族の圧倒的な膂力か、それとも強力な魔法か。僕が期待に胸を膨らませていると、彼女は蝶番に手をかけ――スッ、と扉を「横にスライド」させた。


 ……嘘だろ。まさかの引き戸(和風)である。

 異世界の重厚な扉=「押してダメなら引いてみな」という固定観念に囚われ、必死に扉と格闘していた己の滑稽さに、僕は穴があったら自らを埋めてしまいたい衝動に駆られていた。



ご覧いただきありがとうございます!


感動回のはずが、パンと引き戸で崩壊しました。

ティーナは絶対にパンを離しません。


次回、扉の中へ!

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