表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/18

奈落へ… 蠱毒(こどく)の渓谷と崩壊した橋

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

ティーナが魔法で枯れ木に火を灯し、鍋を掛ける。本日の朝食も、例のパンとスープだ。

祭りや日常の炊事から出た大量の骨、肉、野菜屑を煮込んだ極上のスープベースが、四次元ポーチには潤沢に蓄えられている。

具材を足して火を通すだけで、深みのある味が即座に完成するのだ。

ティーナは例のパン(もはや言及するのも憚られる代物だが)が大のお気に入りで、今日も満足げに頬張っている。


僕はとうに食べ飽きている。

……いや、正直に言おう。

限界だ。

それでも口に運ぶ。

「いつか本物の米を――」

その一念だけで、僕はこの謎のパンを噛み締めた。


 食事を摂りながら、今日の行軍ルートを協議する。

「まずは山頂を目指すとして、どの道を選ぶ?」

「山脈から川が流れ落ちていますから、それに沿って遡上するのが最善かと」

 水辺を進めば森の中よりも視界が開け、魔物の襲撃に対しても猶予が生まれる。

言語学者の老人が遺した手記にも同様の記述があり、僕も同意見だったが、相互の意思確認は欠かせない。

「そのルートで行こう。水浴びもできるしね」

 僕の提案に、ティーナが瞳を輝かせた。竜人族は無類の水浴び好きで、たとえ水面に氷が張っていようがお構いなしらしいが、僕がそれをやれば凍死は免れない。村に帰還した折には、何よりも風呂文化の普及を最優先事項に掲げよう。


片付けを済ませると、僕らは川沿いを遡り始めた。

 

道中、地面を裂くように這い出たグール。

次の瞬間――

銀閃。

ティーナの一太刀で、上半身と下半身が静かに別れた。


遅れて、崩れる。


「サーベルとは、これほど便利なものなのですね!」


 満面の笑みを向ける彼女に、僕が抱いていた剣術指南役としての自負は粉々に打ち砕かれた。

 早朝の剣劇、魔物へのなます斬り、合間の水浴び(断じて覗いてはいない)、そして夜はナビさんに見守られながら眠りにつく。

そんな規則正しいルーチンを一週間ほど積み重ねた末、ついに僕らはライオネ山脈の頂へと到達した。


「これが、ライオネ渓谷か……」


 眼下に広がる異様な光景を前に、僕は絶句した。

これまでの難所など、ただの行楽に過ぎなかったと思い知らされる。


鼻を突く、腐臭。

耳障りな羽音が、絶え間なく反響する。

ぞわり、と背筋が粟立った。

渓谷の底では、巨大なムカデや台所の忌むべき害虫「G」を肥大化させたような異形が空を舞い、絶壁には俊敏極まる巨大芋虫や異様に脚の長い蜘蛛が群がっていた。

腐海の森などまだ慈悲深い。そこは、何者かが意図的に「蠱毒」を造り上げているかのような、忌まわしき地獄絵図であった。


「今日は……もう休もうか」


 僕は静かに現実から目を逸らした。

 さて、この蠱毒渓谷をどう突破するかだ。あの老学者はここを往復したはずだが、手記には「大変だった」という簡潔な一言しか残されていない。


「どう攻略すべきかな?」


「流石に、正面突破は現実的ではありませんね……」


 ティーナもまた、その光景に毒気を抜かれている。


「なぜか虫たちは渓谷の外へ出ようとしない。迂回するか、死地へ飛び込むか、あるいは……対岸へ橋を架けるかだ」


 竜人族に「橋」という概念は存在しない。川は渡るか、跳び越えるものだからだ。僕は橋の構造とその有用性を説いた。

ナビさんの計算によれば、距離は約二百メートル。

……届く。

僕とティーナなら、十分に。


 翌朝、直ちに架橋の準備に取り掛かる。

 山頂から少し下った森で葦を調達し、安全を期して太く編んだロープを二本完成させた。

重石には、ティーナが自身の爪で鉤状に加工した硬質な石を用いる。彼女の膂力には改めて驚かされる。

谷幅が狭く、かつ対岸に堅牢な岩が突き出している急所を見定め、二人で呼吸を合わせて投擲した。ロープは弧を描いて対岸の岩を捕らえ、手応えを確かめるように引くと、がっしりと固定された。一発成功だ。

こちら側の大木に末端を固結させ、即席の吊り橋が形を成した。


ロープは、ぴんと張り詰めている。

……だが。

わずかに、軋んだ気がした…。


 問題は、どちらが先行するかだ。

「私が参ります。リューイ様は、安全が担保されてからお渡りください」

 ティーナの瞳に宿る決意は固く、一歩も引く気配がない。時間の経過とともに植物性のロープは強度が落ちるため、後続の方が危険な側面もあるのだが、彼女の意志を尊重し「わかった、頼むよ」と送り出した。


 彼女は腰のベルトを解いてロープを通し、僕が教えたカラビナの要領で滑落を防ぎながら、二百メートルの距離を十分ほどで悠々と踏破した。対岸から、彼女が安堵の笑顔で手を振っている。


 次は僕の番だ。同様にベルトを命綱としてロープに掛け、空中への歩みを進める。

 しかし、中央付近に差し掛かったその時、谷底から炎の弾が撃ち上げられた。


「なんだって!?」


 魔物は魔法を使わないという先入観があったが、あの飛行する「G」が火を噴いたのだ。


「不味い、火は不味いぞ!」


炎が、ロープに触れた。

一瞬、何も起きない。

……次の瞬間。

ボッ、と音を立てて燃え上がった。


「まずい――!」


足を動かす。

だが、間に合わない。

繊維が焼け、軋み、悲鳴のような音を上げる。

――プツン。


 どれほど丈夫に編もうと、素材は乾燥した葦だ。着弾した炎は瞬く間に延焼し、ロープを侵食していく。必死に足を動かすが、焼かれた繊維は僕の自重に耐えきれず、不吉な断裂音を響かせた。


「ティーナの時でなくて、本当に良かった……」


 ぽつりと零れた独白とともに、胃がせり上がるような浮遊感が僕を襲う。


「リューイ様ぁぁぁ!!」


 魔物たちが蠢く奈落の底へと墜落していく視界の中で、ティーナの、その顔が、絶望に歪んでいたのだけは… はっきりと見えた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


順調に見えた旅路ですが、一気に状況が崩れました。

ここからどうなるのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ